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仏教哲学総合スレ [無断転載禁止]©2ch.net

1 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 16:39:51.00 0
原始仏教から現代まで

2 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 17:02:33.62 0
(-人-)ブツブツブツ…

3 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 17:09:07.29 0
また波平の糞スレかよ!

4 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 17:45:20.64 0
ドーゲンヌ?

5 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 17:54:21.40 0
ギョーキン

6 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 18:25:00.29 0
立川武蔵 空の思想史 講談社学術文庫 2003年

7 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 18:57:09.89 0
神仏習合に関しては如何考えようか

8 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 20:00:03.93 0
大正新脩大蔵経テキストデータベース
http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/

9 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 20:11:23.37 0
蕃神(となりのくにのかみ)

10 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 20:12:33.20 0
http://store.steampowered.com/app/289070/?l=japanese

11 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 20:25:16.49 0
仏教哲学は辞めろ、ヨーロッパの哲学だけでいいだろが!

12 :考える名無しさん:2016/11/20(日) 23:38:01.67 0
>>11
何故?

13 :考える名無しさん:2016/11/21(月) 02:27:53.79 0
『デリダから道元へ ― 「脱構築」と「身心脱落」』 森本和夫 (1989)
『道元とサルトル ― 「存在」と「無」の哲学』 森本和夫 (1974)

14 :考える名無しさん:2016/11/21(月) 16:36:02.02 0
中村元

15 :考える名無しさん:2016/11/21(月) 18:02:21.45 0
ハイデガ−から道元へ、「解体−構築」への共通性。

16 :考える名無しさん:2016/11/21(月) 20:57:08.00 0
神宮寺のような神社内寺院などにおいて神仏習合が進んだ。

古くからある神祇信仰の自然神が人格神化したり、
神社がつくられるようになった背景には、仏教伝来の影響があるという話。

17 :考える名無しさん:2016/11/21(月) 20:57:31.76 0
仏教…普遍宗教
神道…基層信仰

18 :考える名無しさん:2016/11/22(火) 15:05:27.36 0
>>6
これ読んだけど、よくなかったよ
なんというか、西洋哲学の枠組みで仏教思想を整理しようとして失敗してる感じ

19 :考える名無しさん:2016/11/22(火) 19:20:37.16 0
>>18
どういう本がおすすめ?

20 :考える名無しさん:2016/11/22(火) 23:18:49.83 0
『虚無の信仰 ― 西洋はなぜ仏教を怖れたか』ロジェ=ポル・ドロワ(2002)

西洋で仏教が知られる様になったのは、せいぜいこの200年ぐらい。

ブッディズム(仏教)に該当する語が用いられた最初の例は、
1817年フランスのミシェル=ジャン=フランソワ・オズレーによる
『東アジアの宗教の開祖ビュッドゥあるいはブッドゥにかんする研究』で、
「ブッディスム(bouddisme)」と綴られた。

その後も仏教は、ニヒリズムや虚無の信仰であると誤解され、様々な論争を引き起こした。

    1820年頃 西洋でブッディズム(仏教)が知られるようになる
    ↓
    ↓ 1819年 ショーペンハウアーが仏教に言及
    ↓ 1827年 ヘーゲルが仏教に言及
    ↓ 1848年 マルクス「共産主義という妖怪がヨーロッパを歩き回る」共産党宣言
    ↓
    1860年頃 仏、英、独で虚無の信仰を巡る論争がピークを迎える
    ↓
    ↓ 1866年 マラルメ「仏教を知ることなしに、無(ネアン)に至った」カザリス宛書簡
    ↓ 1871年 ニーチェ「悲劇がわれわれを仏教から救い出す」断片
    ↓
    1890年頃 仏教が虚無の信仰でないことが理解され始める
    ↓ 
    ↓ 1895年 フロイト『ヒステリーの研究』

この時期は、
マルクス、ニーチェ、フロイトなど現代思想の胎動期とも重なる。

21 :考える名無しさん:2016/11/22(火) 23:19:06.88 0
ここで注意されたいのは、
仏教の中心概念は、無(nothingness)ではなく空(emptiness)であること。

よく混同されるが、
空は非有非無、つまり有でも無でもないものと定義される。

西洋では、パルメデニス以来ヘーゲルやハイデガーに至る2000年以上もの間、
それらの存在論は有(存在)と無を論じてきた。

空はそこにない視点を提供する。

22 :考える名無しさん:2016/11/23(水) 11:37:47.40 0
それ以前には、仏教は偶像崇拝や秘密の教団として考えられるに過ぎなかった。
ザビエルは日本における釈迦の信仰についての記録を残している。

23 :考える名無しさん:2016/11/23(水) 11:39:28.77 0
ヘーゲルは『大論理学』の存在論で、仏教の「無 Nichts」と「空 Leere」について触れている。

24 :考える名無しさん:2016/11/23(水) 12:04:08.48 0
>>20
西洋では「有」に対する「無」を、仏教の本質として解釈(1820〜1890年頃)していた。

現代の西洋に於いては、西洋哲学の「無」の概念に対して、東洋哲学での「空」概念を、どの様に理解

しているのでしょうか。

25 :考える名無しさん:2016/11/23(水) 18:42:02.81 0
>>24
スピヴァクは、デリダの考えが仏教の空に近いものであるという話をしている。(『スピヴァク、日本で語る』(2009))

こういうのも一例。

26 :考える名無しさん:2016/11/23(水) 23:23:21.47 O
車は実在しない
車は車輪が車なのか車軸が車なのか車体が車なのか
いずれでもない
相互関係で車の本質は実体にはない
ミリンダ王の問い

全てを関係の網の目で仮象とする仏教や唯名論にヘーゲルは近いが
有力な反論もある
丸ごと車という普遍は実在するという実在論からはそれらの批判は
成立しない
車は実在する、個々の部品が車ではないのは当たり前だが
それとは別に本質としての普遍は実在し車もそういう普遍だから
車は実在する
しかし、そういう実在論には一つの欠陥がある
二百メートル先の人物の見た目と二メートル先の同じ人物の見た目は違うが
それが同じ普遍だと言うなら何が同一で何が見た目の違いを出すと言うのか
車が普遍だとして、個々の車で違うなかに何が同一で、
同時に個々の車で何が同一でなく違うのか説明できない
その点では唯名論が正しい
しかし、唯名論も欠陥がある

27 :考える名無しさん:2016/11/24(木) 22:22:48.45 0
関係主義

28 :考える名無しさん:2016/11/24(木) 22:24:38.40 0
ミリンダ王は仏教に帰依したギリシャ人王

29 :考える名無しさん:2016/11/24(木) 22:27:42.84 0
西北インドのヘレニズム系王朝

30 :考える名無しさん:2016/11/24(木) 22:31:20.72 0
プロティノスより前

31 :考える名無しさん:2016/11/24(木) 23:06:22.24 0
ソシュールはサンスクリット語の研究もやっていたな

32 :考える名無しさん:2016/11/24(木) 23:23:38.72 0
真理を発見しました (哲学系)
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33 :考える名無しさん:2016/11/26(土) 00:09:52.61 O
唯名論としての仏教は2メートル先の人間と200メートル先の人間は
同じか違うか、同じならば、違う物が何故同じで両者に共通する、
背後の実在とは何かとかで悩むことはない
実在論のそういう悩みとは無縁だ
背後の実在を想定する実在論はそういうアポリアは避けられない
でも、関係でそれを同じ人間として扱っているだけだ
背後なんかない、今の目の前にあるものの中で浮き上がってくる
そういう関係だけだとする唯名論も
では何故それを同じ人間として扱わねばならないのかには
結局答えられない
先のばししているだけ

200メートル先の人物も2メートル先の人物も同じ人間だということには
答えられない

34 :考える名無しさん:2016/11/26(土) 12:34:00.81 O
実在論にもいく種類かあって
意識と物があって意識も物にすぎないタイブの唯物論
意識はあるが背後に物自体があってのカントに代表される二元論
個物離れた概念も実在するだから普遍も実在するの古典的実在論など
二元論などは知覚因果の問題が発生する
物自体は意識に与えられないならどうやったら、
意識は物から因果的認識を得るのか

テレビ局で番組を製作しててテレビの受像機を通じて
私たちは外界を認識するとして受像機の中の位置関係が
正しいと言えるのは何故か
それ以外の実在論も錯覚論法とかの困難に遭遇する
2メートル先の人間と同じ人間が200メートル先にいるとき
実在論は同じだと言うが何でそんなことが言えるのか
現に違うではないか

実在論はこの手の困難を避けられない

35 :考える名無しさん:2016/11/26(土) 12:43:27.38 O
でも仏教にしろ実在を認めない唯名論も結局は先延ばしにすぎない
何故経験からは説明できないべきやねばならないなどについて
唯名論は語れない語る資格がないから
経験からは法則は出てこないからダルマの法も説明できない
個物離れた普遍を認識し法則を理解しているのに
空はそれ自体を説明できない
無いわけでもなく有るわけでもないといくら言っても
普遍が法則が、それが何故取りあえず成立するか人間がそれで生きてるか
空自体からは説明できない

36 :考える名無しさん:2016/11/29(火) 22:53:13.81 0
レヴィナスの逃走論

“逃走とは自分自身の外へ出たいという欲求であり、
 言い換えれば最も根源的で容赦ない繋縛性 ―自我が自分自身であるという事実―
 を断ち切りたいという欲求なのである。”

― レヴィナス「逃走について」

37 :考える名無しさん:2016/11/29(火) 22:53:42.26 0
これなどは、仏教と比較しても非常に近い。
仏教は漢字で佛教と書いたが、佛とは、にんべんに非と書く。
仏とは、人でないところの境地を目指すものと理解された。
切断論も仏教が得意とするもの。多くの例がある。

38 :考える名無しさん:2016/11/29(火) 22:53:56.10 0
レヴィナスと仏教が直接比較された例は知らないが、
レヴィナスの特徴の一つには、キリストのケノーシスを受けれている点がある。

39 :考える名無しさん:2016/11/29(火) 22:54:28.39 0
「ケノーシス kenosis」とは、キリストの自己無化。

“キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、
 かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。” (フィリピの信徒への手紙 2:6-7)

この"自分を無にして"の部分については、ギリシャ語の原義では「空」が近い。
"emptied himself"とか"自らを空しくされる"と訳される。(ギリシャ語・英語対訳 http://bibleapps.com/int/philippians/2-7.htm

40 :考える名無しさん:2016/11/29(火) 22:54:47.88 0
レヴィナスは、キリストのケノーシスを、民数記12:3にあるモーセの謙遜さと比較をしている。

“モーセという人はこの地上のだれにもまさって謙遜であった。”

41 :考える名無しさん:2016/11/29(火) 22:59:15.80 0
>>39
ケノーシスと仏教の空を比較したものでは、

『世界のなかの日本の哲学』 藤田正勝,ブレット・デービス (2005)所収の

・「自己を空ずる神と動的な空」 阿部正雄
・「神はどこまで自己を空ずるか −阿部正雄のケノーシス論をめぐる議論」 ブレット・デービス

が、詳しい。

42 :考える名無しさん:2016/12/02(金) 09:37:36.40 0
ニーチェと仏教の関係について教えて。

43 :考える名無しさん:2016/12/03(土) 09:49:07.84 0
http://www.geocities.jp/jbgsg639/sutta.html
 ニーチェの読んだ『スッタニパータ』は、

Sutta Nipata by M. Coomaraswamy
Keywords: Buddhism; Pali; Canon; Tipitaka; Tripitaka; Khuddaka; Nikaya; Sutta; Nipata; translation Pages: 187
http://static.sirimangalo.org/pdf/coomaraswamysuttanipata.pdf


キリスト教は邪教です!―現代語訳『アンチクリスト』 ニーチェ,フリードリッヒ・ヴィルヘルム(著)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4062723123.html
http://blog.goo.ne.jp/zen9you/e/fea0ef6ba775f66d31871dd9fffa3107
 19世紀ドイツの哲学者ニーチェの「アンチクリスト」の現代語訳
 
『仏教はキリスト教に比べれば、100倍くらい現実的です。仏教のよいところは
「問題は何か」と客観的に冷静に考える伝統を持っているところです。・・・そういう意味では
仏教は、歴史的に見て、ただ一つのきちんと論理的にものを考える宗教と言っていいで
しょう。』

『仏教が注意しているのは、次の二つです。
一つは、感受性をあまりにも敏感にするということ。なぜなら、感受性が高ければ高いほど、
苦しみを受けやすくなってしまうからです。そしてもう一つは、なんでもかんでも精神的な
ものとして考えたり、難しい概念を使ったり、論理的な考え方ばかりしている世界の中に
ずっといること。そうすると、人間は人格的におかしくなっていくのです。』

『仏教は良い意味で歳をとった、善良で温和な、きわめて精神化された種族の宗教です。
ヨーロッパはまだまだ仏教を受け入れるまでに成熟していません。仏教は人々を平和でほ
がらかな世界へ連れていき、精神的にも肉体的にも健康にさせます。
キリスト教は野蛮人を支配しようとしますが、その方法は彼らを病弱にすることによって
です。相手を弱くすることが、敵を飼い慣らしたり、文明化させるための、キリスト教的
処方箋なのです』

44 :考える名無しさん:2016/12/03(土) 09:52:32.27 0
 《僕はシュマイツナーの友人ヴィーデマン氏から、仏教徒たちの聖典heiligen Buchernの
ひとつとかいう『スッタ・ニパータ』の英語の本を借りた。そして『スッタ』の確乎たる
結句のひと  つを、つまり「犀の角ように、ただ独り歩め」という言葉を僕はもうふだんの
用語にしているのだ。生の無価値とすべての目標の虚偽とにたいする確信が、しきりと、
ときには僕の心に迫 ってくるのだ、ことに病気でベッドに寝ているときなどにはね。
それで僕は『スッタ』からもっと多くのことを聞きとろうとしているのだ、ユダヤ=キリスト
教的な言い回しと結びつけないで ね。
 ――(三行略)――
 生に執着してはいけないということ、これは明白なことなのだ。だが、実際にもうなに
ものも意志しないということになったら、どこで僕たちは生に耐えていけるのだろうか?
認識せんと 意志することは、生の意志の最後の領域として、意志することと、もはや意志
しないことの、つまり煉獄の領域と涅槃の領域の中間地帯として、残されているように僕は
思うのだ。一方 には、不満を覚え、軽蔑しながら生をふりかえるかぎり、煉獄があり、
他方には、精神(ゼーレ)が生によって純粋観照の状態に近づくかぎり、涅槃があるのだ。》
             (理想社ニーチェ全集第十五巻「書簡集T」塚越敏訳)

45 :考える名無しさん:2016/12/03(土) 11:02:45.78 0
“仏教はキリスト教に比べれば、100倍くらい現実的です。
 仏教のよいところは「問題は何か」と客観的に冷静に考える伝統を持っているところです。
 これは、仏教が何百年と続いた哲学運動の後に現われたものだからでしょう。”
 
“インドで仏教が誕生したときには、「神」という考えは、すでに教えの中から取り除かれていたのです。”
 
“仏教は、歴史的に見て、ただ一つのきちんと論理的にものを考える宗教と言っていいでしょう。”
 
“仏教という宗教は「善悪の彼岸」に立っているのです。”

“ブッダは心を平静にする、または晴れやかにする想念だけを求めました。”

“ブッダは、「善悪」とは、人間の健康をよくするものだと考えたのです。
 そして神に祈ることや、欲望を抑え込むことを教えの中から取り除きました。”

“仏教では、心の晴れやかさ、静けさ、無欲といったものが最高の目標になりました。”

“仏教は、いい意味で歳をとった、善良で温和な、きわめて精神化された種族の宗教です。”

“残念なことに、ヨーロッパはまだまだ仏教を受け入れるまでに成熟していません。”

“キリスト教は、いまだに文明にたどりついていないのです。”

― ニーチェ 『アンチクリスト』 適菜訳 (2005)

46 :考える名無しさん:2016/12/03(土) 11:03:21.56 0
『アンチクリスト』は1888年、ニーチェが44歳の時に書き、1895年に出版された。
1888年はニーチェにとって執筆可能な最後の年となった。

47 :考える名無しさん:2016/12/03(土) 11:54:38.46 0
『アンチクリスト』の締め “すべての価値を転換せよ!”

48 :考える名無しさん:2016/12/04(日) 15:54:59.32 0
『他者の倫理学 ― レヴィナス、親鸞、そして宇野弘蔵を読む』
青木孝平(2016/9/13)

現象学、仏教、マルクス経済学における他者論。

49 :考える名無しさん:2016/12/04(日) 15:58:14.84 0
原始仏教、大乗仏教、中観、唯識、最澄、空海、法然、親鸞。

50 :考える名無しさん:2016/12/04(日) 18:11:49.83 0
ペッパイナッポウアッポウペン

51 :考える名無しさん:2016/12/04(日) 22:40:37.29 O
何らかの実在があってそれを反映していてこう見えるとの実在論は
何故そう見えるのかの部分で素朴過ぎるから無限後退は避けられない
実在に訴える論法はその実在があるのに、違って見えるのを
どう答えるかで何も結局語っていないんだよね

錯覚論法にしろ実在はそうだとして実在とは違って見えるその点を
説明できない
野矢茂樹 心という難問参照

実在論を否定する仏教哲学はその点は優秀
でも唯名論はあるものとあるものを関係づけている
それなしには何も語れない普遍について説明できない
個物離れた普遍を人間が語っている、使っている現実を説明できない

52 :考える名無しさん:2016/12/04(日) 22:45:23.85 O
実在論も唯名論もであるからべきは導けない
ヒュームの法則を逸脱しているから
唯名論に基づく実在論批判の仏教哲学はその点で幼稚な哲学

53 :考える名無しさん:2016/12/05(月) 03:33:30.27 0
以下、末木剛博(すえきたけひろ)『東洋の合理思想』講談社現代新書33ー34頁より

「…カントはこれら三種(魂、宇宙、神)の問題に一定の解答を与えることは
不可能であることを論理的に証明している。したがってこれらの問題に関
する形而上学は論理的には成立しないといって、形而上学を排除したのである。
 これを初期仏教の形而上学批判とくらべると、精粗の違いはあるが、主旨は
はなはだよく似ている。初期仏教では形而上学の立場を前述のように常見と
断見との二種に大別しているが、さらにカントのあげた諸問題とほとんど
同じ問題を論じている場合もある。たとえば『中阿含経』の一部の「箭喩経
(せんゆきょう)」では次の諸問題があげられている。


(A) 自我および世界は時間的に、
 (1)無限である。
 (2)有限である。
 (3)無限かつ有限である。
(B)世界は空間的に、
 (1)無限である。
 (2)有限である。
(C)魂と肉体とは、
 (1)同一である。
 (2)別異である。
(D)如来(完全な悟りを得た者)は死後に、
 (1)生存する。
 (2)生存しない。

54 :考える名無しさん:2016/12/05(月) 03:36:51.86 0
 これらの問題は、カントのあげた問題とは多少のずれがあるが、それは時代と国土
にもとづく関心のちがいである。しかし、たとえば(A)と(B)とは、カントの
第一および第二の問題とほとんど同じであり、(D)の如来の問題とカントの第三の
神の問題とも類似している。
相違点を挙げれば、初期仏教は(A)の問題に対して四種の解答を用意しているのに対し、
カントは、(1)無限であると(2)有限であるとの二つだけを用意し、その二者択一を
せまるのである。
『箭喩経』では四種の解答を(A)の問題だけにそろえてあるが、他の文献では、あらゆる
問題に対してそろえている場合もあり、そのほうが論理的には完全なわけである。それで
後世には、この四種の解答、つまり一問題に対する(1)肯定、(2)否定、(3)肯定
かつ否定、(4)非肯定かつ非否定、の四つを四句分別と名づけている。
 ともかく、カントの提出した問題と、形の上では多少の差はあるが、本質的にはほとんど同じ
問題をかかげて、しかもカントと同様にこれらの問題に対しては何らの解答も与えられない、
と言うのである。したがって形而上学批判に関しては初期仏教はカントの批判哲学と本質的に
一致するのであり、哲学上は一種の批判主義である。」

55 :考える名無しさん:2016/12/05(月) 03:47:11.10 0
僧侶のたくらみ 毒矢のたとえ
http://souryonotakurami.blog46.fc2.com/blog-entry-691.html

では、マールンキャープッタよ、わたしは何を説かなかったか。
『世界は永遠である』、『世界は永遠でない』、『世界は無限である」、
『生命と身体とは同一である』、『生命と身体とは別異である』、
『如来は死後存在する』、『如来は死後存在しない』、
『如来は死後存在しながら、しかも存在しない』、
『如来は死後存在するのでもなく、存在しないのでもない』、とわたしは説かなかった。

マールンキャープッタよ、なにゆえにわたしはこのことを説かなかったのか。
マールンキャープッタよ、なぜならこのことは目的にかなわず、
清らかな行ないの基礎とならず、世俗的なものを厭離すること、
情欲から離れること、煩悩を消滅すること、こころの平静、すぐれた智慧、
正しいさとり、涅槃のために役に立たない。
それゆえわたしはそれを説かなかったのである。

パーリ原始仏典中部第63経「箭喩経」


 「マールンクヤプッタよ、<人は死後もなお存するとの見解が存するとき、そのとき清浄の
行がなる>ということはない。マールンクヤプッタよ、<人は死後には存しないとの見解が存
するとき、そのとき清浄の行がなる>ということもない。マールンクヤプッタよ。人は死後にも
なお存するとの見解があるときにも、あるいは、人は死後には存しないとの見解の存するとき
にも、やっぱり、生はあり、老はあり、死はあり、愁・悲・苦・憂・悩はある。そして、わたしは、
いまこの現世においてそれを克服することを教えるのである。」(増谷文雄訳『阿含経典』p52)

56 :考える名無しさん:2016/12/05(月) 17:26:42.06 0
完全に糞スレ化したな

57 :考える名無しさん:2016/12/05(月) 22:11:42.11 O
>>53>>55
カントも仏教哲学も幼稚だね
そこらへんの事を52で批判しているわけだけど

58 :考える名無しさん:2016/12/06(火) 01:09:34.73 0
末木剛博って日本仏教思想史の末木文美士の父親なんだな

59 :考える名無しさん:2016/12/06(火) 01:49:14.29 0
どちらの本も読んでいたけど、親子だとは知らなかった。
末木文美士のをいくつか読まないと。
『日本仏教史』、『日本宗教史』、『現代仏教論』。

60 :考える名無しさん:2016/12/06(火) 02:21:12.75 0
キサーゴータミー
https://youtu.be/PJ-layFjRGU

61 :考える名無しさん:2016/12/06(火) 09:58:58.82 0
>>59
最近出た末木剛博の遺稿集の編纂を文美士がやっており
自身も文を寄せていたので知った。そんなによくある苗字でも
なく、専門も割と近いけど、それを見るまでは思いもよらなかった。

62 :考える名無しさん:2016/12/06(火) 10:41:49.25 0
黒田俊雄『日本中世の社会と宗教」岩波書店
末木文美士『中世の神と仏』山川出版社

どっちも読みかけ。

63 :考える名無しさん:2016/12/06(火) 19:10:23.91 O
カントも馬鹿だから
経験を越える無限は語れないと言っても有限だって同じこと
アンチノミーの議論自体が倒錯している

64 :考える名無しさん:2016/12/06(火) 19:17:14.86 O
今日の朝太陽が昇ったからと明日も昇るとは経験からは言えない
世界が有限が無限かとはその問いのたてかたが始めからナンセンスなわけで
カントに似ているから仏教が偉いとかは頭おかしい
仏教は普遍を語れない、何故普遍がなければならないか
語れない弱点があるわけで

65 :考える名無しさん:2016/12/06(火) 22:06:56.80 0
仏教って因果やら偶然性・必然性に対する誤解によって成り立っているように思える

例えば話題になっているカントは現象の因果関係を人間の能力に求めた。(これは仏教と異なる立場な気がするけど今は置く)
そして倫理に対しては意志を認めたわけで。
このように、自然法則と意志の両方に因果という語を使うことはできるけど、この2つは性質違うよね。
こういった点を一つ一つあげていかないといけないと思うよ。

なのに仏教って判断停止で瞑想しましょっていって、上にあげたような疑問を呈する人を見下す最低の宗教だと思う。

66 :考える名無しさん:2016/12/06(火) 22:08:51.44 0
観念論はどこまで実在論か
主観はどこまで客観と分離できるか

ここらのへんも仏教は無視するよね

67 :考える名無しさん:2016/12/06(火) 22:45:41.95 0
みんな言ってることが支離滅裂だな。論理もでたらめだ。
仏教哲学もカントも全く理解できていない。まあ知能の低いやつが仏教批判をやるとこうなるといういい例だな。
もう一回幼稚園に入り直して勉強をやり直した方がいい。

68 :考える名無しさん:2016/12/06(火) 22:47:37.78 0
さすが頭いい人のご高説は違うわww

69 :考える名無しさん:2016/12/07(水) 18:25:30.74 O
>>67
うわ、お馬鹿様のお出ましだ

70 :考える名無しさん:2016/12/07(水) 19:00:32.17 0
般若心経における「a是諸法空相、b不生不滅、c不垢不浄、d不増不減」は、
カントのカテゴリーにそれぞれ対応する。*

1量 2質
3関係4様相

1不増不減d2不垢不浄c
3不生不滅b4諸法空相a

参考:
カント、純粋理性のカテゴリー(厳密にはさらにそれぞれが3つの契機に分かれる)
量(単一性、多数性、全体性d)
質( 実在性c、否定性、限界性)
関係(実体性、 因果性b、相互性)
様態(可能性、現実存在、必然性a)

カントが挙げているアンチノミーには、(カテゴリー順に)四つ(a-d)ある(それぞれの
テーゼにアンチテーゼが対応)。

1 世界は有限(時間的、空間的に)である。←→世界は無限である。
2 世界におけるどんな実体も単純な部分から出来ている。←→単純なものなど存在しない。
3 世界には自由な原因が存在する。←→自由は存在せず、世界における一切は自然法則に従って生起する。
4 世界の内か外に必然的な存在者がその原因として存在する。←→必然的な存在者など存在しない。
http://www.ne.jp/asahi/village/good/kant.html


空海(『般若心経秘鍵』角川文庫、及びちくま文庫空海コレクション2所収)の解説だとこ
の部分は法相宗及び三論宗の教義(両者間で論争があった。空海は後者側で般若心経肯定派)。

71 :考える名無しさん:2016/12/07(水) 19:09:24.55 0
以下のサイトのように論理学というよりもベン図を使った集合論としてみた方が分かりやすいかも知れない。
http://kongou-koji.tea-nifty.com/blog/2008/02/9_7cc1.html http://kongou-koji.tea-nifty.com/blog/2009/12/12-2f05.html
「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。 受想行識、亦復如是。」の解説

   色\  /空
  /  \/  \
 /   /\   \
/  1/3 \2  \
\   \  /   /
 \   \/   /
  \  /\  /
   \/  \/ 
三つの領域に区分される。「色であり、かつ空でない」領域1、「空であり、かつ色ではない」領域2、「色であり、かつ空である」領域3の三者である。…
有の極端(=対象の実体化)でもなく無の極端(=虚無)でもない中道をゆくのが仏教である。
       ______
      |  識   |
      |  /\  |
      |_/__\_|
       /    \
  /\  /      \  /\
 /  \/        \/  \
/ 色 /\   空    /\ 行 \
\   \/        \/   /
 \  /\        /\  /
  \/ _\_    _/_ \/
    |  \|  |/  |
    | 受 \  / 想 |
    |   |\/|   |
    |___|  |___|
あえて集合論的に表現するならば、「人間=空性∩(色∪受∪想∪行∪識)」と表記されるだろう。

72 :考える名無しさん:2016/12/08(木) 09:31:38.17 0
仏教的哲学は、おおよそ神の存在はしないとして、論を立てるのはα系の哲学者
であると思われます。

無神論が、唯物論として、宗教の正しい神信仰を阻害する方向になることは、
残念なことではあります。

また、唯物論として神無しとするのも、残念なところであります。

ただ、神を概念として入れた思想哲学を述べる哲学者の方が、後世への誤解が
少なく、悪影響は軽減されると思います。

73 :考える名無しさん:2016/12/08(木) 13:23:15.36 0
今時、近代哲学の基準をカントまで遡って言ってるとか幼稚なのはどっちだよ
近代哲学の正当な継承者はフッサールやハイデガーだろ

74 :考える名無しさん:2016/12/08(木) 19:24:34.05 O
フッサールやハイデガーも雑魚だけどな
カントは無限は人間は体験できない
有限も有限だということを世界の内部の人間には証明できない
だからアンチノミーと言うが、
元々経験で何かを証明することはできない訳で
カントの問いのたてかた自体がおかしい
何々であるという事実、太陽が繰返し昇ったからと次もそうなるとは
事実をいくら積み増しても言えない
有限の経験で体験できることなら証明できるかの
カントの構え自体が完全に間違っている

それは経験で説明しようとする唯名論や実在論の陥った罠で
事実を積み上げてもべきは出てこない
仏教哲学自体がその罠から一歩も出ていない

フッサールやハイデガーも含めてその枠を突き抜けないと話にならない

75 :考える名無しさん:2016/12/08(木) 19:32:40.02 O
赤い物が赤であると全く別な物にも言えること
それは実在論を否定する仏教が答えられないものだ
純粋な個物離れた何かを人は認識できる
ほんとのほんとに空であるなら
個物についてはとりあえず認識は成立してもそれ以上はいらないわけで
そうではなく別な物にも関わらずこちらは共通の赤で
こっちは違う
それは何かは空だとか言ってるだけじゃなく、何故そう言えるか
言いたくなるか、それに答えられない限り仏教は認識論として欠陥がある

76 :考える名無しさん:2016/12/08(木) 20:19:36.17 0
我々の認識論はカントと似てるからすごいって
お前らの認識論はカントで止まってるのかよ?って話だからな

他にも仏教の色と名の心身二元論?
とにかく全く異なる二つの実体があるってとこで思考を停止してこれが真理ですの一点張りも腹が立つ

77 :考える名無しさん:2016/12/08(木) 20:23:19.42 0
>>74
分かります。
私も予てから指摘しておりますが、彼らは現象や解釈に翻弄されるばかりで
本質(原理)に基づいて仮説を立てるという手順を踏んでいないわけですね。
その結果、解釈論を無限ループに陥って終いには、
「本質など無い!」などと言い放つわけです。
(読者からすれば「え、これまでの話は本質探究だったのかい?」ですよね。)

プログラマーでも下手なやつはすぐ無限ループ書いちゃうんですよね。
そういうときはCntl+Cですぐ止めて「失敗しました!すいませんm(_ _)m」で良い話なのに、
彼らって変にプライドが高くて失敗を認めるのが嫌なのか、
「いや、これは無限ループではない。」「そのうち抜ける」とか言い張るのです。

意地張ってないでサクッと直せば良いのに。

by 鼎 梯仁

78 :考える名無しさん:2016/12/08(木) 23:57:31.30 0
△哲学者は、実在論の意味について、ハッキリつかめてないところがあるから、
 実在論があやふやな意味で、終わっているのが多いと思います。

 造語ですが、実在階梯論を大別して四通り述べる必要があると思います。

 1、この世の現在に力点を置いた人の意味としての実在論。

 2、この世の実行存在の意味とした実在論。

 3、人間も霊人の存在が実在論。

 4、神仏や悟りを開いた偉人・聖人の存在の意味とした実在論。

 真の実在論の意味としては、1、〜4、の中の4、を選びたいと思います。

79 :考える名無しさん:2016/12/09(金) 00:16:55.24 0
>>78
その着眼点は素晴らしいと思いますね。
何度も書くのは面倒なのでついさっき他スレで書いた
同じテーマに対する私の意見をコピペ致します。

--------------------
101 :
考える名無しさん
2016/12/09(金) 00:12:50.29 0
>>81
そもそも「存在」という言葉が示す対象が曖昧なのです。
それは現象的なものなのか、あるいは本質的なものについて言っているのか。

物事を論じる際に、それが現象的な事柄であるのか?本質的でな事柄であるのか?
否、まずその分別を明らかにすることが先決なのか?

ここ2、3千年の議論でおざなりになっているのはそこなのです。
最も肝心な事柄を有耶無耶にしたままで議論を進めようとしている。

これでは望むべき解答へ辿り着かないのも当然なのです。
まず、取り組む態度からして良くないと私は思います。致命的に誠実さが欠如している。
真摯に向き合っているとは言えません。

by 鼎 梯仁

80 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/09(金) 09:26:56.91 0
日本人は慈悲の国民である。
日本人の慈悲とはなにかと簡潔に言えば、「私利私欲を忘れて懸命に働くこと」。
これにつきる。これがあってその先にいろいろなものが現れてくる。

みなが懸命に働くことで、みんなで幸福になるということが慈悲だ。
日本人は、慈悲を意識しているわけではない。
「私利私欲を忘れて懸命に働くこと」のただ実践によって、結果的に慈悲を行っている。
意識しないのは、それは仏行として始まり、日本人の慣習に埋め込まれたからだ。

81 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/09(金) 09:27:43.48 0
「私利私欲を忘れて懸命に働くこと」という暗黙の合意を一人でも破れば、
そこから「じゃあ私もやめる」と、みんな自体が破綻してしまう。
だから私利私欲で働く、あるいは働かないものはみんなから排除される。
ここの現れたみんなとは、みんなという「世間」、そしてみんなという「日本人」だ。
そしてまた私利私欲を忘れてという建前(公)と、私利私欲という本音(氏)の日本人の二重構造が現れる。

ここでいう慈悲は現代の慈悲の意味とは大きく違うと思うだろうが、
本来の大乗仏教では、諸行無常、一切皆苦であり、生きていることそのものが苦である。
だから皆で一緒に助け合い救われよう。それが慈悲である。
菩薩は本来は自分だけなら救われるだろうが、あえてみなともとに残り、みなの救済を助ける。それが菩薩の慈悲である。

82 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/09(金) 09:28:14.50 0
日本人の慈悲は思想ではなくエコノミーである。
国家神道、会社信仰、ネオリベラル……いかなる思想に向かおうが、日本人の慈悲はエコノミーとして、作動している。

徳川幕府は、江戸時代初期の士農工商体制を慈悲によって肯定した。
武士は武士の職分を「私利私欲を忘れて懸命に働くこと」。
農民は農民の、商人は商人の・・・
ここに現れるのは、身分という縦関係ではなく、
それぞれの職分が違うが目的は同じという水平な関係である。

また明治政府は、これを国家神道によって、活用した。
みな同じ日本民族であり、国体のために「私利私欲を忘れて懸命に働くこと」は当然である。
慈悲を転倒させて、「みんな=国体」が先にあるように見せる。
実際は、慈悲がみんなを作るのだが。

戦後復興においても、慈悲は会社信仰として活用される。
親会社子会社の護送船団、終身雇用制度、年功序列の整備によって、
サラリーマンがやることはただ会社のために「私利私欲を忘れて懸命に働くこと」。
これは単なる会社信仰ではなく、その先には日本人全体の幸福につながっている。

83 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 00:49:25.24 0
じ‐ひ【慈悲】(広辞苑第五版)

(1)仏・菩薩が衆生をあわれみ、いつくしむ心。
一説に、衆生に楽を与えること(与楽)を慈、苦を除くこと(抜苦)を悲という。
特に大乗仏教において、智慧と並べて重視される。
(2)いつくしみあわれむ心。なさけ。慈悲心。「―を垂れる」

84 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 00:50:13.74 0
>>80
> 慈悲とはなにかと簡潔に言えば、「私利私欲を忘れて懸命に働くこと」。

どこにそんなことが書いてあるの?
どの辞書?仏典のどこ?

> いろいろなものが現れてくる。

テキトーだな。

85 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 00:51:51.86 0
>>81
> 本来の大乗仏教では

大乗の前にも本来の仏教があるけど。

> 菩薩は本来は自分だけなら救われるだろうが、あえてみなともとに残り、みなの救済を助ける。それが菩薩の慈悲である。

「ただのリーマン」を名乗るなら、仏教世界ではまず凡夫だろ。
それが菩薩を前提にするからおかしくなる。

菩薩は、龍樹菩薩、行基菩薩という様に、
修行や徳を積んだ人に与えられる称号であり、信仰の対象にもなるもの。

86 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 00:53:33.71 0
>>82
> 日本人の慈悲は思想ではなくエコノミーである。

慈悲など人の気持ちに働きかけるものは宗教。

> 士農工商体制を慈悲によって肯定した。

階級社会、格差社会を誤魔化す方便。

> それぞれの職分が違うが目的は同じという水平な関係である。

どんどん誤魔化す。

> また明治政府は、これを国家神道によって、活用した。

宗教を利用した国家総動員ね。

> これは単なる会社信仰ではなく

そう。ブラック企業です。

87 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 00:54:26.71 0
『禅と戦争―禅仏教は戦争に協力したか』(2001)
ブラィアン・アンドルー ヴィクトリア

禅僧たちの負の遺産とは?欧米的視点で「国家と宗教と戦争」を凝視する異色作。
僧衣をまとって人の道を説き、「死の覚悟、無我、無念、無想」を教える聖職者たち
―禅仏教の歴史と教理の裏側に潜むものを徹底的に考察する。

88 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 12:25:33.73 0
仏教の目的って輪廻転生から離脱して肉体的にも精神的にも完全に消滅することですよね?
でもそれって普通に「死ぬ」ことと何が違うのだろうか?
輪廻転生という前提を否定した時点で仏教の全ての修行は無意味なものになるような気がする。

89 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 12:38:03.12 0
>>88
それは目的ではなくて、先ずはそこに気付いて、
さらにその先に救いがあるんだよって話だと思います

90 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 13:47:52.27 0
大野弘樹
愛媛県松山市在住 無職28歳男
パソコンをハッキングされて個人情報を盗まれた能無し
ネット民に袋叩きに遭って精神崩壊しちゃったwその上喚くだけで自殺も実行できない腰抜け
現在は統合失調症を発症して生活保護貰って生計を立てている負け犬
幻覚・妄想を事実と思い込むガイジと化しちゃいるががんばって生きてるんで応援してくださいw
これからも大野弘樹というチンパンジー生活をみんなで観察していきましょうww

91 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 13:48:52.60 0
大野弘樹
愛媛県松山市在住 無職28歳男
パソコンをハッキングされて個人情報を盗まれた能無し
ネット民に袋叩きに遭って精神崩壊しちゃったwその上喚くだけで自殺も実行できない腰抜け
現在は統合失調症を発症して生活保護貰って生計を立てている負け犬
幻覚・妄想を事実と思い込むガイジと化しちゃいるががんばって生きてるんで応援してくださいw
これからも大野弘樹というチンパンジー生活をみんなで観察していきましょうww

92 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 13:56:23.61 0
>>84
もと徳川家康の家臣で、のちに禅僧になった鈴木正三。
家康も同様の思想を持っていたと言われる。

>>
万民徳用  鈴木正三
どの仕事もみな仏道修行である。人それぞれの所作の上で、成仏なさるべきである。
仏道修行で無い仕事はあるはずがない。
一切の[人間の]振舞いは、皆すべて世の為となることをもって知るべきである。
仏の身体を受け、仏の本性が備わっている人間が、心得が悪くてすき好んで悪道(地獄・餓鬼・畜生)に入るべきではない。
本覚真如の一仏が百億に分身して世の中を利益なさっている。
鍛冶・番匠を始めとして諸々の職人がいなくては世の中の大切な箇所が調わない。
武士がなくては世が治まらない。
農人がいなければ世の中の食物が無くなってしまう。
商人がいなければ世の中の[物を]自から移動させる働きが成立しない。
このほかあらゆる役分として為すべき仕事が出てきて世の為となっている。
天地を指した人もいる。文字を造り出した人もいる。五臓を分けて医道を施す人もいる。
その種類は数えきれないほど現れて世の為となっているけれど、これらすべて一仏の功徳の働きである。
<<

93 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 14:06:29.95 0
>>
日本においては、例えば徳川時代の中期以降における近江商人の活発な商品活動には、浄土真宗の信仰がその基底に存するという事実が、最近の実証研究によって明らかにされている。
ところで近江商人のうち成功した人々の遺訓についてみるに、かれらは利益を求める念を離れて、朝早くから夜遅くまで刻苦精励して商業に専念したのであるが、内心には慈悲の精神を保っていた。
実際問題としては利益を追求しなかったわけではないはずであるが、かれらの主観的意識の表面においては慈悲行をめざしていたのである。
その一人である中村治兵衛の家訓によると、「信心慈悲を忘れず心を常に快くすべし」という。
これは当時浄土真宗における世の中の商人に対し仏の慈悲を喜ぶことを教えていたことに対応するのである。P244

慈悲 中村元 講談社学術文庫 ISBN:4062920220
<<

94 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 14:12:13.62 0
>>85
>大乗の前にも本来の仏教があるけど。

日本に入ってきたのは大乗仏教。

>慈悲など人の気持ちに働きかけるものは宗教。

宗教を単に精神的なものと考えるのは間違い。
たとえばキリスト教の奉仕、仏教の布施など、
経済的な意味を持つ。
布教でも経済的な効果とは切り離せない。

95 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 14:14:41.27 0
>>88
死んだらどうなるというのは人類史の大命題。
現代人は科学思想があるから、悩まなくなった。

96 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 14:20:45.39 0
>>86
>階級社会、格差社会を誤魔化す方便。
>どんどん誤魔化す。
>宗教を利用した国家総動員ね。
>そう。ブラック企業です。

経済合理性とリベラル思想に洗脳させた現代人の考え方ですね。

97 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 15:05:57.04 0
大野由美子
愛媛県松山市在住 無職48歳女
中卒のクソマンコ。プライド高くて性格悪いので同僚の女にも大分嫌われてたww
そんで30代で子宮がんになって仕事辞めてそれから暫くしてナマポで飯食うようになりました
40過ぎた消費期限切れ女が外見に気を使うな。その歳で化粧品つけて何になる。
自分がまだ若いとか魅力あると思ってる訳?
男はお前みたいな汚いババアに興味はありませんwww

98 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 16:05:12.48 0
アメリカ等は教会への寄付が根付いていて教会が炊き出しなどを行う事で社会福祉を担っている

これはローマ時代のコンスタンティヌスの時代に国家の福祉事業を教会に移転した事から続いており実質的な公営福祉となっている
謂わば政教一体の実態がある

99 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 16:30:59.85 0
キリスト教の慈愛と仏教の慈悲の違いは、
キリスト教の慈愛は弱者救済という直接的な行為でわかりやすいが、
仏教の慈悲の場合は、そう単純にはいかない。
仏教の場合は、全員が弱者なので、強者になってはいけない。
強者になると、相手は弱者として恥をかく。
だから与える方も救済させてもらわなければならない。
なかなかデリケート。

100 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 16:40:12.19 0
現代でも、日本人は人助けするのに、助けても迷惑にならないかと、なかなか直接的にいけない面がある。

101 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 16:45:47.08 0
単純に日本人に仏教という宗教に対する信仰心の無さが波平は気に入らないんだろ?

日本人の慣習を仏教の影響と言いたいのは分かるがそれを仏教由来の慈悲と結びつけても最早意識から消えているのだから人はそれを拒絶する
現代の仏教の象徴たるナマグサ強欲クソ坊主を現実に見て幻滅しているからだ

102 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 16:48:13.36 0
現実の仏教に象徴される住職がどれ程、俗な人間かは多くが触れ合い知っているからね

先ず波平が改革するべき対象は大衆ではなく仏教関係者
でなければ新たな宗派を拓くしか慈悲を広める術はないよ

103 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 19:12:03.38 0
>>101
日本人のどこを切っても仏教が出てくる。
なぜならこの辺境の島国で、知の体系と言えば、仏教しかなかった。
神道といっても、中身なんか大してなくて、神仏習合で仏教から学びながら育ってきた。
特になんと言っても、死生観。
極楽か、地獄か。
これは早くから日本人に広く根づいた。
葬式仏教として仏教が浸透したように。

そして地獄に行きたくないなら、慈悲をしろ!
しかし慈悲というのがなかなか難解で理解できない。
それを簡単にしたのが、浄土真宗なら他力本願、念仏主義。とか、座禅だけど。

さらに、そんな暇ない民衆に広まったのが、
職分仏行為論。自分の職分をまっとうする。
これは、徳川幕府の身分制を補完する形で、もはや仏教を超えて浸透し、成熟した。
私欲を超えて世間のために勤勉に働く。

104 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 19:16:27.07 0
儒教も道教もあるやん

105 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 19:17:48.76 0
なぜ日本人は仏教徒にならなかったのか、ほんとに不思議だが、
仏教文化は日本人の慣習として深く根付いた。

現代、日本人は近代人ととして、資本主義社会に柔軟したが、それでも西洋人から変わった民族だと思われているし、
また資本主義も日本人式だ。

106 :第三の波平 ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 19:28:41.40 0
日本人の慈悲型資本主義とは、売手と買手のウィンウィンだけでなく、世間のウィンも重視する経済。
すなわち買手のための商品ではなく、世間のための商品である。
世間という倫理とは、慈悲である。顧客とは、最も買ってくれそうな人であるが、
慈悲とは、最も買わなさそうな人に買ってもらえるようにすることだ。

欲望型資本主義 (西洋式)
 消費者の欲望を想起させ続ける。欲望とは他者の欲望への欲望であり、終わりがない。主体欲望論。

慈悲型資本主義 (日本式)
 求めていないと人のためにこそ、利便性を提供する。買った人は求めた人になり、さらに
 求めていない。人が生まれ、終わりがない。集団的充足論

107 :第三の波平 ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 19:30:20.35 0
>>
江戸時代中期、全国的規模で広汎にビジネス活動を行い、時には海外へも進出していた「近江商人」。
現在もトヨタ、丸紅、伊藤忠、高島屋、日本生命、ワコールなど、近江商人に起源をもつ老舗企業は数多く存在しています。
明治維新をはじめ、数多くの激動期を乗り越えてきた「近江商人」の経営手法には、現在に生きる私たちに、少なからぬ「知恵」を授けてくれます。
何の資源を持たなかった日本が、ここまでの発展を遂げることができたのは、何よりも「ヒト」という資源の力にあるのではないかと思います。
それも誰もが知っている有名人ではなく、目立つこともなく、ただひたむきに努力を重ねた無名の人々による努力の結晶にあるといえるでしょう。
このような人々を輩出したそのシステムにこそ、日本の発展の原動力があったといって過言ではないと思います。
そして、この日本における人的資源のマネジメントのルーツといえるものは、
いまから300年以上も前の時代に誕生した「近江商人」の経営手法の中にあるのです。
「三方よし」

これは、「売手よし、買手よし、世間によし」のことを言い表したものです。 商売を行うからには儲からねば意味がありません。
そのためにはお客さんにも喜んでもらわなければなりません。ですから、「売手よし、買手よし」は当然のことといえますが、
近江商人には、このうえに「世間よし」が加わって「三方よし」となります。
これは300年生き続けてきた理念で、近江商人特有のものとなっています。自らの地盤を遠く離れた他国で商売を行う、近江商人においては、
他国において尊重されるということが、自らの存在を正当づける根拠にもなりますから、「世間よし」という理念が生まれてきたといわれています。
http://www.neo-knowledge.com/column/omisyonin01.html
<<

108 :第三の波平 ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 19:35:42.72 0
>>104
道教は、中国のローカル宗教なので、知の体系とまではいかない。
老荘思想は、高い精神性があるが、基本、道教とは違う。

儒教が知の体系として取り入れられるのは、江戸時代。
それ以前は、唐の統治技術などとして紛れて入って来た。

特に日本に入ってきた仏教は中国仏教。
中国仏教とは、儒教化された仏教なので、
仏教に紛れ込んで入って来た。

お墓、位牌、葬儀儀礼は、もともとは儒教からから来ている。
禅は、もはや仏教か、老荘思想の仏教化

がっつり知の体系として、日本に導入されたのは仏教、ということ。

109 :第三の波平 ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 19:40:05.66 0
それでも、日本人は敬虔な仏教徒にはならなかった。
神道習合も離れて、庶民レベルで仏教として信仰されたのは、
浄土真宗、日蓮宗とか限られている。
そして彼らは、信長、家康など、時の権力者と対立し、弾圧された。
やはり日本人は、日本人共同体を超えて、絶対的な神を信仰することを嫌うのかな。

110 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 20:11:07.83 0
陰陽道は古いやん

111 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 20:48:01.15 0
>>110
占い、祈祷
知の体系というほどではないな

112 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 20:49:06.04 0
古代中世の知の体系とか言うと有職故実とかかいな

113 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 20:52:39.01 0
仏教もいろいろあるやん

114 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 20:52:54.07 0
>>92
> 禅僧になった鈴木正三
それは、17世紀の一僧侶の教えであって、紀元前5世紀に出来た仏の教えではないね。
仏道についての解釈の一つだろう。

115 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 20:54:25.01 0
テキトーにきまってますやん

116 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 20:54:58.77 0
まず、近くの図書館に行って仏教辞典の類で「慈悲」という言葉を調べてみよう。
中村元監修の辞典もあるし他のものでもいい。 
>>83も中村による辞典の説明の要約だ。

117 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 20:55:34.30 0
wikiでも「慈悲」を調べてみるといい。

慈悲と漢訳されている元のサンスクリット語は、それぞれ

慈 マイトリー(maitrī) 「慈しみ」
悲 カルナー(karu.nā)「憐れみ」

を意味する。

「私利私欲を忘れて懸命に働くこと」という説明は
辞典をひっくり返しても出てこない。

118 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 21:07:53.87 0
仏教のキモはダルマ

119 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 21:17:16.05 0
>>117
そりゃ出てこないだろう。
そんなこと言ったら、日本の仏教は仏教かという議論になる。
葬式仏教って仏教か?
それはそれでやってくれ。

ボクが言っているのは、日本人が慈悲をどのように昇華したかの話し。
江戸時代に職分仏行論として、慈悲は昇華されて、
世間のための勤勉さとして、現代まで日本人の慣習として残っている。

120 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 21:19:24.32 0
慈悲について学ぶなら、
まあ、中村元の本「慈悲」がおすすめ。
ほんとはあれは抜粋版で、全集読んだ方がよいんだけと。

121 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 21:20:46.33 0
慈悲そのものは空観と関係する難解な概念だから
なかなか庶民レベルでは理解できなかっただろう。

122 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 21:29:17.81 0
慈悲を、簡単に言えば、仏教の本質である無我に至る実践。
我から関係がない見ず知らずの人へみかえりなく多くを与えること。
すなわち我を無にする空観に至るための実践。
まあ、究極的には仏にしかできないが。

>>
後代の仏教においては、他人に対する奉仕に関して「三輪清浄」ということを強調する。
奉仕する主体(能施)と奉仕を受ける客体(所施)と奉仕の手段となるもの(施物)と、この三者はともに空であらねばならぬ。
とどこおりがあってはならぬ。もしも「おれがあの人にこのことをしてやったんだ」という思いがあるならば、それは慈悲心よりでたものではない。
真実の慈悲はかかる思いを捨てなければならぬ。かくしてこそ奉仕の精神が純粋清浄となるのである。P129

慈悲 中村元 講談社学術文庫 ISBN:4062920220
<<


ここから、我の私欲を忘れて、勤勉に職分を全うして、世間へできるだけ多くを与えるという、日本人の的な解釈が生まれる。

123 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 21:32:17.39 0
こんな難解なことは庶民レベルではわからないから、
「私利私欲を忘れて懸命に働くこと」それで、地獄にいかず、成仏できると、わかりやすくなる。

124 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 21:34:45.05 0
そういう慈悲は縄文時代からあるかもしれませんやん

125 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 21:36:16.17 0
これは江戸時代が、日本の歴史で庶民レベルで家、すなわち、家名、家職が成立し始めた時代であること。
世間に対する家の対面を守るとか。

あとは、もともと日本人が超越論的な抽象的な話が苦手で、
わかりやすい現世利益が好きなこと、などから、
来たんだろう。

126 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 21:38:18.18 0
>>124
庶民レベルで職分が成立するのは江戸時代。
あと、仏教が庶民レベルに広まるのも江戸時代。
幕府の檀家制もあって、
村に一つのお寺の時代がくる。

127 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 21:38:58.70 0
>>126
そんなん分かりませんやん

128 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 21:41:42.10 0
知の体系、関係ないですやん

129 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 21:42:40.93 0
>>127
歴史学的な事実だから


>>
江戸時代に仏教がはじめて国民的規模で受容され、日本人の宗教意識の世界が圧倒的に仏教色にぬりつぶされるようになったのは、権力による庇護のためだけではなかった。
民衆が仏教信仰を受容するようになった民俗信仰的根拠は、さしあたり次の二点から理解することができよう。
第一は、仏教と祖霊祭祀の結びつきで、これを集約的に表現するのが仏壇の成立である。
・・・寺請制・寺檀制と小農民経営の一般的成立を背景として、近世前期にはどの家にも祀られるようになっていた。
農村でも都市でも、家の自立化が家ごとの祖霊祭祀をよびおこし、それが仏教と結びついた。そして、家ごとに仏壇が成立したことが、他方で神棚の分立をもたらした、という。
第二は、多様な現世利益的祈祷と仏教との結びつきである。
観音・地蔵・薬師などはその代表的なもので、これら諸仏はやがて、子安観音、延命地蔵など、多様に分化した機能神として、民衆の現世利益的な願望にこたえるようになった。P25-27

神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈 安丸良夫 岩波新書 ISBN:4004201039
<<

130 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 21:45:20.05 0
昭和史の真実も分からんのに
江戸時代の事実とか分かるわけないですやん

131 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 21:56:59.31 0
>>130
勝った!

132 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 21:58:10.61 0
>>119
それは仏教でも仏教哲学でもなく、仏教経済論だろ。
それはそれでスレを立ててやったらいい。

日本の仏教も葬式仏教も仏教の一例だ。

133 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 21:58:34.39 0
それからもう一つ重要なことは、>>83にもある通り、
慈悲は、仏や菩薩による憐みであるということ。

キミは仏や菩薩で、他者を憐み慈しんでいるというのか?

134 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 22:01:31.68 0
>>122
> 慈悲を、簡単に言えば、仏教の本質である無我に至る実践。
では、踊り念仏だって何だっていいだろ。

>まあ、究極的には仏にしかできないが。
そんなものをエコノミーだとか言って万人に求めるなよ。

135 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 22:02:20.85 0
>>122
中村『慈悲』の結語を見てみろ。
中村はその本で慈悲の実践を説きながら、最後にこう付け加えている。

「かかる実践は、けだし容易ならぬものであり、凡夫の望み得べくもないことであるかもしれない。」

136 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 22:05:08.59 0
中村の言っている「慈悲」は、会社務めなど現代的な生活をしている人達にも
分かりやすく説明している方便だろ。

137 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 22:05:52.92 0
方便
(ほうべん)
サンスクリット語のウパーヤup?ya(近づく、到達する意)の訳。
仏教の教えや実践がむずかしくて、一般の人々に理解しがたく実行しがたいのを、
彼らを教え導いて、仏教に親しみ、仏教の本旨に到達させるために考案された巧みな手段をいう。
とくに仏教が民衆化した大乗仏教において、さまざまな方便が語られ…(日本大百科)

138 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 22:09:32.66 0
>>133
確かに、仏が先か、慈悲が先かの議論はある。

慈悲は仏のみ可能なんだから、仏になってやる。
あるいは、かぎりの慈悲をすることで仏になれる。

しかし実際、慈悲は仏行すべてにかかる基本だから、
慈悲的なものは実践するだろう。
他力本願の浄土真宗でさえ、自然と実際は慈悲行を行う。
衆生を縁とする慈悲からでいいんだよ。

>>
大乗仏教の思想体系の理論的建設者であるナーガールジュナは、慈悲に三種類あることを認め、無縁の慈悲の究極者的性格を明らかにしていう。
・・・おそらく現実の社会において、多くの個人と個人とが対立している場面を意識しつつ慈悲を及ぼすことが「衆生を縁とする慈悲」であり、
個人存在あるいはそれと関連ある諸種の物を個別的な要素に分析して、それらは独立な実体ではないと思って、執著を去って他人になんらかの物を与えて奉仕すること、
すなわち小乗仏教における慈悲行が「法を縁とする慈悲」であり、
諸法実相である空(=如来)を観じて行う慈悲が「無縁の慈悲」なのであろう。P488-491
空の論理 大乗仏教 中村元選集 ISBN:439331222
<<

139 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 22:12:17.77 0
中村元=凡夫
第三の波平(ただのリーマン) =エコノミック・スーパー菩薩

140 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 22:15:26.99 0
この慈悲の段階は、経済学的にも解釈できる。

「衆生を縁とする慈悲」とは、自らの社会的な関係に囚われながら、まだ無我に至らないままで、
すなわち知り合い故に、どこか見返りを求めつつ行う。
これを、贈与交換という。

「無縁の慈悲」はもはや自らの社会的な関係に囚われない。だから見返りを求めない無我である。
ただ与えるのみ。
これを純粋贈与と呼ぶ。
完全な純粋贈与は人間には不可能と言われる。

141 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 22:25:24.17 0
> 2 :ぴかぁ〜:03/03/26 02:12
> 父親には早く死んでもらいたい。
> もがき苦しんだ挙句に死んでもらいたい。
> 手足を切り落として舌を抜き酒樽につけて半年かけて衰弱死させる
> 「人豚」という中国の拷問があるそうだが、それをやってみたい。
> それができればわしは大笑いするだろう。
>
> 3 :ぴかぁ〜:03/03/26 02:14
> 父親ははやく遺産だけ残してもがき苦しんで死ねや。
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1048612014/2-3

142 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 22:27:30.60 0
マジレスすると、親を拷問して殺すっていう時点で反儒教的だからね

儒教の核は祖先崇拝であり、
波平は自分の親を拷問して殺すって宣言してる訳だから、
右寄りではないわな
むしろ、

 親子の絆 < 遺産

と言ってる訳だから左寄りだわな

でも、波平の親が左翼だから、
左寄りだとは認めたくない
そこで血便捻り出すが如く、
無理して右寄りですと連呼し続けるのだよな
37歳にもなって、親への反抗期が終わらないってどうなん?
大人になれよ波平、もう身体は中年なんだからな

143 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 22:31:42.57 0
身近な人に与えることは当たり前だ。
それはいつか返礼を期待できるし、
信頼関係になる。
これは原始社会にもある人類の基本のエコノミーだ。
我の共同体は贈与交換の信頼で団結する。

慈悲とは、この当たり前のエコノミーを超える。
閉塞的な共同体を超える。
我の共同体の向こうの見ず知らず人にも与える。
無我の実践。
ここに、共同体同士の争いを回避する手段がある。

144 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 22:32:37.56 0
>>142
あら、身体障害者ちゃんここまで追いかけて、来ちゃったの。
いつも追いかけてくるな(笑)

145 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 22:48:23.18 0
身体障害者?

146 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 22:52:13.29 0
慈悲という割に身体障害者を馬鹿にする矛盾した波平さん

147 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/10(土) 23:01:47.25 0
>>145
身体障害者で家にこもって、ここに10年間張り付いて荒らしてるらしい。
みんなから、身体障害者ちゃんと呼ばれてる。

148 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 23:05:47.90 0
仏陀は身体障害者にどういった態度をとったのか

149 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 23:10:25.72 0
ちょっと前は発狂さんと呼ばれていると言っていたのに、
もう立場をコロッと変えたのか

150 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 23:48:56.11 0
身障呼ばわりされてキレて身障と呼んでいるのは波平だろう

他の人はこいつの事えおキチガイや荒らしと呼んでるかこのスレから出ていった

151 :考える名無しさん:2016/12/10(土) 23:59:41.99 0
道元が『典座教訓』に記した体験は、以下のようなものである。
「宋の天童寺に留学中だった私(道元)はある夏の日、中庭で寺の老典座が海草を干している
のを見た。老人は眉は白く腰は曲がっていたが、炎天下に竹の杖をつき、汗だくになり苦
しそうに働いていた。私は気の毒に思って近づき、年齢を聞くと老人は『68歳だ』と答えた。
『なぜ、下働きの者にやらせないのですか』 老人は答えた。『他の者とやらは、私自身ではない』
『なぜ、今のような炎天の日中にされるのです』 老人は答えた。『今のほか、いつを待てと言うのか』
私はその場を離れた。そして廊下を歩きながら、典座職の重要さを考えたのであった」[1]

「また私が上陸許可を待って港の船の中にいた時、ある老僧が食材の買入れに港にやって
きた。船室に招いて茶を勧め、話を聞くと『私は、阿育王寺の典座である。故郷を出て四十
年、歳も六十を越えたが、これからまた20キロほど歩いて、食事の用意に寺まで帰らねばならぬ』
『飯の用意など誰かがやるでしょう。何か差し上げますので、ゆっくりしていかれては』
『それは駄目だ。外泊許可を貰っていないし、典座は老人にもできる修行、他人には譲れぬ』 
私は聞いた。『あなたほどのお年なのに、なぜ忙しく働いてばかりいて、坐禅したり先人の
教えを学ばないのですか。それでいったい何のいいことがありましょう』
老僧は笑って言った。『外国からきたあなたは、どうやら何もわかっていないようだ』私は
これを聞き、大いに驚き、また恥じた。 そして老人は「もう日も暮れた。行かねばならぬ」
と立ち上がり、寺へと帰っていった。 私が多少とも修行のことを知るようになったのは、
実にこの老典座の恩によるのである」[2]

道元は日本に帰国してより建仁寺に留まったが、建仁寺の典座が食事の用意を軽く考え、
職務を適当に行っていることを見、宋との落差を非常に遺憾とした。そして『典座教訓』
を執筆し、典座職の重要性と、その職務要領を詳細に書き残した。 

現在の道場の典座職には、修行経験が深く篤実温厚な人物が任命される場合が多く、修行僧
たちの相談役として敬慕される者が多いという。

出典
1^ *道元『典座教訓・赴粥飯法』 講談社学術文庫 P69
2^ *同上 P76

152 :考える名無しさん:2016/12/12(月) 00:51:51.60 0
https://i.imgur.com/x03Xebz.jpg
重要文化財 二河白道図(にがびゃくどうず) 鎌倉時代・13世紀 京都・光明寺蔵 

       阿弥陀「私が守るから来なさい」

     <極楽浄土>
_______  _________
      百||          
南側    歩||    北側
火の河   ほ||    水の河
憎しみ   ど||    貪欲
       ||
       |白
       |い
       |道
       |(4、5寸、15cmほど)
       || 
_______||__________
      ある往生者
   二人連れ   釈迦「決心してこの道を行きなさい」
(聖道門=自力)      

    群賊「この道は険悪だから戻って来なさい」

    <現世=娑婆世界>
      (合戦、享楽)

(↑下から上へと順に見てゆくように構成されている)

153 :考える名無しさん:2016/12/12(月) 00:52:49.31 0
唐の時代の中国浄土教(中国浄土宗)の僧、善導大師(613-681)の『觀無量壽佛經疏』
第四「散善義」にある二河白道の比喩(二河喩)を絵画化したもの。上の絵はこの画題とし
ては最古。
善導大師による比喩は、法然(1133-1212)が『選択本願念仏集』第八章「念仏行者必可
具足三心之文」で、親鸞(1173-1262)も『教行信証』信巻他で紹介している。
法然、親鸞以外にも、一遍(1239-1289)にもこの絵(というより画題)は深く関わる。
『一遍聖絵』によれば、文永八年(1271年)の春、信州善光寺に訪れた一遍は、参籠に参籠
を重ねた末に、自らさとりを得て、「二河白道」の図を本尊として描いたという。
https://i.imgur.com/oXFMfG5.jpg
(一遍上人絵伝における二河白道図を前にする一遍)

154 :考える名無しさん:2016/12/13(火) 22:38:32.01 O
赤いものを見てそれを赤と認識できる
郵便ポストも薔薇の花も見たことないものもそれまでの経験から離れて
赤と認識できる
経験からしか知識得られない
個々の単独の経験からしか知識はないとする唯名論は誤り
では経験とは別に普遍は経験とは離れてあるとする実在論も
郵便ポストと薔薇の花から何故緑を出さないか、
赤の中には必ず緑の部分もあるわけで緑ではなく
赤とくくるのかの理由は答えられない

カントのアンチノミーは経験から説明しようとして有限な体験できれば
答えがでるかに語るから馬鹿馬鹿しい
仏教もカントと同じ間違いしている馬鹿な唯名論の一つでしかない
仏教を哲学として論じればこの結論は免れない

155 :考える名無しさん:2016/12/13(火) 23:00:22.24 0
>カントのアンチノミーは経験から説明しようとして有限な体験できれば
>答えがでるかに語るから馬鹿馬鹿しい

全く意味不明
まず日本語から勉強しなさい

156 :考える名無しさん:2016/12/14(水) 00:20:26.55 0
カントはアンチノミーを
数学的なアンチノミーと力学的なアンチノミーとに分けている

量質は前者 (不増不滅、不垢不浄)
関係様相は後者(不生不滅、諸法空相)

前者は排中律が適応され、
後者は共立可能

これだけでも進歩だ
というか数学と科学に進歩の余地を残している

ゲーデルもハッブルもカントに言及しているのは偶然ではない

「信仰に余地を求めるために、知識を除去しなければならなかった」(2版序)という
カント自身の言葉をもじって言えば、
「信仰に余地を求めるために、論理学を除去しなかった」と言えるのだ。

157 :考える名無しさん:2016/12/14(水) 01:20:05.47 0
日蓮はヘーゲルのように歴史をトリアーデの(フラクタル的)展開と捉える
http://tidouji.la.coocan.jp/hihan/gojyusanndan.htm
ただしヘーゲルのように絶対精神が西欧近代には置かれず
到達点は法華経の中に措定される

カントが第一批判から積み上げたのと逆に
法華経は浄土のヴィジョンを提示する

あえてカントに対応させるなら

永遠平和は可能
機械法則は当てはまらない
趣味判断に概念はいらない
徳の戒律が幸福につながる…、と遡行する

対話主義は共通しているが

158 :考える名無しさん:2016/12/14(水) 01:21:17.74 0
今年は偉人の死が続いたが、寿量品の比喩が身に染みる


《然るに今、実の滅度に非ざれども、而も便ち、唱えて當に滅度を取るべしと言う。

(こういうわけで、如来は、ほんとうは死なないのだけれど、死ぬのだと言うのです。)


阿僧祇劫に於いて 常に霊鷲山 及び余の諸の住處に在り 
衆生劫尽きて 大火に焼かるると見る時も 我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり
園林諸の堂閣 種種の宝をもって荘厳し 宝樹華果多くして 衆生の遊楽する所なり 諸天天鼓を撃って 
常に衆の伎楽を作し 曼陀羅華を雨らして 仏及大衆に散ず

(十の五十六乗劫のあいだ、わたしはつねに、
この霊鷲山もしくは別の場所にいつづけているのです。  
 生きとし生けるものが、この世の終わりがきて、
世界がすべて焼き尽くされていると見たり思ったりしているときも、
わたしがいる世界は安穏なのです。
 天人が舞い踊り、緑したたる樹林があり、いろいろな宝石で飾られた絢爛豪華な建物があまたあるのです。
 宝石でできた樹木や、花や実をつけた樹木が、たくさんあって、生きとし生けるものはみな、楽しく暮らしているのです。
 空のうえでは、つねに神々が太鼓を打ち鳴らし、さまざまな楽器をかなで、たとえようもなく美しい花が、
雨のように、仏やその弟子たちの頭上に、降り注いでいるのです。)》

法華経寿量品より

159 :考える名無しさん:2016/12/14(水) 23:00:46.29 O
カントのアンチノミーは世界が無限だとしても経験からは確認できない
世界が有限だとしても有限であることを経験からは確認できない

全く下劣な考え方で、経験から何かを確実に知るなんてことはできるわけないのに
全く馬鹿馬鹿しい

160 :考える名無しさん:2016/12/15(木) 00:38:44.54 0
インド哲学相関年譜
http://pds.exblog.jp/pds/1/200908/08/41/a0024841_14473020.jpg
唯名論と実在論の系譜

☆=語は常住、『顕現論者』
◯=語は人為的、『生起論者』

               <ヴェーダの宗教>
               最初期ウパニシャッド文献(前8〜前7)、
            ヤージュニャヴァルキヤ(観念論)vs.ウッダーラカ・アールニ(実在論)=「有」の哲学
前8               |
     沙門たちの宗教     |____________________________☆文法学派          
前6 <ジャイナ教 <◯仏教>  |                             |
      など>(前6〜前5)<ヒンドゥー教>                       |
前4         |     |_____________◯ヴァイシェーシカ学派(前2) パーニニ(前4)
           |     |              カナーダ『ヴァイシェーシカ  |
前2       『ミリンダ王  |____☆ミーマーンサー学派    スートラ(定句集)』 パタンジャリ
   <大乗仏教> の問い』   |           |         (前2〜後1) |(前2〜前1)
西暦紀元   |   |(前2) | 『ミーマーンサースートラ』(1〜2)     |    |
       |   |     |___________|____◯ニヤーヤ学派 |    |  
 2 ナーガールジ  |     |_☆ヴェーダ     |『ニヤーヤスートラ』  |    |   
   ュナ=龍樹(2)|     |  ーンタ学派    |      (2〜3) |    |     
       |   |     |__|________|_______|____|____|_サーンキヤ学派

161 :考える名無しさん:2016/12/15(木) 00:39:04.24 0
 4 <ヴァスバンドゥ=世親>  シ 『ブラフマ  シャバラス      |    |    |   |___ヨーガ学派
       |   |(5)  ャ  スートラ』 ヴァーミン ヴァーツヤーヤナ チャンドラ |『カーリカー』『ヨーガ
    ディグナーガ=|     ク  |(4)    (4) 『ニヤーヤ(5) マティ=慧月|   |(4)スートラ』
 6  陳那(6)  |     テ  |        |  バーシヤ』|『十句義論』(5)|   |   |  (4)
       |   |     ィ  |      __|   ウッディヨー   |    バルト |   ヴィヤーサ 
     ダルマキ  |     時  |     |  |   タカラ(6) プラシャス  リハリ |   |  (5)
 8   ールティ  |     代  シャンカラ |クマーリラ     |  タパーダ(6)(6) |   |  
      (7)  |     |  |(8)  |  |(8)    |  『バーシヤ』 |   |   |
       |   |     |  |   プラーバ |       |____|    |   |   |
       |   |     |  |   ータカラ |       ウダヤナ(10)  |   |   |
       |   |     |  |   (8)  |          |      |   |   |
       |   |     |  |        |    アンナンバッタ(15)  |   |   |
       |   |     |  |        |  ?『マニカナ』(17?)   |   |   | 
       |   |     |  |        |          |      |   |   |
       |   |     |<一元論>     <___多____元____論____>   <二元論> 
       <___唯___名___論__>     <___実____在____論____>   <唯名論or実在論?>

162 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/15(木) 12:50:03.13 0
■日本人の法則 慈悲の経済則(エコノミー)

慈悲の経済則(エコノミー)とは

ボクが言いたいことは簡単なことで、日本人は勤勉である、ということ。これは散々あちこちで言われている。
そしてその勤勉さは、慈悲の経済則(エコノミー)で作動している、ということ。
では、慈悲の経済則(エコノミー)とはどのようなものか。
・世間へ貢献する。特に職を通して貢献する。
・貢献したことを気づかれて気遣いをさせないよう貢献する。

これを経済則として表現すると、人類共通の原初的な経済則である「贈与に対して返礼する」贈与交換に対して、
・世間へ「見返りなく贈与する」。特に職を通して「見返りなく贈与する」。
・「贈与した」ことに気づかれて「返礼」しないといけない気遣いをさせないよう「贈与」する。

たとえば簡単な例として「おもてなし」を考えると、おもてなしとは、相手が誰であるかに関わらない世間へのもてなし(貢献)である。
そしてもてなし(貢献)したことを気づかれて気遣いをさせないようもてなすことを究極とする。
これを仏教でいうと「三輪清浄」という。

いままで日本人が勤勉であることはわかっていたが、その詳細が謎であった日本人の法則を、突き止めたことで、様々な応用が可能になる。
まず歴史をより詳細に分析でき、そして反省できる。それによって、これからの未来のあり方を考えることに有効である。

163 :考える名無しさん:2016/12/15(木) 19:12:30.40 O
有限な回数で確認できるものについて、全て確認したとしても
次からも同じように確実になるなんて全く確証がない
経験からは何かを確実に知るなんてことはできるわけがない
経験論に片足突っ込んでいるカントも仏教も、
実はバリエーションに過ぎない実在論も
フッサール含めてそこらへんは全部間違いで片腹痛い

164 :考える名無しさん:2016/12/15(木) 19:55:25.92 0
>>162
> これを経済則として表現すると、人類共通の原初的な経済則である「贈与に対して返礼する」贈与交換に対して、
> ・世間へ「見返りなく贈与する」。特に職を通して「見返りなく贈与する」。
> ・「贈与した」ことに気づかれて「返礼」しないといけない気遣いをさせないよう「贈与」する。
「借金時計」を見たまえ。

> そしてもてなし(貢献)したことを気づかれて気遣いをさせないようもてなすことを究極とする。
コテを付けてそんなこと言っても説得力がない。
キミは自分では努力をせずに、人にばかり求めている。

> 日本人の法則を、突き止めた
仏教≠日本人、日本人≠仏教

165 :考える名無しさん:2016/12/15(木) 19:59:13.19 0
問題意識が高校の作文だ

166 :考える名無しさん:2016/12/16(金) 03:03:36.61 0
最近の仏教はチャラチャラしすぎなんだよなぁ。
偶像崇拝禁止なので仏像やらチャラついたアイテム売るの禁止
死後の世界について色々妄想と恐怖を煽って修行と称して金を巻き上げる
のも仏陀は無記としたので禁止。

もう現代仏教は金のにおいが染みついて全然癒されない。
大体、勝手に49日したら輪廻転生するとか決めておいて
毎年墓参りとか精霊流しとかしてんじゃねーよ。
もう49日したら霊とかいないんじゃねーのかよ(ワラ
こいつらは仏教徒の皮をかぶってるが儒教臭い。

167 :考える名無しさん:2016/12/16(金) 07:33:15.72 0
> 最近の仏教はチャラチャラしすぎなんだよなぁ。

最近というかかなり前からチャラチャラしすぎだと思う。
仏陀が入滅してからまもなくチャラチャラしはじめたんだろう。

168 :考える名無しさん:2016/12/16(金) 11:48:26.53 0
 _胎蔵界曼荼羅____東___________最
| __________ __________ 外
||  |______文殊菩薩_文殊院_|  |院
||  |_釈迦院__釈迦如来_____|  || 
||  |  |   遍智院   |  |  ||
||  |  |____△____|  |  ||
||地 |  |弥勒  宝幢 普賢|  |除 ||
||蔵 |蓮華|         |金剛|蓋 ||
北 院 |部院| 天鼓 大 開敷 |手院|障  南
||  |  | 雷音 日 華王 |  |院 ||
||  |  中 台 八 葉 院 |  |  ||
||  |  |観音_無量寿_文殊|  |  ||
||  |  |  持 明 院  |  |  ||
||  |__|_________|__|  ||
||  |______虚空蔵院_____|  ||
||__|______蘇悉地院_____|__||
|___________ ___________|
            西
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a2/Taizokai.jpg

169 :考える名無しさん:2016/12/16(金) 11:54:23.23 0
 _金剛界曼荼羅____西___________   
| ____________________文様帯 
||      |       |      || 
||      |   大日  |      ||
||      |   如来  |      || 
||四印会___一印会_____|理趣会___|| 
||      |  阿弥陀  |      || 
||      |       |      || 
南|      |宝生 大 不空|      |北 
||      |   日 成就|      || 
||      |       |      || 
||供養会___成身会_阿しゅく|降三世会__|| 
||      |       |      || 
||      |       |      || 
||      |       |降三世   || 
||微細会___三昧耶会____|三昧耶会__|| 
|_______________________| 
            東                  
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b4/Kongokai.jpg

170 :考える名無しさん:2016/12/16(金) 12:06:52.76 0
お布施というのはお寺にお金を収めるものではなく
利他的に貢献することを指すんですよね
今の日本ではお坊さんに収めれば巡って世間の為になりますよ
ってこじつけられられてるだけで

171 :考える名無しさん:2016/12/16(金) 12:25:16.57 0
名前:
E-mail:
内容:
両界曼荼羅は本来以下(奉懸図)のように向かい合わせに掲げる。
         __本尊壇__
        |       |
        |   本   | 
        |   尊   |       
十       |_______|        十
二/|       _____        |\二
天\|      |     |       |/天
屏/|金     |  壇  |     胎 |\屏    
風\|剛     |_____|     蔵 |/風
   界       ___      (界)
   曼      | 阿 |      曼 
   荼      | 闍 |      荼
   羅      |_梨_|      羅
>>169                   >>168
 
『空海 至宝と人生 第3集 曼荼羅の宇宙』 - NHKエンタープライズ(DVDレンタルあり)が詳しい。
阿闍梨とは法を教授する師匠や僧侶のこと
灌頂(かんじょう)とは、主に密教で行う、頭頂に水を灌いで諸仏や曼荼羅と縁を結び、
正しくは種々の戒律や資格を授けて正統な継承者とするための儀式のことをいう。 灌頂には数種類ある。

172 :考える名無しさん:2016/12/16(金) 13:08:39.97 0
>>170
人々に広く利他的に貢献することが重視されるのは大乗以降だろう。
初期仏教では、在家信者は出家者の生活の援助をするのが
何よりの徳目だと考えられていたのでは。

173 :考える名無しさん:2016/12/16(金) 13:20:11.17 0
>>172
在家に向けた説法は原始仏教から外れるのでは?

174 :考える名無しさん:2016/12/16(金) 22:31:08.30 O
自然主義、物理主義、経験論の過ち
経験において別々の物に対して、
それは同じ物でも全く同じ色でもないのに、
それが赤なら赤だと人はわかる
見たことのない物も判断つく
個々の局所的な経験しか人は知らない、知識を組み立てられない
経験からしか人は知識を得られない、知識を持てないなら
そんなことは有り得ない
純粋な局所的な経験論、唯名論は成り立たない

局所的な経験越えた認識がなく普遍が単なる取り決めなら
赤に対しても広い幅の人間が共通で認識できる、そんなことはありえない
共通な認識ができる時点で局所的な経験論、唯名論は間違い

175 :考える名無しさん:2016/12/16(金) 22:39:18.71 O
しかし、赤が赤だと局所的な経験越えた普遍がある、
唯名論のタブララサじゃない生得観念がある
そう主張する実在論も答えに全くなっていない
ある物と別なある物についてそれが赤だと言う意外にも
無数な別な解釈が成立し、その中で薔薇と郵便ポストは赤だと答える
何故赤と答えねばならないかは実在論では全く答えられない
個々の経験、個々のであるからは答えられないべき、
経験論では答えられないであるでは答えられないべきについては
唯名論も実在論も共に答えられない

カントも仏教哲学も経験論の枠内でべきについて
であるから説明しようとするからその点で明らかに間違い、限界がある

生の全体の中で局所的な経験越えたこうであるべき、べきは語れない
赤と答えねばならない、
そう答えねばならないべきは経験論からは語れない
生の全体の中で役に立ち赤と答えた方が倫理的だ
そういう経験越えた生の全体の中での非局所なこうであらねばならない、
べきだなしには答えられない
カントも仏教哲学も経験論の枠内で答えられない

176 :考える名無しさん:2016/12/17(土) 22:26:36.71 O
タブララサで白紙の何もないところから体験して経験が刻印され
知識が蓄積して形成されるとかありえない
ただの孤立した体験同士、何かと何かを関係づける物がないと
何かを知ることなどそもそもできない
経験を越えた物がない限り経験を関係づけ意味を与えることなどできない
生の全体の中で世界をどうしたい、どう変えたいとの繋がりの中にしか
何かを知ることは存在しない
タブララサで直接体験したものしか認識できないというなら
見たことないものもについてそれが赤だとはじめからわかることもないし
経験からは無限を尽くせないから論理や数学を認識することもない
直接体験したものを越えて、さまざまなまだ体験したことのないものも
含めて知識できる認識しているからこそ、
あるものとあるものがどういう関係なのか
個々の経験では説明できないものについて、
関係づける能力を人は持っているからこそ、人は認識できる

177 :考える名無しさん:2016/12/17(土) 22:35:00.71 O
別に仏教は不十分で不満足だけど現代哲学だって負けず劣らず
不十分で不満足なんだから
仏教の至らない点を含めて叩き台にして
考察していけばいいだけなんだけどな

そういうの無視して変に護教的にあるいは変な物持ち出して
権威づけて不様にスレを荒らしたりしなければいいのに

178 :考える名無しさん:2016/12/18(日) 10:37:34.75 0
《「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。
これは永遠の真理である。(五)*」

 これは個人と個人との間で生かされる道理であるばかりでなく、国際的にも意味をもっている発言です。
 ここで思い出すのは、第二次世界大戦のあとで講和条約が締結され、世界の諸国はわが国に賠償を要求したのですが、
その時にスリランカ国は、サンフランシスコ条約には参加しましたが、賠償権を放棄しました。その時の声明の中に、
この法句経のことばを引いているのです。
 なぜか。その時、スリランカの政府首脳たちは、仏典のこの文句をひいて言いました。「戦いは終わったのだ。もはや
怨みに報いるに怨みを以てすることをやめよう。この精神でセイロン(スリランカの旧国名)は世界の平和に貢献したい」と。》
中村元『原始仏典』
*ダンマパダ法句経より

新田章『ヨーロッパの仏陀』233頁によれば、同箇所をニーチェは以下の書からの孫引きで『反キリスト者』に引用している。

オルデンベルク『仏陀』(書肆心水)原著1881年刊行
http://www.shoshi-shinsui.com/book-buddha.htm

参考:
Amazon.co.jp: 法句経 電子書籍: 荻原 雲来
https://www.amazon.co.jp/dp/B009MAANEW

世の中に怨は怨にて息むべきやう無し 。無怨にて息む 、此の法易はることなし 。

敵意そのものの消滅を平和の条件としたカントの永遠平和論を想起させる。

《平和とは一切の敵意が終わることで、…》

179 :考える名無しさん:2016/12/18(日) 10:54:05.83 0
参考:
The Japanese Peace Treaty - J.R. Jayewardene (1951 Sep 01)
https://youtu.be/e0FTwGA9H0E

日本を救ったブッダの教え「憎しみは、愛によって消える」(にしゃんた) - 個人 - Yahoo!ニュース
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nishantha/20140905-00038868/

再びサンフランシコ講和会議に話を戻したい。9月6日は、会議においてJ.R.ジャヤワルダナ、スリランカ代表
がまさに演説を行った日である。スリランカ代表は、自ら対日賠償請求権を放棄し、諸外国にも同じようにするよう
訴えた。同時に旧ソ連から提案されていた日本分断案に真っ向から反対し、今の国の形を守ったまま日本に返す必要
があると強く求めた。

この演説で最も評価されている部分が何かというと、それは、ブッダの言葉であるダッマパーダ(法句経)5を用
いた「Hatred ceases not by hatred but by love (人はただ愛によってのみ憎しみを越えられる。人は憎しみによって
は憎しみを越えられない)という部分である。さらにジャヤワルダナ代表は、この思いはアジア共通文化として今も
なお存在していると強調したことも忘れてはならない。

演説に対して吉田茂首相は深く感銘し涙したと伝えられている。大日本帝国憲法下の日本の最後の総理大臣となり、
戦後直後からの安定的な政権の元に諸外国と共に日本の復興に尽力した吉田茂と後にスリランカの初代大統領とな
ったJ.R.ジャヤワルダナの絶大なる友好および信頼関係はやり取りされた手紙からもうかがわれる。

180 :考える名無しさん:2016/12/18(日) 12:17:17.00 O
>>178-179
哲学について語れよ

181 :考える名無しさん:2016/12/18(日) 16:49:31.62 0
追記:

《「敵意によって敵意はやまず、友愛によって敵意はやむ」これが、仏陀がまっさきに
教えることだがこう語っているのは道徳ではなく、生理学である。》(ニーチェ『この人
を見よ』「なぜわたしはこんなに賢明なのか」#6より。『反キリスト者』#20では『法句
経』#5からの引用の後段が略されていた。)

この、「倫理」でも「永遠の教え」でもなく、「生理学」という認識がニーチェをカントより
もスピノザ、フロイトに近づける…

参考:
http://37073327.at.webry.info/201512/article_2.html

182 :考える名無しさん:2016/12/19(月) 00:31:44.97 0
オルデンベルクはまだ読んでなかった

183 :考える名無しさん:2016/12/19(月) 12:17:09.96 0
>>181
下らんわ。コピペしてるけど
その文の根幹すら理解してないだろ
その文の基本は友愛にある
質問だ友愛とはなんだ

184 :考える名無しさん:2016/12/19(月) 12:21:59.48 0
>>167
正解だよ。ブッタは高い確率で毒殺されてるからね

185 :考える名無しさん:2016/12/19(月) 13:49:52.62 0
犯人はスジャータ

186 :考える名無しさん:2016/12/24(土) 07:16:06.31 0
二双四重(にそうしじゅう)
親鸞の立てた教相判釈 (きょうそうはんじゃく) の名。釈尊が一生涯に説法し
たすべての教説を聖道門と浄土門とに分け,前者を竪 (じゅ) ,後者を横 (おう)
として,そのそれぞれに,段階を経て悟りに達する漸教を意味する出 (しゅつ) と,
ただちに悟りに達する頓教である超 (ちょう) とを配したもの (→頓教・漸教 ) 。

                 漸、竪出
    聖道門、難行道、自力、竪{    }
                 頓、竪超
二双{                   }四重
                 漸、横出
    浄土門、易行道、他力、横{    }
                 頓、横超
http://www.fobenyuan.com/club/home.php?mod=space&uid=32&do=blog&id=45
http://blog.wikidharma.org/blogs/blog/2010/03/07/%E4%BA%8C%E5%8F%8C%E5%9B%9B%E9%87%8D%E3%81%AE%E6%95%99%E5%88%A4/


\菩提心   竪        横        ←二双
教\    自力       他力
           I
      竪出   I   横出
出   漸教\聖道門 I 漸教\浄土門
−−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−−−− ←四重
      竪超   I   横超
超   頓教\聖道門 I 頓教\浄土門
     (空海)  I  (親鸞)

187 :考える名無しさん:2016/12/24(土) 07:16:21.80 0
竪超 (しゅちょう) とは、厳しい修行をして一気に悟ろうとすること。
横超(おうちょう)とは、阿弥陀仏の本願の力によって迷いの世界を 跳び越えて、
浄土に往生すること。真宗の説く、他力浄土門の中の絶対他力の教えをいう。

《教相判釈とは、自らの仏教思想を、仏教総体の思想体系のなかに明確に位置づけるという作業》
(青木孝平『「他者」の倫理学』198頁)

《親鸞の主著である『教行信証』を読むと、それがインドと中国のあらゆる浄土系のいいところというか、
エッセンスを全部収録して集めてあります。そして、それに対して自分の考え方を述べています。ですから
自分が浄土宗の最後の人だという自覚があったのだと思います。》(吉本隆明『今に生きる親鸞』)

188 :考える名無しさん:2016/12/24(土) 21:45:23.22 O
教相判釈と言えば日本で言えば空海でしょう
空海は思想哲学的に巨人なわけです
先ずもって今までの思想、儒教、道教、更には既存の仏教をその限界点を指摘しながら、その限界を超えるものとして位置付ける
それが正しい正しくないが問題ではなく、そういうことをしよう、単なる海外の権威にすがる輸入してことたれりとするのではなく、
海外の権威とされた思想自体を自分の思想のための踏み台にして自分の方が主体的になって新たな思想を構築する
そんな当たり前の発想をはじめたのが空海なわけで
これが天才じゃなくて何でしょうか

189 :考える名無しさん:2016/12/24(土) 21:53:29.24 O
思想の先進地域中国に行く、そしてその中国の中で単なる中国人の弟子ではなく全ての正統を引き継げる、
思想的に世界の最先端に立てる、そういう密教の相承に狙いをつけて軽く実現し、自分の思想が世界の仏教の、思想の最先端なんだと宣言する
それが正しい正しくないではなくそんなことをしようと考えたこと自体が時代を超越している

書を見れば空海の書はこれもまた時代を超越している、多くの伝説に残る治水の話など技術者としても
すごいわけで掛け値のない天才なことを否定できる人間はいないでしょう

190 :考える名無しさん:2016/12/24(土) 22:22:13.89 O
その自分の思想は世界の最先端宣言
主著が十住心論
そのダイジェストが秘蔵宝鑰

空海は何故顕教より密教の方が凄いと説くのか
弁顕密二教論に曰く顕教は病気の物に薬を飲ませるための表面的な方便だと言う
空、それは世界の実在性を切り捨てて唯名論に立つ
しかし密教においては世界の多様性実在性はそれ自体肯定され病のものたちのための仮の教えではない世界を病としないでそれ自体祝ぐべき肯定として説かれる

三教指帰においては儒教の世俗的合理性も道教の超俗も所詮はそこどまりと批判される

191 :考える名無しさん:2016/12/24(土) 22:39:24.92 O
その果てに空海が見ていたもの
何の宗教心のない世俗にまみれたものよりは儒教が、儒教の所詮は世俗の中の合理性よりは道教の超俗が、
しかし、その超俗は方法もなく一瞬に過ぎず真の救済などではないし、自分の小さい身を保つことだけで一杯一杯の小乗も語るに足らず小乗は方便に過ぎないと説く法華経も所詮は頭で考えたものに過ぎない
小乗は囚われていると説く形で大乗は囚われていないと差別する形で囚われているだけだから
中や空や仮を持ち出して囚われてから脱却しようという天台もまた囚われているからこそ出て来る思想に過ぎない

192 :考える名無しさん:2016/12/24(土) 23:21:54.43 O
しかし、秘蔵宝鑰は途中で変なことを論じる
仏教はただめしぐらいじゃないか
特に仏教に対して中国で批判された議論だが
仏教は非生産的である
出家であり世俗を断つわけだから当たり前だが仏教が栄えればそれだけ非生産的な物が増えて国が滅ぶ衰える
空海は言う
仏教だって有益だ、儒教に従い国家を治める奴等が多額の俸録を得るのなら坊主や僧侶が少しばかし報酬得たってたかが知れている
仏教の方が官吏などより国家の為に役に立つ
官吏雇うより僧侶を育成した方が効果はでかい

この話を聞くと思い出す
金剛般若経
ガンジス川の砂の数だけ宝を満たし寄進すれば功徳はでかい
でもそれより遥かに功徳のでかいものがある
このお経の一節を口ずさんだ方がガンジス川の砂の数の世界を寄進で満たすよりも遥かに功徳は大きいと

空海は俗物だった
思想を哲学を出世の為の効率計算と同じ土俵でしか考えられない男だった
思想や宗教や哲学に意味があるなら世俗の効率性を越えたところでそういう計算を否定してかけがえのないものがあると証明することにあるのに
空海においては出世の手段として効率的だから仏教を選んだだけだった
それが密教である、仏教である、宗教である意味はなかった、本質的には。いくらでも置き換えが効いた
語るに落ちる
そしてその俗物に好き放題言わせまくって反論一つしない日本の親鸞も含む仏教界であってゴミと言うしかない

193 :考える名無しさん:2016/12/25(日) 00:19:23.95 O
親鸞も金剛般若経読んでて空海読んでて反論もせずに教相判釈とか片腹痛い
屑でしかない
他力本願もゴミでしかない
空海のおごり高ぶりに自力本願に一言の反論もなしに他力語っても親鸞の全教義も意味はない、なにかたっても虚しい
どうでもいい
道元も日蓮も最澄も同じだが
このことに反論できる奴はいないでしょ

194 :考える名無しさん:2016/12/25(日) 11:02:24.13 O
宗教だったら哲学だったら歯車として部品としてやくたたないと言われるなら
それがどうした、やくたたないからいいんだ
歯車や部品になることが正義じゃない、真理じゃないとやればいいのに
そういう宗教の本質否定した俗人空海が
そうでありながら唯一世界レベルの思想家たろうとした人間だという
お寒い現実
親鸞も経書オタクなんだから金剛般若経も秘蔵宝鑰も読んでるわけで
それに何も言わないで言えないで他力を語る見下げ果てた現実

語るに落ちるとはこのこと

195 :考える名無しさん:2016/12/25(日) 13:08:19.78 0
ニーチェのディオニソスへの賛美…もっともニーチェに呼応し得るのは一遍かも知れない。

遊行寺の踊念仏
https://youtu.be/qUdvaXtOmj0

196 :考える名無しさん:2016/12/25(日) 13:13:59.22 0
 ともはねよかくてもをどれ心ごま弥陀の御法と聞ぞうれしき (「偈頌和歌」)

 …一遍上人は、「そんなつまらないことを言っていないで、お前も一緒に跳ねたらいいじゃない
か、そうすれば、そういう仏教もあるということがわかるだろう。お前は知らないかも知れない けれど、これこそ本当の仏教なのだよ」と言ったというのです。  
 これは、ある意味、それまでの常識的な仏教と、一遍上人の説く新しい仏教との攻防と言え
るでしょう。

 一遍上人の思想は、能にものすごく大きな影響を及ぼしています。能の「実盛」や「遊行柳」、
「誓願寺」といった作品には時宗の聖者が登場するのがその証です。
 また時宗は、歌舞伎とも深く関係しています。かつて、京都の真ん中に位置する四条河原町の
交差点に、「四条道場」という場所がありました。この四条道場の近くには、歌舞伎の創始者とさ
れる出雲阿国が歌舞を行った場があり、歌舞伎の発生と時宗が何らかの関係があることが
推察されます。  
 実はこの四条道場は、もともと金寺という時宗の寺院だったのです。金寺の創建は応長元年
(一三一一)、時宗は演劇的性格をそなえた踊り念仏を特徴としていたこともあって、その寺院で
は歌合や歌会がしばしば催されていました。それが次第に芸能の場としても大きく開かれるよう
になり、四条道場のように多様な演劇を吸引する場としての性格を持つようになっていったので
す。

 時宗が衰退した最大の理由は、江戸時代になって「檀家制度」ができたことでした。
 しかし、今こうして一遍上人の教えを見ていくと、本当の意味で宗教の命を消そうとしているの
は檀家制度にどっぷりと漬かり、布教をまったく考えない今の寺院なのではないかと思えてきま
す。
 仏教の復活、そういう意味においても、もう一度、一遍上人のような人を日本人が本気で考えて
みることが必要なのだと思います。


梅原猛『梅原猛の仏教の授業 法然・親鸞・一遍』PHP研究所、2014年

197 :考える名無しさん:2016/12/28(水) 02:16:44.76 O
仏教の本質は悟った者をいかに出さないかだからな
あるいは悟った者を隠しいかに隔離するか
全修行体系はそれにつきる

198 :考える名無しさん:2016/12/28(水) 16:59:05.94 O
哲学の問題も本質は人間関係や他者との関係だから
自分の中だけの悟りで完結する仏教は、大して役に立たないから
心構えは大事だけど畳の上の水練で本当の問題には届かない
大して問題を解決できないし人の役にも立たない
だから仏教で最高の境地に立っても外には出せないで隠すし
そういう奴はなるべく出さない、作らない
悟ってからの修行が大切とか言うがそもそも悟り自体が役に立たないから
大したことないから
修証一如w

199 :考える名無しさん:2016/12/28(水) 17:09:03.54 O
でもそうやって誤魔化すことこそこそが大切で、
そうやって深遠なことがあるかによそおい努力が傾けられること
そのこと自体で在家さんは世俗以外に大切なこともあるなと救われ、
修行者たちも役には立たない、すぐには結果のでないことにも
絶え間ない研鑽を積めるようになりそのこと自体が一つの成果だね
救いだね

でも仏教のやってることが悟りをもったいつける、修行をもったいつける
なかなか成果をださない、修行をやたらありがたがる
そういうものだとは仏教を普通に見てればわかる

200 :考える名無しさん:2016/12/28(水) 17:17:08.74 0
 六大:識+
空    _    頭上 青
風  _( )_  眉間 黒
火 (     )  胸 赤
水 _\ z /_  臍 白
地(__\_/__)尿道 黄
「真言者、円壇をまず自体に置け」(真言の行者よ、自分自身をマンダラとせよ)
(『密教のすべて』花山勝友75頁、『他者の倫理学』青木孝平146頁参照)
空海「即身成仏義 」http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicats/sokushinnjyoubutsugi.htm
 真言者円壇を まず自体に置け  足より臍に至るまで 大金剛輪を成じ
 此れより心に至るまで 当に水輪を思惟すべし  水輪の上に火輪あり 火輪の上に風輪あり」と。
卒塔婆:表         裏
   /\        /\
  /  \      /  \
 |  空 |    |  〇 | 
 _\  /_    _\  /_
|      |  ||\___ |
|   風  |  ||____||
 \    /    \    /
 /    \    /____\
/   火  \  / \_ _|\
_      _  _   || _
/      \  /  _|| \
|   水  |  | /_ | |
|      |  |||_|| |
\      /  \ \_ | /
_      _  _   || _
|   地  |  |   || |
|      |  |   || |
               ̄ ̄

201 :考える名無しさん:2016/12/28(水) 17:29:12.23 0
私たちがお墓でよく目にする板塔婆は五輪塔に由来している。従って板塔婆の上部には上から宝珠・半月・
三角・円・正方の形が刻まれ、それぞれに、キャ(kha=空)、カ(ha=風)、ラ(ra=火)、
ヴァ(va=水)、ア(a=地)、の梵字が彫られている。
裏面の、ヴァン(vam)は、金剛界大日如来の種字( 一 字 で 諸尊像 を 表現 する 梵字)である。

202 :考える名無しさん:2016/12/28(水) 20:50:28.70 O
>>201
何言ってんだお前?

203 :考える名無しさん:2016/12/28(水) 22:06:05.72 0
親鸞の『歎異抄』は長い間、真宗教団においても布教に用いられなかった。
この本が一般の人に知られるようになったのは、清沢満之(1863-1903)がきっかけらしい。

204 :考える名無しさん:2016/12/28(水) 22:06:28.17 0
“この聖なる教えの書は、わが念仏の一門の大切な聖書であるが、
 前世から善根のない者には、むやみにみせてはいけないのである。”

― 蓮如(『歎異抄』奥書)

205 :考える名無しさん:2016/12/28(水) 22:07:05.68 0
仏教は自力で涅槃に至る「自力救済」が本来だが、
親鸞は自力の計らいを捨て、他力による往生に身を任せる「他力救済」へと反転させた。

この点において、仏教史の特異点であると言える。

206 :考える名無しさん:2016/12/28(水) 22:07:50.27 0
キリスト教や西洋哲学との比較の中で論じられるモダンな親鸞像としては、
梅原や吉本によるものが有名だが、以下の本もいい。

佐藤正英『親鸞入門』

“すべてての存在の<真にして実なる>在りようにかかわる知を<絶対知>とよぶとしよう。
 親鸞にとって根源的で本来的である願望は、己の<真にして実なる>在りように達し、絶対知を体得することである。”

“絶対知を体得したところの<真にして実なる>存在つまり「無上仏」は色も形もない。<自然>である。
 <自然>は、この世の事物や事象に随伴するところのすべての感性的表象の束縛から解き放たれた在りようである。”

“静かに音せぬ道場に/ほとけに華香たてまつり/心を静めてしばらくも/よめばぞほとけは見えたまふ(『梁塵秘抄』)
 (物音ひとつ聞こえない法華三昧堂で釈迦仏に花を献じ香をたき、心を静めて法華経を読誦していると釈迦仏が顕現する)”

207 :考える名無しさん:2016/12/29(木) 01:06:24.10 0
ダライ・ラマ14世が『ダライ・ラマの仏教入門』で六道輪廻図を説明している。
ダライ・ラマは詩的な説明ではなくナーガールジュナ系列のきわめて論理的(=中観帰謬論証派)な説明をしてい
てわかりやすい。
      触______受_____愛
      /      天    /\  
     /           /人 \   
  六処/  阿        /    \取 
   /  修    ____/      \
  /  羅    /    \       \
名色_______/ 蛇 雄鶏 \_______\有 
 \       \    豚 /   畜   /
  \       \____/   生   /
  識\   餓  /    \      /生
    \   鬼/      \    /   
     \  /   地獄   \  /
     行\/__________\/老死
            無明
https://i.imgur.com/Erf4nyz.jpg
最初は無知(無明)があり、
無知によって行為(行)が生じ、
行為によって意識(識)が生じ、
意識によって名称と色彩(名色)が生じ、
名称と色彩によって六つの感覚領域(六処)が生じ、
六つの感覚領域によって接触(触)が生じ、
接触によって感受作用(受)が生じ、
感受作用によって欲求(愛)が生じ、
欲求によって執着(取)が生じ、
執着によって生存と呼ばれる成熟した業(有)が生じ、
生存によって誕生(生)が生じ、
誕生によって老衰と死(老死)が生じる。

むろんこの因果の系列は逆に回ることもある。

208 :考える名無しさん:2016/12/29(木) 04:51:32.85 O
>>206
空海読んで文句もろくに言えなかった親鸞みたいなゴミについて
未だに語るとかお前は馬鹿じゃね?

209 :考える名無しさん:2016/12/29(木) 10:11:52.93 0
無我の境地
https://youtu.be/o5-3AZdM8sw

210 :考える名無しさん:2016/12/29(木) 12:34:51.86 0
>>209
有と無こそ究極の問答やなW

211 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/29(木) 16:04:13.30 0
■仏教はどのように日本人を作ってきたか 仏教による民衆強化の歴史

仏教の力は成仏による清浄である

明治に西洋近代文明が入ってきて、日本人は大きく啓蒙されたということはよく言われる
が、それ以前に仏教により日本人は啓蒙・教化されていた。日本における仏教の大きな役割
は祈祷だった。日本は八百万の神が住むと言われてきたが、それとともに多くの悪霊が住む
国であった。有名なところでは、古代に短期間で遷都が行われたのは、悪霊を避けるためで
あった。そこに国家を上げて大きな労力がさかれた。このために日本には陰陽師など悪霊を
退治する技術が発達した。そして仏教は最先端で最強の技術として取り入れられ、国家管理
の下、多くの仏像、寺院が建てられた。

この仏教の力は、成仏である。輪廻転生という死後の世界へもアクセス可能という画期的な
技術により、悪霊となった死者を成仏させ、退散させる、また自らも死んだときに極楽浄土
へ成仏できるという画期的な技術であった。

212 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/29(木) 16:04:59.92 0
慈悲の清浄による民衆教化

国家管理され、上層部のみが享受してきたこの仏教の技術が、民衆に広く開放されたのは、
戦国時代である。応仁の乱以降、中央の力は解体され、荘園制から自立した農民たちが誕生
する中で、各地にこの仏教の技術は広まった。その大きなものが葬儀の普及だ。それ以前、
死体は穢れたものとされて、川や山に放置されていた。穢れは現代の伝染病のようなもとの
で、人に取り付くと多くの災いをもたらすとされた。現代でも葬式にでた後に体に塩をふる
のはそのためだ。それが、僧侶が国家管理から解放され、民衆のもとに出向き、穢れを清め
て死体を成仏されることを可能にした。自立した農民が先祖という系譜を紡ぎ、家系を作る
中で、僧侶により親を弔い、墓を建てる先祖崇拝は中心的な役割を果たした。

仏教による民衆への影響はこれだけに留まらない。悪霊が住まう世界を次々に成仏されて
いく。今まで、恐ろしくて近づけなかった土地を解放して、人の住める場所にしていく。現
代で言えば宅地開拓のようなものである。それはまた精神面しかりである。古い迷信などを
仏教の教理により解体していく。

その教化の内容が慈悲である。自分だけのためでなく、周りのために、より広くは世の中の
ために役に立つことをする。それにより清められて、悪霊を退散し、自らも成仏できる。日
本人らしい現世利益とつながった仏教の受容の仕方であり、日本人は教化された。

213 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/29(木) 16:05:40.19 0
仏教は金儲けも勤勉さへ清浄する

これを利用したのが、江戸幕府である。檀家制を導入して、国民全員をお寺に紐付けて、戸
籍の役割として管理するとともに、慈悲による民衆教化を進める。士農工商を単なる縦の管
理システムではなく、それぞれが世のために職分を全うする横のシステムとして機能させる。

江戸時代も中期になると、経済も発展して、農民も単なる農業だけでなく、市場経済に参入
していくようになるが、仏教による教化は、勤勉として市場経済を生き抜く技術になってい
く。本来、金儲けは卑しいことされてきた。だから武士は市場の利益に大きく関わらずにき
た。仏教は金儲けも清浄する。金儲けを目的にすることは卑しいことだが、商売とは世の中
のためになるように清い職である。世の中のために勤勉に働き、その結果お金が儲かるだけ
だ。民衆は自らも農業技術をまなび、村単位で規律ある勤勉な活動を進め、市場経済を生き抜く。

この流れは明治を超えて、広まっていく。むしろ明治になると、政府は富国強兵を目指すた
めに、世のためにから国家のためにと、勤勉を推奨する。特に明治政府は最初から財政難に
苦しみ、農民からの地租税を財政の基本として、今まで以上に厳しい税を課した。このため
に多くの一揆が起こるわけだが、その中でも勤勉により自らで儲けていくことを強く推奨する。

214 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/29(木) 16:06:09.60 0
慈悲の勤勉さと資本主義の精神

明治になり、西洋近代化による資本主義経済が導入されて、経済合理性を重視するように、
均質な国民が作られ教化されていく中で、西洋でのプロテスタンティズムの天職概念によ
る勤勉さが経済合理性を隠して資本主義経済を推進したように、慈悲による勤勉は大きな
推進力として働く。

しかし慈悲による勤勉さのすごさは、西洋近代でのプロテスタンティズムの影響が資本主
義経済のテイクオフの初期のみであったと言われるのに対して、経済合理性のためではな
く、世の中のために働くという慈悲による勤勉さは、現在も日本人の仕事の基本として継続
していることだ。

この一つの理由が、日本人が島国という閉鎖環境の中で疑似単一民族として、世間という擬
似的な閉じた世界を維持していることにあるだろう。世の中のために働くということが、世
間としてより具体的に想像できる。大陸の多民族社会では維持できない想像が、みんながそ
れぞれ頑張っているから自分も頑張るという世間が想像され続けている。江戸時代初期は、
世間という慈悲の経済則圏は村、領内だったものが、市場経済の発展とともに地域経済圏へ、
そして明治には国家によるナショナリズム、日本なら国家神道、そして国家経済圏として、
日本国へと広がった。

215 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2016/12/29(木) 16:07:31.24 0
日本人にとっての仏教とは

仏教が祈祷として受容されたその始めから、
日本人は仏教徒なのか、という問題がある。
祈祷は、本来の仏教の主な教義ではないからだ。
そして葬式仏教や、勤勉さしかり。
仏教の本来の教義は、この世界の根源的な苦から解脱する救済である。

たとえば特に日本中世に広まった穢れの思想は、
もともとは仏教の清浄の相対として、広まったと言われる。

仏教の清浄さが認められることで、相対的に穢れにも敏感になる。
そして敏感になった穢れを、仏教が清める。
ある意味で自作自演。
そして日本の神道の基本は清浄にある。
これもまた仏教の相対化として、仏教よりも清らかにということで高められた面がある。

それまで体系的な知の体系を持たない日本人は仏教という巨大な知の体系の津波に
巻き込まれることで、日本人らしさを作ってきた。
それは外来文化である仏教への対抗するようにであるが、
その相対化自身が仏教への巻き込まれた中にある。

216 :考える名無しさん:2016/12/29(木) 22:25:52.28 O
葬式仏教こそあらゆる宗教の本質を突き詰めたものだから
宗教は堕落して役には立たないことこそが本質だから
皮肉を言ってるわけじゃなく本気だから
役に立つ宗教なんて本当に清く美しく正しい宗教なんかあったら
こちらが死にたくなる
答えなんか出されたら人生を誤魔化せなくなるからたまったもんじゃない
人間疎外の究極は役に立つ宗教でそれほど危ないものはない
どうせ人は死ぬんだし、死んだら現世でやってることは意味はない
子供に財産残してもそんなことしても駄目な奴は駄目だし
しっかりやれるかどうかなど親にもどうにもできないことは
はじめからわかってる
駄目な奴は財産残しても駄目だし、やる奴は何もしなくても大丈夫
わかっていて誤魔化してるだけ
事業も愛も思い出も消えるしどうせ相手も遅かれ早かれ死んでまう

人は誤魔化し誤魔化し生きているのであり誤魔化しの究極たる
葬式仏教こそ一つの人類の理想

真っ向から死に立ち向かう、誤魔化しを許さないとか
宗教にとって人類にとって悪夢以外のなにものでもない
人が人であることの本質、誤魔化しができなくなるから
葬式仏教は冗談でも何でもなく理想
宗教家を馬鹿にできなくなったらどれだけ我々の生が荒むか

そのかけがえのなさに比べれば浄めだ穢れだ日本教への影響だ
些末なことにすぎない
どうでもいい

217 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 10:39:25.12 0
『ダライ・ラマ般若心経を語る』では、サルナートで説かれたというサンスクリット語版
のもう一つの長文版般若心経が紹介される

《「──このように聞きました。 昔、あるとき、仏陀は僧侶たちの大きな集団と、大勢の
菩薩らと共に、鷲の頂の山のラジグリハにおられました。 そのとき仏陀は、深淵なる
大悟というべきものへの、深い瞑想に沈んで行かれました。

(内容は少し違うが従来の般若心経が挟まる)

そのとき、仏陀は瞑想から目覚めて立ち上がられ、聖なる観世音にして菩薩に言われました。
よく語ったと。完璧なりと。高いカーストの息子らよ、まさにかくの如しと。
高貴なる息子らよ、まさにかくの如く、深遠なる悟りに到る叡智は実践すべきなりと。
如来ら、阿羅漢らの心も喜びに満ちるであろう。
こう仏陀が言われたとき、祝福されるべきシャリプトラ、聖なる観音菩薩、全世界の神々、
人々、阿修羅ら、乾闥婆*らも大歓喜しました。」

イギリス生まれで、若くして仏教に帰依した宗教家、サンガラクシータ、『般若
心経とは何か』の中で、般若心経は仏陀の叡智を象徴する観音菩薩と智慧で知られたシャ
リプトラとの対話であるとして、次のように書いている。
〈何よりも異常で意味深長なのは、短い方の般若心経の中では、シャリプトラが一言も発し
ないことである。文脈から言えば、知的な発言があるべきだ。この沈黙に解く鍵がある
ようだ。要するに、智慧は死に、悟りに到る完全なる叡智が生まれた、ということである〉  
知性のレベルでの智慧を象徴するシャリプトラは沈黙し、超越的な智慧のシンボルである
観音菩薩のみが語る。シャリプトラの沈黙にも重大な秘密があるとサンガラクシータは
考えている。》

*乾闥婆 ガンダルヴァGandharvaの音訳。インドの神々の宮廷で、その妻である
ウプサラとともに、踊りや音楽で神々を楽しませる半神。神々の飲み物、ソーマの守護
にもあたる。

218 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 12:28:23.28 O
>>217
で?
ほのめかしばかりじゃなく哲学を語れよ
プッ

219 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 21:36:16.27 O
日本の仏教で唯一世界水準の思想を自分の物にして最先端に立つことを狙った意識した目標にした空海が
仏教のぶの字もわからない俗物だったことをこのスレの住民はどう思ってるの?

宗教や哲学に意味があるなら世間の世俗の合理性、有効性を越えたところに、
権力の歯車になることを部品になることを抜け出た地点のかけがえのなさを示すところにあると思うんだけど
空海が目指したものは世俗の権力の歯車として有効な部品として自分の価値を高めること売り込むことだけにあったわけで
仏教も密教もその為の手段でしかなかった
宗教や哲学の本質とはかけ離れた宗教のあるべき境地とは限りなく遠い掛け値なしの俗物だったわけだけど

そんな空海が日本の仏教の最高峰なのをどう思うの?
そんなゴミがそれでも思想的にはトップに君臨しているのをどう思うの?

220 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 21:47:06.86 O
世俗の価値とか、歯車となることとか、超越したところに宗教の意味があると思うけど
主著の秘蔵宝鑰で仏教を世俗の部品として有効だ世俗の官吏と同じレベルで役に立つ価値があると論じた俗物だよね空海は
高級官僚が予算の査定をする感覚で宗教を位置付けていた
金剛般若経の示す宗教の本質とは限りなく遠い掛け値なしの俗物だった
どう思う?
世俗の部品となること、それで解決できないものがある、それで済まないからこそ宗教や哲学があると思うんだけど空海は全くそんな意識ないよね
どう思う?

221 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 23:30:07.15 0
哲学なんてそんな大したものだろうか?

222 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 23:30:35.53 0
かつての哲学は万学の女王であったのに、
「神はいらない」、「宗教はダメ」といって自らを狭め、
森羅万象を扱うものではなくなってしまった。

223 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 23:31:02.86 0
いつまでリンゴや郵便箱の話をしているのか?

224 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 23:34:13.80 0
空海「十住心論」の十段階 (1)

1.異生羝羊心 - 煩悩にまみれた心
2.愚童持斎心 - 道徳の目覚め・儒教的境地
3.嬰童無畏心 - 超俗志向・インド哲学、老荘思想の境地
4.唯蘊無我心 - 小乗仏教のうち声聞の境地
5.抜業因種心 - 小乗仏教のうち縁覚の境地
6.他縁大乗心 - 大乗仏教のうち唯識・法相宗の境地
7.覚心不生心 - 大乗仏教のうち中観・三論宗の境地
8.一道無為心(如実知自心・空性無境心) - 大乗仏教のうち天台宗の境地
9.極無自性心 - 大乗仏教のうち華厳宗の境地
10.秘密荘厳心 - 真言密教の境地

225 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 23:34:51.32 0
空海「十住心論」の十段階 (2)

・第一住心=異生羝羊心−倫理以前の世界
無知な者は迷って、わが迷いをさとってない。雄羊のように、ただ性と食とのことを思つづけているだけである

・第二住心=愚童持斎心−倫理的世界
他の縁によってたちまちに節食を思う。他の者に与える心が芽ばえるのは、穀物が播かれて発芽するようなものである。

・第三住心=嬰童無畏心−宗教心の目ざめ
天上の世界に生まれてしばらく復活することができる。それは幼な児や子牛が母にしたがうようなもので、一時の安らぎにすぎない。

・第四住心=唯蘊無我心−無我を知る
ただ物のみが実在することを知って固体存在の実在を否定する。教えを聞いてさとる者の説はすべてこのようなものである。

・第五住心=抜業因種心−おのれの無知を除く
一切は因縁よりなることを体得して無知をとりのぞく。このようにして迷いの世界を除いて、ただひとり、さとりの世界を得る。

・第六住心=他縁大乗心−人びとの苦悩を救う
一切衆生に対して計らいなき愛の心を起すことによって、大いなる慈愛がはじめて生ずる。すべての物を幻影と観じて、ただ心のはたらきのみが実存であるとする。

・第七住心=覚心不生心−一切は空である
あらゆる現象の実在を否定することによって、実在に対する迷妄を断ち切り、ひたすら空を観ずれば、心は静まって何らの相なく安楽である。

・第八住心=一道無為心−すべてが真実である
現象はわけへだてなく清浄であって、認識における主観も客観もともに合一している。そのような心の本性を知るものを称して、仏(大日如来)というのである。

・第九住心=極無自性心−対立を超える
水にはそれ自体の定まった性はない。風にあって波が立つだけである。さとりの世界はこの段階が究極ではないという戒めによって、さらに進む。

・第十住心=秘密荘厳心−無限の展開
密教以外の一般仏教は塵を払うだけで、真言密教は庫の扉を開く。そこで庫の中の宝はたちまちに現われて、あらゆる価値が実現されるのである。

226 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 23:37:57.80 0
行基とか忍性みたいな救貧活動、事業をやっていた僧侶も居たわけだしなあ。

227 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 23:50:06.87 O
>>226
> 世俗の価値とか、歯車となることとか、超越したところに宗教の意味があると思うけど
> 主著の秘蔵宝鑰で仏教を世俗の部品として有効だ世俗の官吏と同じレベルで役に立つ価値があると論じた俗物だよね空海は
> 高級官僚が予算の査定をする感覚で宗教を位置付けていた
> 金剛般若経の示す宗教の本質とは限りなく遠い掛け値なしの俗物だった
> どう思う?
> 世俗の部品となること、それで解決できないものがある、それで済まないからこそ宗教や哲学があると思うんだけど空海は全くそんな意識ないよね
> どう思う?

228 :考える名無しさん:2016/12/30(金) 23:50:34.06 O
>>225
> 世俗の価値とか、歯車となることとか、超越したところに宗教の意味があると思うけど
> 主著の秘蔵宝鑰で仏教を世俗の部品として有効だ世俗の官吏と同じレベルで役に立つ価値があると論じた俗物だよね空海は
> 高級官僚が予算の査定をする感覚で宗教を位置付けていた
> 金剛般若経の示す宗教の本質とは限りなく遠い掛け値なしの俗物だった
> どう思う?
> 世俗の部品となること、それで解決できないものがある、それで済まないからこそ宗教や哲学があると思うんだけど空海は全くそんな意識ないよね
> どう思う?

229 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 07:55:10.62 O
宗教を哲学を本質を何もわかっていない俗物空海が
思想的には最高峰だった言いたい放題言わせてきた
崇め奉ってきた日本の仏教をどう思うの?
全く何も反論できない日本の仏教界の悲惨な現実をどう思っているの?


仏教なんか口では偉そうに世俗否定し、
自分たちはいかに凄いかを語りながら、
自分では何も生産的なことはしない空虚な存在で
権力者におもねり、世俗にたかり寄生して生きてくしかない
さんざ否定したものに裏から取り入りおだてたかり喰わせてもらうから成り立つ
それが誕生の時からの仏教の本質で偽善的なことこのうえない存在だけど
そういうことははじめからわかってたけど
せめてもう少しうまく隠すべきだろ、取り繕うべきだろ
空海はひどすぎるだろ

230 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 09:06:53.98 0
>>229
> 宗教を哲学を本質を何もわかっていない俗物空海が
逆に、宗教と哲学の本質をわかっていて俗でない人とはどういう人のことか?

> 日本の仏教
そんなものはどうでもいいと言っているだろ。

231 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 11:13:14.01 O
>>230
恥ずかしい
金剛般若経ぐらい読めよこの屑

232 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 11:41:20.99 O
>>230
何でこの馬鹿逆ギレしてんの?
空海みたいな俗物が仏教哲学の最高峰に君臨してきた事実、
日本仏教界の恥ずべき事実がどうでもいいわけないだろ?
誰もまともに反論しなかったできなかった同類の俗物しかいないわけだろ?
最澄も道元も法然も親鸞も日蓮も一遍も俗物だろ
宗教の本質がわからないゴミしかいなかったわけだろ
世俗におもねり権力に跪拝する屑しかいなかったわけだろ?
そいつらを崇め奉ってきたわけだろ?
金剛般若経の子供がただ一言お経を唱えればあらゆることより功徳がある
当たり前の宗教の本質わかっている奴が日本には一人もいなかっただけだろ


そんな日本の仏教徒が仏教哲学について何を語ったところで
片腹痛いだけだろ
何の説得力もないだろ?
何むくれてんの?

233 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 11:55:39.90 O
だけど空海は面白いよな
ここまで宗教とは無縁の人間なのに、宗教とは何かわかっていないで
受験秀才の頂点的立場で立身出世の為に勉強して宗教を利用して
騙くらかしてその頂点に居座りつづけて未だにそれをやりおおせてるとか
人間的には面白くて大好きだな
空海の著作を読むとその気宇壮大さ、整然とした体系性、熱意、度量、
感動して危うく騙されそうになるもん

世界史にも例がないだろ?
ここまでの大秀才は他にいない
全く宗教を理解できなくて天才とはかけ離れているんだけど、
普通は秀才は天才にどんなに努力しても敵わないんだけど、
一人空海のみがあらゆる宗教的天才を凌駕した地位を
占めつづけている
騙しおおせている

234 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 13:09:34.43 0
そもそも空海以前に仏教って何ってのが日本人では?
君は周りが見えてないよ

235 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 13:29:29.92 0
当時の、仏教は私的な個人の救済ではなく国家鎮護を目的としてたのだから
そういう風になるのは当然
法然や親鸞がでてきて初めて仏教が国政の枠組みから離れることになる
そもそも密教ってのは、インド、支那を経て既に完成されてたんだから
空海オリジナルのものじゃない
騙すと言うなら全ての宗教には合理性が認められない訳で騙していることになるな

236 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 13:40:48.45 O
馬鹿なの?
宗教としてゴミな空海を崇め奉り続けた歴史を恥ずかしく思わないの?
そんな日本の仏教を語って何の意味があるの?

237 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 13:42:57.89 0
そうやって日本人が作られてきたんだからしょうがない
君がどんなに親を嫌っても君の生まれは変わらないんだよ

238 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 13:54:03.10 O
>>235
>全ての宗教は騙す
せめてもう少しうまく騙せみっとも無さすぎって話だろ
馬鹿なのか?
宗教は誤魔化してなんぼ騙してなんぼだとは上でさんざん書いてるだろ
人間の本質は誤魔化してなんぼ、宗教の本質もまたしかり
本当に正しい答えに向かい合うなんかは許されない
にしたって国家の奴隷下僕の仏教って何のありがたみもないやん
正しい宗教、本当に清く美しく正しい宗教なんかこの世の地獄で
あってはならないけど権力の世俗のただのけつもちなら
それは宗教なんかじゃないだろ
何の価値もないだろ
空海にとっての仏教はそういう誤魔化しさえできない
世間の歯車に部品となることじゃないか
役人の立身出世と全く差がない
宗教ではない

239 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 13:59:51.90 O
>>237
だから日本人を否定しているんじゃなく日本の仏教のしようもなさを
少しは日本人のために直そうって話だろ

日本仏教の片腹痛い現実が少しは変われば日本人にとってもいいだろ


こんな酷い恥ずかしい日本仏教が何か哲学を語るとか
おかしい理屈に合わないと事実を言ってるだけで

240 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:00:46.35 0
>>231
それぐらい誰でも読むだろ。
それがどうした?

241 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:02:41.56 O
空海みたいな俗物が仏教の最高峰にいたのは恥ずかしいだろ
それに何も言えない日本仏教はゴミじゃないの?

242 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:04:17.24 O
>>240
なら空海がゴミなのは認めるよな
金剛般若経にも書いてある宗教の理を全く理解していない俗人

243 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:09:44.20 O
空海みたいな俗物とそれに反論できない日本の仏教がゴミで
それらを崇めて何の疑問も思わないお前らが馬鹿だってこと、
このスレにはゴミしかいないって話をしたいだけだが

244 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:18:24.75 0
だから日本人は仏教を崇めていないんだがw
誰に対して怒ってるんだ?
ひょっとして今頃気づいた自分のマヌケさに怒りが湧いて他のみんなも騙されてた思ってるの?

245 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:21:49.87 0
青木孝平『他者の倫理学』によれば、以上の関係は次のように整理できる。

独我論(自力)                →      他者論(他力)
釈迦・小乗・唯識・最澄・空海(聖道門仏教)  →    法然〜親鸞(浄土門仏教)
フッサール現象学・サルトル・メルロポンティ  →    レヴィナス 
ヘーゲル弁証法・マルクス唯物史観       →    宇野弘蔵の純粋資本主義の外部

246 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:25:04.53 O
釈迦だってサーリプッタだって龍樹だって空海よりあくどいみっともないことしてきた
権力者の足を舐めお追従をし取り入ってきたに決まってて
そうじゃなければ仏教なんか一日たりとて存続するわけがない
でもそれでもそれだけではないことを
彼らの教説は私たちに残してくれてるからそれでいいけど
空海はそれすらないだろ

そこは非難しないと叩かないと仕方がない

247 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:26:50.94 O
>>244
詭弁だな
笑かす

248 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:30:23.70 O
>>244
なら日本仏教を馬鹿にしたからって気にすることないだろ?
元々日本仏教はゴミなんだろ
いちいち突っかかる必要はないじゃん
誰も崇めてないなら
馬鹿なの?死ぬの?

249 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:31:05.67 0
>>247
いやいや(笑
自分への怒りを添加して八つ当たりするなと

250 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:34:32.13 O
>>249
元々仏教とか価値がないんだろ
なら気にすることないじゃん
死ねば

にしたって日本人にとって宗教と言えば仏教だったし重要視されてたろ

251 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:36:57.49 0
哲学にも価値ないけどね

252 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:39:59.17 O
>>251
なら気にすることないじゃん
出てけば?
それはその通りだし
気にすることないよね
出てけば?

253 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:47:39.92 0
>>252
それんらおまえが出ていかないとおかしいだろ
仏教なんか気にするな

254 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:51:59.19 O
釈迦や龍樹だって悪どいことしてきたから仏教は存続したわけで
日本仏教だけではなくあらゆる仏教が宗教が哲学が
その本質は誤魔化しにあるわけだけど
ただ騙すならもう少しうまく騙す必要はあるよな
空海は


せめて高級官僚目線で予算の査定のように宗教を語って欲しくない
そんな損得勘定じゃ語れない切り捨てられる物を救うために
宗教や哲学は必要なんだから
その部分は仏教が崇められる、
崇められないに関わらず語っていかないといけない
宗教は哲学は歯車に油をさすことではないことは理解されるべき
それが仏教を哲学的に語ることだろ

255 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:54:01.77 0
>>254
影響されやすいんだね

256 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 14:58:30.32 O
>>253
具体的にどう下らないか、どうしょうもないか、事実の指摘しているのが
楽しいだけだろ
何も言えない奴は引っ込んでろよ
口をつぐめよ
何も言えない奴がどうでもいいことに口を挟むなよ
お前は秘蔵宝鑰や金剛般若経や宗教の誤魔化しの本質について
何か語れるのか?
仏教の自己矛盾、世俗を否定しつつ
世俗にたかり寄生しなければ一日たりとも存続できない
恥ずべき真相について何を語れるんだ?

257 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:02:21.29 0
作曲家がクソでも、そいつが作った歌で救われる人もいるわけだよ

仏教もそういうことだ

浅いんだよ、おまえの思考は

258 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:05:26.81 0
>>256
仏教のサンガ、出家システムに不備があることを指摘したいのかな?
施しを受けないと存続できないから不徳だと言いたいってこと?

259 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:09:16.85 O
下らない、どうでもいいものであっても、その中でどう誤魔化すべきか
いくら悪どいことをするにしてもせめてどう取り繕うべきかってのはある
空海は誤魔化しになってない、取り繕いになってない、誤魔化してない、
そのまますぎるんだよ
もろすぎるんだよ
本音が駄々漏れ
空海もそれに何も言えない日本の仏教ももう少し
演技のやり方を考えろと言いたい

260 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:11:30.53 0
>>259
ではあなたの考えるマシな演技とはどの様なものなのでしょうか?

261 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:12:19.27 O
>>257
だから誤魔化し方をうまくやれって話だろ

しょうもないものに騙されて救われるためにももってとうまくやれと
お前の言いたいことを実現するために語ってるのに
疲れるな

262 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:15:19.57 O
>>258
そんなことは全く言ってないだろ
偽善をやるにもやりとおせと
仏教が世俗の鎖から自由だと嘘を突き通さなくちゃいけないのに
空海は世俗の鎖が仏教なんだと人をどん底に落とすからやめてくれという話で

263 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:18:42.16 0
>>261
うまくやったから、これだけ流行ってんだよ

264 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:20:41.02 O
>>260
せめて金剛般若経で言ってる仏教の初歩レベルに立ち返って
世俗の価値などとは関係ないところで仏教は価値があると
言うべきだったよね

仏教の初歩さえ空海が理解していないのが問題
宗教わかっていないのに宗教家のふりしてることが

そういう初歩さえ押さえれば
後は嵯峨天皇とかの尻をいくら舐めてもフェラしてもいいから

265 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:24:19.10 O
>>263
お前、空海みたいなビッグネームが仏教は世俗の鎖のよい鎖と言ってて
悲しくならないか?
仏教自体の価値が自分を苦しめる世俗の権力と同じだと
空海が言ってるのに耐えられるか、許せるか?
そんな仏教好きか?それでいいのか

266 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:28:56.00 0
仏教の初歩って、↓が仏教の本質なんでしょ

>さんざ否定したものに裏から取り入りおだてたかり喰わせてもらうから成り立つ
>それが誕生の時からの仏教の本質で偽善的なことこのうえない存在だけど
>そういうことははじめからわかってたけど

空海はよく分かってたわけじゃん

267 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:35:21.62 0
結局あれだ、空海の人気に嫉妬してるだけなんだろ、おまえは

268 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:46:16.65 O
だから、面倒くさいな
仏教は世俗を否定しながら世俗にたかる偽善的な宗教で
それは世俗に仕えながらそこでは救われきれない
人間の本質そのものでもあり、だからこそ偽善を突き通して欲しい、
そうじゃなくちゃ仏教じゃないわけだし人も救えるわけがない
空海は偽善を突き通してないわけで
世俗の鎖の一つと仏教を言ってしまい偽善を貫き通していない
醜い本質を隠し通していない、もっとうまく騙せ
気持ちよく嘘を突き通せと言ってるだけだよ
もっと空海がうまく騙してくれればもっと空海は愛される
権力なんかよりかけがえのないものがあると嘘を突き通せば
もっと空海の人気は上がり人は救われるという話だろ
ちゃんと人の話を理解しろ
偽善ができなくて真相ぶっちゃけすぎなんだよ
空海は
嘘をつけてないから演技を練り直せと言ってるわけで

269 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:50:08.53 O
仏教は偽善的足らねばならず空海は嘘が下手くそだから
もっとましな嘘のつきかたしてくれと
もっとうまく騙して人を救ってくれという話で
主著の秘蔵宝鑰で世俗なんかどうでもいいと言い切れてないのは
空海の日本仏教の欠陥なのは事実でこの事実を受け止めないで
仏教を語っても仕方ないだろ

270 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:51:24.18 0
>>268
偽善を突き通さないことで信頼を得たのなら高等戦術
やるじゃん空海

271 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:54:30.23 0
>>269
おまえさ、トランプがどうしてあれだけ進撃できたか分かってるか?
偽善を突き通さないで、本音で勝負したからだよ

272 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:55:54.10 O
>>266
その事をやりつつ隠しおおせること偽善を貫くことだよ
仏教の宗教の本質は
空海は世俗のが大事だと口を滑らせている

人間は世俗にまみれながらも世俗だけでは救われないから
世俗よりも大切なものがあると嘘をつかなきゃいけないのに
人間がそういうものでだから宗教もそうで世俗なんかどうでもいい
そんなものよりかけがえのないものがあると言わなくちゃいけない

そういうところで空海は世俗が大事だと言っちゃってる
それは駄目だ、だまくらかせと言ってるんだが
落第

273 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 15:58:08.70 0
>>272
力無き偽善に存在する価値はない、って分かってたんだろ空海は
すごいぞ空海

274 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:00:37.88 O
>>270
信頼得てないだろ
金剛般若経は人を力付けるけど秘蔵宝鑰のこの部分は役に立ってないだろ
馬鹿なの?


もっとうまく誤魔化せばより空海は評価上がるよ
仏教は世俗の鎖だという宗教家がありがたいか?

275 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:02:54.34 0
>>238
処女懐胎やモーゼ、ムハンマドの預言は馬鹿げたことじゃないのか?
世にでたあらゆる大宗教が権力者のケツもちでなかった例って何?
歴史も知らない阿呆はそれ以上語らぬことだな

276 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:02:58.56 O
>>273
ニーチェとか、そういう誤魔化しを批判することに意味もある哲学もあるが
ここでの空海はただ単に抜かってるだけだよ
整合性がない

277 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:03:16.18 0
>>274
信頼を得たから“ビッグネーム”なんだろ
おまえがそう言ってるじゃん

空海の評価は、おまえの嫉妬には関係なく、世間的には絶大よ

278 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:04:41.68 0
>>276
おまえがニーチェ好きなだけよ

279 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:05:44.24 O
>>275
だからケツモチしながらもその世俗の価値を超越したものがあると
捏造するのが宗教だろ
偽善を貫きケツモチしつつ世俗を否定しない宗教があるか
宗教の歴史をわかっていない馬鹿は出ていけよ

280 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:06:38.54 0
>>239
お前が日本仏教を建て直したいと思ってるならこんなところで
四の五の言ってないで活動家にでもなればいい
ところで、初期仏教をちょっとかじった程度の馬鹿って
猫も杓子もこうして直ぐ日本仏教を馬鹿にする傾向に走るよな
典型的な無知の現れと言っていい

281 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:07:27.21 0
だいたいよ、宗教に整合性なんか求めてないわ
御利益への期待感だけよ

282 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:08:32.26 O
>>277
空海が偽善を貫き通せればこんなもんじゃないよ
空海の底の浅さが透けて見えるから
仏教が権力の道具だという奴の仏教を信じきれるか

283 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:10:23.13 O
>>281
ご利益たって世俗の鎖でしかない仏教とかありがたみも糞もないだろ
そんなものにすがれるか?
世俗の鎖に縛りつけられるだけ

284 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:12:59.59 0
>>282
偽善を貫いてもくたばるだけなんだよ
哀れ力無き正義

空海はえらいな

285 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:14:39.11 0
おまえが有り難いと思わなくても実際思う人が大勢いるんだから
子供みたいに個人的な感想つぶやいて共感でも得たいのかオッサン

286 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:14:44.38 0
>>283
御利益そのものではなくて、御利益への期待感だよ
そこに希望があるなら救われちゃうわけよ

287 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:15:23.91 O
世俗の中で救われきれないものがあるから宗教に仏教に意味があるはずだろ
人はそこに救いを求めるわけだろ?

ここでの空海に弁護すべき評価すべき点なんか何もないよ
空海は宗教のわからないゴミじゃん
仏教哲学としては最低じゃん

288 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:15:31.84 0
>>12
サンスクリット語が難しすぎるから
俺は日本語、英語、ドイツ語、フランス語、ラテン語、古典ギリシア語の文法しか知らないから仏教には手を出せない

289 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:20:03.54 O
>>285
他の部分はともかく仏教の世俗を越えた救いへの無理解は
空海は弁護しようもないしそれを批判できない日本の仏教自体がどうしようもないだろ
世俗だけで救われるなら仏教なんかいらないわけで
世俗を越えた価値を提示できない空海は仏教としてはゴミで

世俗なんかどうでもいいと金剛般若経に示される仏教の本質を
偽善を貫けない空海は仏教としては最低だよ

290 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:25:00.47 0
釈迦は、その振る舞いに共感した人々が集ってきて自然と教団化したのであって
元々自分が悟り得たものを広める気なんてなかった訳だからね
人を救うべき義務があるなんて俗な発想が既に無知である
仏教は、自律的な人にとって開かれた学び舎であって
どんな子供でも受け入れ育てなきゃいけない養護施設ではない

291 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:25:06.32 O
釈迦は偽善を貫き通した
空海はそもそも宗教として成立していない
世俗を越えた価値を提示せずにただただ世俗をよく回転させる
歯車の一つとしてしか仏教を考えていない

嘘を偽善を貫けていない
これは弁解できない

292 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:31:50.04 0
釈迦にもマハラジャのパトロンがいたんだが・・・

293 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:35:23.83 O
でさ、空海みたいな世俗以上の価値を宗教に認めない俗人を
世俗を越えた仏教の超越性を認めない俗物を
仏教の観点から見て評価できる奴なんかいないでしょ
ここは仏教哲学スレであって

世俗以上の価値を捏造する宗教は病だというニーチェ的な評価、
それだって病の一種だけどそういうのとも空海は全く関係ないし

ここで空海を無理矢理弁護している馬鹿は何なの?

294 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:37:33.74 O
>>292
釈迦は偽善をうまく貫いたよね
世俗を叩きつつ世俗に取り入り
世俗では救われない人間の本質をよく救った
空海は落第だね
正直すぎる

295 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:38:03.23 0
世俗、世俗うるせえな
子供みたいに覚えた言葉を使ってみたいお年頃なのか

296 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:40:12.53 0
>>295
文体が厨房で典型的アホだから
なんか特殊なこと書いてる本を一冊かじり読みしてその気になったんだろう

297 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:45:03.69 0
1人でエキセントリックに騒いでるがここにいる人も世間も
そこまで空海に関心ないよ

298 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:52:04.98 O
釈迦は世俗におもねり世俗に寄生して大量の寄進を集めて教団を維持しつつ
世俗なんか災いだ、世俗を断ち、出家しないと救いはない
世俗の価値より圧倒的な救いがあるとぶちあげて
世俗を必要としつつもそこだけでは満たされない
この面倒くさい人間というものの本質を捉えたわけじゃない
人間がそういうものだから仏教も世俗にたかりつつ否定する偽善の塊で

それだから多くの人を救えた

299 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:56:45.11 O
空海は仏教がただ飯食らいだ仏教が栄えたら社会は衰退すると言われて
仏教は役に立つ、世間の役人と同じくらい仏教があれば国に役立つとか言って
そんなの宗教でも仏教でもないし
仏教哲学スレで空海を評価するとか馬鹿なの?
頭おかしいの?

300 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:56:49.30 0
空海に対して何か、世間一般とはかけ離れた特殊な経路を経ることによって
変態的な嫌悪感を抱いてしまったんだろう

301 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:58:28.34 O
>>300
宗教でも仏教でもない空海を何で仏教のスレで評価できるか
教えてくれ

302 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 16:59:57.90 0
あんたの頭がパーだと言ってるだけでしょ
そんなに空海を評価してる人はいないように見えるが?

303 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:02:39.96 O
釈迦は世俗におもねり世俗に寄生して大量の寄進を集めて教団を維持しつつ
世俗なんか災いだ、世俗を断ち、出家しないと救いはない
世俗の価値より圧倒的な救いがあるとぶちあげて
世俗を必要としつつもそこだけでは満たされない
この面倒くさい人間というものの本質を捉えたわけじゃない
人間がそういうものだから仏教も世俗にたかりつつ否定する偽善の塊で

それだから多くの人を救えた
空海は仏教がただ飯食らいだ仏教が栄えたら社会は衰退すると言われて
仏教は役に立つ、世間の役人と同じくらい仏教があれば国に役立つとか言って
宗教は世俗と同じ土俵で全く同じ歯車で
そんなの宗教でも仏教でもないし
仏教哲学スレで空海を評価するとか馬鹿なの?
頭おかしいの?
宗教でも仏教でもない空海を弁護する奴って何なの?
理由を教えてくれ

304 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:06:06.00 O
>>302
そもそも空海は宗教でも仏教でもないんだから
全く評価できないんだから
その事実の指摘でいらつく奴は何なの?
何がしたいの?

305 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:09:55.05 O
俗人として高級官僚としては空海は最高の人材だよな
宗教家としては哲学としては何の価値もないだけで
このスレで宗教としては評価できないと言う事実の指摘に
噛みつく馬鹿は何なんだよ

306 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:11:43.91 0
おまえが1人でしょうもない屁理屈を喚いてるから
当たり前のように馬鹿だと思われてるだけだろ

307 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:12:44.57 O
空海は人間としては最高に面白いし、
俗人として高級官僚としては評価してしすぎることはないけどさ
宗教家ではないよな

308 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:13:05.71 0
そういや、「月刊ムー」って雑誌に
空海―日本仏教の破壊者って特集があった

309 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:13:30.38 O
>>306
釈迦は世俗におもねり世俗に寄生して大量の寄進を集めて教団を維持しつつ
世俗なんか災いだ、世俗を断ち、出家しないと救いはない
世俗の価値より圧倒的な救いがあるとぶちあげて
世俗を必要としつつもそこだけでは満たされない
この面倒くさい人間というものの本質を捉えたわけじゃない
人間がそういうものだから仏教も世俗にたかりつつ否定する偽善の塊で

それだから多くの人を救えた
空海は仏教がただ飯食らいだ仏教が栄えたら社会は衰退すると言われて
仏教は役に立つ、世間の役人と同じくらい仏教があれば国に役立つとか言って
宗教は世俗と同じ土俵で全く同じ歯車で
そんなの宗教でも仏教でもないし
仏教哲学スレで空海を評価するとか馬鹿なの?
頭おかしいの?
宗教でも仏教でもない空海を弁護する奴って何なの?
理由を教えてくれ

310 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:15:30.08 0
何度も同じ内容の長文書かなくていいよ
そこまでやらなくても馬鹿なのはわかってるから
スレッドを無駄に消費するなよ

311 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:22:43.08 O
>>310
何で宗教じゃない空海をこのスレで弁護するの?
出てけば?馬鹿なの?死ぬの?死ねば?

312 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:23:28.02 0
国家鎮護が、個人の救済と無関係だと考えるのは近代哲学のなんたるかが
まるで分かってない

現代では、左翼がこの間違いを犯しているが
プラトンからヘーゲルまで、人は社会的な存在であるという事実は
逆説的に言うと社会の安泰というものは確実に個人にも
還元されている訳だよ

313 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:25:17.51 O
>>310
空海は宗教でも何でもないという事実の指摘にむかついてるだけだろ
何で宗教としては全く価値がない空海を仏教哲学として否定したからと
馬鹿呼ばわりされないといけないの?
死ねば?

314 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:25:39.11 0
>>311
>>馬鹿なの?死ぬの?

この気色悪い言い回しが臆面もなくできる感性で哲学に関わろうなんて
もはやギャグの領域

315 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:26:08.25 0
波平なみの馬鹿だな

316 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:26:37.84 O
>>312
国家鎮護が大事であっても空海は駄目すぎだよ
あれでは宗教ではない
落第

317 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:28:39.90 0
いや、自分が最初に他人を散々馬鹿扱いにしといて
自分が言われると腹を立てる
その幼稚さ、俗の極みみたいな精神で宗教を語ろうとするのがギャグだろう

318 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:29:43.77 O
>>312
国家と敵対する必要もないけど、出家が本質の仏教で
世間の権力の歯車にとどまっていいわけもないよね
いずれにしても空海は仏教ではない

319 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:31:14.00 O
>>317
俗の極みなのがお前と空海だろ
面白いな

320 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:31:15.14 0
>>317
まさに波平レベル

321 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:32:24.93 0
なら勝手にそう思ってればいいだろ
いちいち自分の考えに共感して欲しいって言うその態度がウザいんだよ

322 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:33:12.18 O
で空海が宗教の本質をわからない俗物だという事実を否定しないの?
そんなんで悲しくないの?

323 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:33:43.84 0
その通りで、おまえらは空海を俗で仏教ではないと思わなきゃいけないんだよ

324 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:36:16.15 O
>>321
世俗を超越した価値を作らない空海、俗物の空海を何で
仏教スレで評価しなくちゃいけないの?

そんなもの宗教的にどこがありがたいの?
理由を教えてくれ
共感も何も空海を宗教的に評価する理由がわからない

325 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:36:59.46 0
通りでチンポ丸出しの全裸で走り回ってる自分が悪いのに
それを笑った人を刺し殺しに来るみたいな変態だな

326 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:38:57.50 0
これだけ糞味噌に言われる空海に、なんだか興味が湧いてきたわ

327 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:41:19.84 O
金剛般若経の功徳の話はありがたいじゃない、勇気づけられるじゃない
古来高く評価されてきたじゃない
秘蔵宝鑰の仏教論はまるっきりありがたくないじゃない
仏教は世俗の歯車と同じとか
そんな話で仏教を信じようとは思わないじゃない
何も励まされない救いにならない
何で空海を宗教的に評価できるんだ?

328 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:42:36.68 O
>>326
空海は驚異的才人だよ
宗教的にはゼロなだけで
叩かれているのとは違う

329 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:42:58.57 0
誰が空海を評価してるんだ?(笑)

330 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:46:13.69 0
権力と結びつこうとしたと言うなら日蓮が最たるもんだと思うがね
荒唐無稽な予言まで用いて時の為政者を誑かそうとしたんだから

331 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 17:46:24.80 0
>>>>328
つまり空海は宗教を超えてるわけか

おまえ、実は隠れ空海ファンだな

332 :考える名無しさん:2016/12/31(土) 18:29:31.59 0
大晦日に空海についてああだこうだ言うってシャレオツやな

333 :考える名無しさん:2017/01/01(日) 11:47:51.77 O
日本の仏教界に一番影響を及ぼした僧侶を一人選ぶとしたら鑑真になるわけで、最澄でも空海でも法然でも親鸞でも道元でも日蓮でもなくて
これは間違いないわけで、戒律とは何か、それは差別する心を養うことにあるわけで
自分達は違う、俗人とは違うと、僧侶を区別し囲いこみところに戒律の本分があるのは明らかで、
清く正しく美しく生きるとか煩悩を断ちきるとかはそれらに比べたらどうでもいい余分な部分なわけで

実際は俗人を差別しつつも、それにおもねりたからなければ仏教なんか一日も成立しない
でも世俗なんか下らない汚らわしい俺たちは偉いんだ世俗の権力では得られないかけがえのないものがそこにあるんだという欺瞞、
これで世俗の歯車たらざるをえないがそれでは満たされない人間の矛盾をすくいあげるから仏教は成功した
そういう欺瞞、偽善を貫くことで釈迦以来の仏教は成立し偽善を欺瞞を維持する核心として戒律による俗人との区別、差別がある
戒律なんかで自分達を区別し他者を差別し相互規制、相互環視の網の目にかけなければその嘘、偽善、欺瞞なんか維持できるわけがない
どうせ裏では権力者におもねり取り入りそれで仏教は維持されているのだからこそ、戒律による偽善的区別、差別がなければ仏教なんか保っていられるわけがない
でこの肝心な差別する心、戒律の本質を鑑真は移植しなかったみたいで

334 :考える名無しさん:2017/01/01(日) 12:15:07.60 O
戒律は複数の人間が認めてお前は俗人と違う、特別な仲間でありまた世俗には戻れないぞと、相互に規制し環視しあう集団への加盟儀式なわけで
しかし、そもそもの始めから仏教自体は原理的には世俗や国家からは独立の建前なのに日本に仏教は国家主導で導入され、
本来は国家とか世俗とかのシステムとは関係ないよだから出家なんだよの世俗と対立する証しのはずの戒律が国家により導入された
それでも鑑真さんの地元中国からしたら仏教は国家、世俗とは切断されてあるはずだったんだろうが日本人にはそれが理解不可能でその肝心な差別する心は導入されなかった
裏ではどんなに戒律破ったっていい、日本以外の僧侶も裏では汚い事をしまくりでも戒律によって世俗を差別する心は養われているから
仏教の本分、世俗なんて下らないんだの欺瞞、偽善が維持される
それで世俗に救われない人間を救えて仏教の本分を守れる

それが日本ではできなくなった
鑑真は天皇はじめ戒律を守れない守ってたら国が滅ぶから守るわけにはいかない人間にも戒律を授ける
世俗なんか下らないお前らは特別だとの欺瞞、偽善を叩き込まない
日本の僧侶は自分達が俗人より偉いか偉くないか確信が持てない
最澄は自分一人でも戒律を自分に授けられることとし親鸞は出家でも俗人でもない肉食妻帯を宣言する、戒律も糞もない
日本人一般は僧侶が肉食っても子供作っても強欲で金を踏んだくってもへらへらしているが坊さんが出家した人間は世俗の人間とは違うとの態度を示せばいかりだす、決して許さない
かくして偽善欺瞞、世俗との差別が許されない仏教の本分からすればわけのわからない状況に陥っているが
日本には仏教は成立せず仏教徒だからキリスト教だからとエートスは違わない全員日本教徒であるという特殊状況を作った最大の殊勲者は鑑真になる
俗人まで広げれば聖徳太子や織田信長とかいろいろいるけど

これはよい悪いではなくそういうものとして受け入れるしかない

鑑真は日本の仏教を完全に破壊した張本人だが日本教の創立者の一人
不滅の功績

335 :考える名無しさん:2017/01/01(日) 12:27:10.30 0
鑑真は日本に渡ってきてたった2年で干されてるので、その成果というべきものは
僧と俗の峻別させたくらいのもんだよ。鑑真以前は、誰でも気軽に僧侶に成ることができたし
飯が食えるからという理由だけで僧侶になるやつが大勢いた
仏教は自律的な個人に開かれた道であるから本来的な目的から離れた邪魔なやつを
排除して元に戻しただけ、仏教は慈善団体ではないから偽善もヘチマもない

336 :考える名無しさん:2017/01/01(日) 12:31:18.70 O
そもそも世俗のシステム部品歯車になることでは救われない、救われきれない面倒な人間の本性を救うために宗教なんかがあるわけで
仏教における出家、戒律もそのためにある
釈迦が世俗では救われない本当の救いが出家にあると大嘘ぶちあげたことが仏教設立なんだから

で日本ではその世俗との差別区別がどこまで行っても曖昧でそれは日本以外の仏教と比べたらはっきりしていて
日本の仏教は出家が俗人とどこまで違うか確信が持ててなくて原因は突き詰めれば鑑真による戒律導入に遡る

最澄だって戒律否定を鑑真の弟子の系統と組んでいてブレーンの一人にしていて、始めから戒律破壊仏教破壊は仕込まれていた

337 :考える名無しさん:2017/01/01(日) 12:36:43.19 0
それも嘘だね
釈迦は、自ら悟り得たことを説法する気なんてなかったし
求められたから仕方なくやってただけ
それは、言葉を以って自らの体験を語り得ることは不可能と
知っていたからだ

338 :考える名無しさん:2017/01/01(日) 17:13:59.92 0
>>337
何故君が釈迦の代弁者を気取るんだね?
君が釈迦の理解者だと?
君は自らの体験を語る事は出来ないという
経験論者のようだがならば君は身をもって周りに示せるのか?
示すだけの経験を得ているのか?

書から得た以上の物があるのか?

339 :考える名無しさん:2017/01/01(日) 17:14:38.83 0
>>337
答えろ
小童!

340 :考える名無しさん:2017/01/01(日) 19:29:56.42 0
理解者じゃなくて、単に広く知られてる事実でしょ
釈迦が生きてた頃の資料など存在しないので史実などというものは
誰にも窺い知ることなどできないのだから
釈迦について一般的に知られていることを言ってるだけだろう

341 :考える名無しさん:2017/01/01(日) 22:24:18.58 0
原始仏典(パーリ語仏典)・日本語訳ベストを探せ
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/psy/1412600691/

1 :神も仏も名無しさん:2014/10/06(月) 22:04:51.03 ID:XHnN+5r4
スレタイ通りです
中村元博士の「原始仏典シリーズ」「原始仏典IIシリーズ」は大きくて高いです
最近では片山一良氏の翻訳が入ってきました

すべての仏典を網羅している日本語翻訳された原始仏典(パーリ語仏典)はどれが良いでしょうか?

分冊(文庫)では中村元博士の「スッタニパータ」や「ダンマパタ」、「ブッダ最後の旅」などがお手頃価格で携帯に便利です
しかし、注釈が後の方に書かれていて読みづらいのはあります
ただ、注釈を途中でつけない分、丸暗記にはうってつけ?かもしれません

一長一短がありそうな原始仏典(パーリ語仏典)、いったいどれがベストでしょうか?

342 :考える名無しさん:2017/01/01(日) 22:59:24.82 0
>>334
八正道、戒律、利他業は差別の為に行うのではなく
世界観を中立的なものに変化させ自己価値、自尊心を自家発電するものなので
国や世間からの評価とは切り離されたものになるのでは?

343 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 10:36:49.33 O
仏教のあらゆる努力は次のことに注がれる
・悟りを出さない
・悟りを隠す
このことに尽きる

人間の問題は自分一人では終わらず他者との関係がその大部分だ。心構えとして内面をコントロールすることは大切だけど、
畳の上の水練と同じで仏教の修行をいくら積んだとて悟ったからとて他者との問題を解決できるわけでもなく世界に社会に貢献できるわけでもない。
煩悩を断ちきりわずらわされなくなるとは言ってもそんな思考放棄実践から逃げ出すよりは欲望手離さずに
煩悩を手離さずに解決し悩みのある衆生そのもののそのままを肯定し救ってやった方が偉いに決まっていて
欲望を遠ざけ身を心を清く保って不幸を遠ざけたからと言って偉いわけでも何でもないし幸せも不幸せも踏み込んで現世を世俗を手離さずに人を救えた方が価値があるのは当たり前だ

悟ったって役に立たない、悟ったって大して価値はない
その周知の事実を隠して騙して誤魔化すためにできるだけ修行の成果を上げずまた上がった者を隔離し外には出さない
・悟りを出さない
・悟りを隠す
このことにあらゆる修行体系がつぎ込まれている
しかし、その膨大な努力によって大変なことだ世俗を絶って欲望を解脱することでさえ絶望的なことで
より高い境地の欲望を肯定した上で救われるなんてとても望めない不可能事だし、お坊様は気高い修行をしてくれてありがたい
われら衆生は迷い苦しみ答えを見つけられなくて当然でこれでいいんだと救うこと、救いに繋がる
修行僧にとっても無駄な意味のない修行を諦めずに続け、効果のないことを続けながらこの意味のなさ自体が答えを出せない答えのない現実を受け入れることが救いだと悟れる
無駄さ役立たなさを肯定し救われるようになる
仏教の救い、最高の境地がここにある
誤魔化し、隠蔽、騙しそれ自体が真実となる
これが仏教の神髄

344 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 15:04:20.56 O
仏教は輪廻説ではない、輪廻転生を否定する理解が明治以降、何度も言われ一定の立場を保ち、未だに言われているが間違いだ
仏教は輪廻転生を前提条件にしないと成立しない
輪廻転生は科学的じゃない、合理的な釈迦が輪廻を信じてたわけがないとか主張するが、
仏教の教説に対する無理解に基づく妄説としか言えない。

元々古ウパニシャッドでは輪廻転生は素朴な再生説だったらしい。普通の生命は死ぬが再生して再び地上に復活する
地上は豊かで死んでもまた新しい果実がもたらされる
その一部は清浄な物として月にいく、昔の解脱や涅槃は月に昇ることだった
転生もそんなに悪い物ではなかったが、カースト制度の正当化や権力の正当化に使われカルマ=業と結びつけられる
因果応報で現世が苦しいのは過去に罪を犯した報いであり生存=苦とされる。差別があるのも過去のカルマのせいだ。そのカルマ=生=苦の克服がインド思想の課題となる
それが釈迦の出る前の思想的状況だった

個々の苦しみをそんなの何でもない、超越できるとしたのが例えば苦行であり、アドレナリンを発散して苦を大したことはなくする、あるいは進んで苦を受け入れ馴れてしまえば苦は大したことではない
しかし、釈迦は苦行は否定する、一時的に欲望を苦しみを叩いても根絶できない物がある
生=苦の原因は個々の感覚の苦しさにあるのではなく、そのそこにある根源的生存欲、渇愛にある、釈迦はそれを無明と言った
個別的に苦しみに対処しても問題の解決にならない
その底にある根源的生存欲にせっつかれ強いられて苦を招いている苦から逃れられない現実を正しく捉えて正しくそれを根絶しないといけない
かくして苦行は否定され八正道や四諦説がとって変わり、個々の苦しみの底にある根源的生存欲、輪廻転生の原因からの解放解体が問題となる

大乗なら輪廻の主体はある、確かにそれを強いられるがそれは実体はなく解脱可能だからあるようでないものとして空と言われ識と言われる

345 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 15:08:30.75 O
そもそも死ねば終わりで唯物論的に解決されるなら始めから人間は救われているわけで全ては時間が解決する。仏教等の出番は全くない、仏教の体系など全く必要ない
個々のクオリア同士に関係がないならほっておけば良く普遍も糞もないから苦行で対処療法でいい
人は感覚越えて責任負って苦しみを根絶する必要など全くなく仏教などは完全にいらない、必要としない
個々のクオリアの苦しみを越えた連続的な継続的に苦しみから逃れなくする原因の存在抜きに仏教は成立しない。それは輪廻転生のカルマに他ならず、輪廻転生なしの仏教は原理的にあり得ない

宗教的に論理的に仏教は輪廻転生を前提にしており、それ抜きに仏教は成立しない。輪廻転生は非科学的だから仏教には認めないとか、仏教に対する誤解、無理解もはなはだしい

346 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 15:38:30.87 0
>>345
途中で何の前触れも論理的整合性もなく輪廻転生が肯定されるのが本当笑えますね

347 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 17:06:19.75 O
>>346
個々の苦しみを越えて苦しみを継続的に発生させ続ける根
苦しみから逃れられなくする源的生存欲があるから
輪廻から逃れられない
それがカルマであり応報であり根源的渇愛で仏教はそれを克服する
そう仏教では整理されててそれ以外に理解できないんだが
何でそんなところで絡むんだ?

現代的科学主義者だから?
死ねば全てが終わりと思ってるから?
個別的苦しみはあっても根源的生存欲や輪廻の主体なんか認めないから?
それはそれでいいけど、それは仏教とは関係ないから
縁無き衆生として仏教スレには出入りしない方がお互いのためだよ
あなたは仏教とは縁がないしあなたの思っているものは仏教ではないから

348 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 17:13:27.37 0
>>347
否定を叩きを混同するタイプの哲学者なんですねwww
単純に土に還り巡り巡って産まれる縁起のことを輪廻と指すことはありますが
霊的な輪廻転生を肯定しないと仏教を語れないという話なら笑えるという話ですよ

349 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 17:16:05.01 0
むしろバラモンの輪廻転生文化からの洗脳から解き放つ為の仏教でしょうに

350 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 17:42:09.21 O
・空海はものすごい能力を持った思想家だが、宗教的な才能だけは全くゼロの俗物
それはよいことでもわるいことでもない
世俗に飲み込まれず世俗に対立し独立するから人を救える宗教の真髄とは徹底的に無縁な俗人
裏ではどれだけ世俗に権力に癒着して汚い事を行ってても構わないが根本的なところで世俗から自由じゃなければそれは宗教ではない
空海は全くそういう発想のない天然丸かじりの俗物
悪いことでもなく宗教とは無縁だったというだけ
・戒律で出家で世俗から独立し対立し自律性を持つから、仏教は宗教は世俗だけでは満たされない人間の困難を克服し人を救える
面倒臭い人間の真実に至れる
日本はその世俗を差別する心がなくどこまで行っても宗教として仏教は独立せず戒律は出家は世俗に対立できず日本仏教は仏教としては成立せずに死産した
その原因は突き詰めれば戒律を日本に導入した鑑真
仏教の戒律の本質、差別する心を教えなかった、仏作って魂入れなかった
・仏教は悟りを隠す、役に立たない事を隠し誤魔化し欺瞞することで成り立つ
その欺瞞を突き詰めることで悟りとは大変なことだ、
我々凡夫や修行者は悟りなんか全く役に立たず答えなんか得られない現実を受け入れ裏側から救われる
救われないということで救われる
仏教はこけおどしでありその修行体系は中身はなく空っぽだがこけおどしを突き詰める無限の努力の果てに莫大な人を救った偉大な教え
釈迦は世界史的偉大な詐欺師
偉大な宗教家は漏れなくそうだが
・輪廻転生は仏教の根本的論理であり、根本教理であり、仏教そのものだ
個々の苦しみなら苦行や死ねば解決する、その場逃れの対処療法でも一向に構わない
それでは救われない無明、苦しみを逃れられなくする輪廻転生に伴うカルマ、根源的生存欲が存在する
だから仏教は苦行を否定するし、唯物論ではない
仏教はそれらを発見したから成立した
カルマ、根源的生存欲、苦しみを逃れられなくし、輪廻して永遠に続いていく無明
それをあると同時にないものとして克服せねばならずそこに仏教は成立した
仏教の成立と輪廻転生は同じことである

351 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 17:45:23.18 O
>>348-349
宮元啓一読めよ
そういう誤解は否定されるから
輪廻転生に関しては標準的解説を述べてるだけでオリジナルはないぞ

352 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 18:05:54.73 O
別に釈迦はバラモン教の否定者でもなくバラモン教に伴う無明の苦しみを克服するために仏教を作ったんだし、
輪廻転生は別に物だけじゃなく転生しまた執着を起こす魂的な物も含めた全部だよ、それが無明の闇だよ
一知半解の馬鹿だよ、お前ら

353 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 18:07:47.00 0
>>351
ダンマパダを読めばそれが思い込みだと気付くことができる
人の生は縁起そのもの
それを悟れば生や輪廻転生に執着する必要はなくなり善因の種を蒔く様に生きればその徳が世に巡っていくことを頼りに生活すれば救われる

354 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 19:04:59.41 0
生きられなければ救われない訳だ
つまり先ずは生きる事が出来るだけの社会の安定や生活基盤が必要となる

つまり資本家の倫理であり衆生には望むべくも無い教え

所詮裕福な放蕩息子が説いた欺瞞だよ

ばかたれが
庶民の苦しみに塗れて一から学び直せ

355 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 19:22:14.00 0
>>354
自分は縁起の一部に過ぎないと悟れば生活で救われる必要はない
但し当時のバラモン社会で現実的に学びを進めるにはサンガの方法を取るしかなかった

356 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 19:32:46.35 0
諦観の哲学だな
カーストの頂点の人間が悟るんだから余程恵まれた人間にしか通じない倫理だと断言出来る

実際のクソ坊主どもも金や土地を巻き上げ足りなきゃ念仏唱えて物乞い生活

なんだこれ

やってる事をみればその本質は明らかだ

醜いな

357 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 19:52:21.16 0
諦観とはまた違う
縁起こそが自分自身なので徳を積むことが幸福への道筋となる
世俗から離れないとバラモン社会の洗脳は解けないし
施しを受けないと修行者は聖人だという欺瞞から離れることができなかった

358 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:01:20.09 0
世俗から離れてどう生きるんだね?
それが出来るのも世俗の営みから発生するのものを消費しての事だろ

バラモン社会から離れなければ悟れないとしながらバラモン社会に寄生する

オイオイこれのどこが世俗から離れてるんだw

バカも休み休み言え

金持ちの道楽だろ

359 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:02:54.27 0
原始仏教なんて所詮古代社会の倫理だ

360 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:03:55.23 0
そうだよね

361 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:07:39.91 0
これで釈迦が俗物だと証明された訳だ

仏教なんてクソだね

坊主皆殺しで社会は少しは綺麗になる

362 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:10:01.51 0
いじめられまくって反撃したら俗物か
みんながみんな奴隷ではないんだよ

363 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:12:22.85 0
こんなの反撃でもなんでもない
どうせ何もない
ストレス発散なだけ

364 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:13:36.68 0
奴隷と言おうが衆生と言おうが発音の違いでしか無い

仏教の救いの意味する事は価値観の違いでしか無く上下も無い
ただの欺瞞だと読み解いただけだ

365 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:14:34.46 0
仏教は書を捨て泥に塗れて生きろと言いたい

366 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:14:55.85 0
欺瞞の塊やないか〜い

367 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:15:51.09 0
>>358
あなたがどの様に感じ判断してもご自由にと思いますが
サンガの仕組みと金持ちの道楽の論理的繋がりが曖昧なのと
釈迦を俗物と判断した場合坊主皆殺しという論理は笑えますね

368 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:16:44.68 0
そう、泥に塗れて、だんだん自身をすり減らし、意識も朦朧とし
諦めてそのうちフェードアウトしてくれるか
自分の奴隷になってくれるか
そのどちらかをただひたすらに待ち続ける・・・

369 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:20:22.78 0
>>367
代わりに繋いでください
サンガを調べるのが面倒

だけれども釈迦の出自と不労所得で得た生活を見るに簡単に判断できるでしょ

人は行動で判断出来る
所謂口ほどにもないって奴だよ

370 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 20:23:54.09 0
そう!独自の俺様道徳を設定し、それに違反すると「口程にもない」「行動に出る」
ぽやっとしてると「自分が悪いんだ・・・」と思惑通りに自分を責め、勝手に反省してくれる

371 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 21:48:19.05 0
>>367
では聞こう!
廃仏毀釈はなぜ起こったのだ!?

世間が断じたからだろう!!

答えろ!!!

372 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 21:50:45.43 0
仏教を慈善団体だと思いこんでる空海バカ

373 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 22:16:46.59 0
>>371
廃仏毀釈は神仏分離の為で激化したのは寺請制度のせいじゃないんですか?

374 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 22:47:34.62 0
>>373
仏教の教えが救いであるならば何故腐敗したのかと言っているのだ!

このスカポンタンが!!!!!!

375 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 22:52:34.75 0
>>374
人の都合で歪んで伝えられてきたからでしょう

376 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 22:52:39.00 O
>>372
別にいくら裏で汚い事をやってもいいんだよ
権力者のフェラして取り入ったから仏教は存続した
釈迦も龍樹も二枚舌の俗物、凄腕営業マンに決まってる
最澄以下の教祖たちも

でも根本経典において世俗と宗教は同じとやっちゃ駄目だよ
空海は宗教のわからない天然丸かじりの俗物
宗教とは無縁てだけでものすごい学者
優秀な役人なのは誰も否定しない

377 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 23:02:43.89 0
>>375
救いがあるなら歪める必要はなかろう
縁起こそが人なんだろ
歪めて伝える方が都合良いって事は元々仏教は人に救いを与えてい無いから歪められてんだ

アホですか

378 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 23:07:14.76 O
仏教は腐敗してなんぼ堕落してこそ仏教でしょ?
宗教みなそうだが
腐敗堕落は何ら非難されるべきことじゃない
それで批判するなんてナンセンス
批判されるべきは偽善欺瞞が足りない場合
金を絞りとりつつも世俗なんかゴミだ、
世俗の歯車として優秀だとしても全く救われない
我らは世俗の効率性合理性なんか全く無縁だが気高い価値がある
救われるのは我らだと真っ赤な嘘をつけないと

在家から金をむしりとりつつそういう口からでまかせ
真っ赤な嘘をつけてなんら恥じることがないくらいじゃないと駄目
空海はピュアすぎ正直すぎ宗教家として失格
人格破綻者釈迦の足元にも及ばない

379 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 23:11:36.26 0
>>378
つまんないね
そんな口上じゃ悪党も真似しないよ
悪党にも三分の理って言い言葉があんだけど
お前のレスには何にも無い

もっと頭使ってかけよ
バカ

380 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 23:16:25.43 O
>>379
悔しいの?馬鹿だなお前
お前なんかどうでもいい

381 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 23:22:32.95 0
悔しくは無いけど話の繋ぎ方が甘くて魅力が無い文章かな

坊さんも話が巧けりゃ信者集まる
しかし君の文章じゃ人は惹きつけられない

382 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 23:27:13.57 0
>>377
釈迦の時代は、サンガの僧を見て感化された人が志願して入信していた
釈迦は教えを説くことはあっても勧誘活動をすることはなかった
必要ない人は入信しなくても良い教えであり、心の病院の様な存在だった

仏教の伝来の過程の中で救いを求めて伝来した場合もあれば
政治や利益への利用の為に伝来した場合もあっただろう
そもそも大乗仏教の思想の時点で釈迦の仏教を超えようとする新興宗教だった

383 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 23:39:19.11 O
>>382
どうでもいいし
釈迦がいろんな王族たらしたから仏教教団は大きくなり
世界宗教になってったし、そういう腕が重要なのはいつの時代も変わらない
たとえどんなに深い宗教的境地にいても世俗と付き合いしなければ無だよ

お前の指摘は些末なことだよ
馬鹿なのは自覚しろ

384 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 23:40:19.67 O
>>381
ただ気にくわないだけだろ?
馬鹿は死ね

385 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 23:42:53.32 0
>>383
俺が馬鹿なのは構わないけど
あなたの論拠がグラグラなのが笑えるだけですよ

386 :考える名無しさん:2017/01/02(月) 23:52:36.91 O
>>385
釈迦はいくら自分の救いしか関心なかったと言いはったって
教団をでかくし世俗とうまく付き合った俗物なのは事実でしょ?
そういうことに才能あったでしょ?
あるいはそういうことに才能ある弟子を使うのがうまかったのは事実でしょ?
全く回りに関心なかったら布教なんか始まんないしましてや大きくなんかならない
布教は成功しない
馬鹿なの
気にくわないからって事実をねじ曲げて何をしたいの?

387 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 00:08:47.02 0
>>386
布教の成功は世俗とうまく付き合うからではなく
時流の中で求められていたものとマッチしたことで広まったと考える方が自然ですよ
スマホと同じ様なもんです
さらに釈迦のサンガに人が集まり過ぎたから弟子に解散命令を出したけど
それがサンガのネットワーク構造を作ってさらに広まることになった
もう一度>>385をお読みいただければと思います

388 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 00:16:59.60 O
>>387
時流に乗るのがうまいのと世俗的才能と分けるのか
そこまで細かくやって何をしたいの?
あんたの中だけだよ、そんな区別しているの

そうまでして偏執狂的に何かを守って
気持ち悪い奴だな
危ない奴
釈迦の何を守りたいのか知らないが
気持ち悪い奴だな
危ない奴

389 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 00:21:10.96 0
>>388
どうしても「うまい」という偏った判断を付け加えたいみたいですね
俺はどの様な話に傾いても、俺についてどう思われようと何とも思いません
偏ってるな〜と思って笑えるだけです

390 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 00:25:38.17 O
いくら時流に乗ったからとしても世俗的才能も野心もない奴が
宗教とはいえ事業を成功させるのは無理だし
後の時代に拡大できる集団の作り方わかってるというのも
世俗的才能だよね
偉大な才能だよね

まるっきりそういうことに才能がなくでかくしたいと思っても
駄目な奴が大部分だから
釈迦の偉大な才能を見くびらない方がいいと思うけど

391 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 00:30:41.63 0
その個人の才能とやらを崇めてどうすんの?

才能ってマジックワードにしてるけど何の説明もできてないよ?

僕ちゃん

392 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 00:35:35.17 0
>>390
現代の事業成功者も時流の求められてるものを提供し続けてるだけですよ
たまたまマッチする人もいれば、リサーチしてマッチさせる人もいる
まあ「権力者に取り入った」とかいうのはマーケットの広がり方を知らない偏り方の様に思います
釈迦の仏教の場合は目の前の人を救う為に対話というリサーチと方便という武器があり、
さらにサンガという家元ネットワークシステムがあった為に爆発的に広まった
これらは現代のビジネスマーケティングと重ね合わせても通用するものですね
それを「うまい才能」と読み解くならそれが良いかも知れないです

393 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 00:37:18.11 O
また、釈迦にはその気がなかったと仮に認めたとして、
釈迦の送り出した物は世俗を否定しながら世俗を食い物にした
そういう偽善欺瞞の代物でしょ
だからこそ矛盾に満ちた人間を救えた偉大なものでしょ?
世俗を否定し、そこにこそ出家にこそ救いがあると言いながら
世俗に取り入り莫大な寄進させることで巨大な教団を作った
維持できた
だからこそ巨大な宗教になった

釈迦の産み出した物がそういうものに育ったのは否定しないでしょ?
釈迦はそれを作ったんだそれは釈迦のものなんだから
釈迦は偉大な偽善者なのは事実でしょ?

世俗を否定しながら平然と世俗を食い物にできる
だからこそそれは多くの人を救う偉大な教えたりえた

ほらあなたの言ってることと私の言ってることは違わない

一言、あなた気持ち悪い人ですね
偽善者ですね

394 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 00:37:38.73 0
>>391
おまえは才能の意味すら理解できないの?
>マジックワード
おまえの無知の説明はどうでもいい、馬鹿なら馬鹿らしくしとけ。

395 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 00:45:27.05 O
この人は宗教家になれる才能あるな
平然と嘘ついていられる
空海に見習わせたい

396 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 00:46:29.53 0
>>393
確かに現代に残っている檀家制度やお布施の制度は道徳的じゃないというのは同意です
上座仏教も大乗仏教も釈迦の仏教とは違う新興宗教ですが
それを釈迦の罪だと考えたいならそれで良いんじゃないでしょうか?
ただ、論理的繋がりが脆いのは変わりなかったですね
もっとうまく繋がりを示して、おぉ〜って思わせてほしいです

397 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 00:47:47.31 0
嘘つく事は誰でもできる
魅力的な話にしないとカリスマ性に繋がらない
言語能力が低いから訳のわからん駄文をつらつらと書くんだろう

398 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 01:00:45.36 O
>>396
面白い面白い
あなたは宗教的に天才だね

399 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 01:02:09.85 O
>>396
この厚顔さは偉大な宗教的才能だ
面白い面白い

400 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 01:13:16.61 0
手塚治虫のカラー版が電子書籍で出ている。『ブッダ』も『火の鳥』*もアニミズムへの
傾斜が目を引くが、『ブッダ』など肝心のところでアレゴリカルになる。そこが素晴らしい。
http://i.imgur.com/hhZWqQH.jpg

*以下wikiより
手塚治虫の代表作の1つに『ブッダ』が存在するが、これは雑誌『COM』の休刊時に「火の
鳥 東洋編」として出版社から企画されたものであった。そのため、作風やテーマ性が
共通し、鼻が大きな人物(猿田彦)など共通の登場人物が数人出てくる。

401 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 07:14:47.73 O
・空海はものすごい能力を持った思想家だが、宗教的な才能だけは全くゼロの俗物
それはよいことでもわるいことでもない
世俗に飲み込まれず世俗に対立し独立するから人を救える宗教の真髄とは徹底的に無縁な俗人
裏ではどれだけ世俗に権力に癒着して汚い事を行ってても構わないが根本的なところで世俗から自由じゃなければそれは宗教ではない
空海は全くそういう発想のないピュアすぎた正直者
悪いことでもなく宗教とは無縁だったというだけ
・戒律で出家で世俗から独立し対立し自律性を持つから、仏教は宗教は世俗だけでは満たされない人間の困難を克服し人を救える
面倒臭い人間の真実に至れる
日本はその世俗を差別する心がなくどこまで行っても宗教として仏教は独立せず戒律は出家は世俗に対立できず日本仏教は仏教としては成立せずに死産した
その原因は突き詰めれば戒律を日本に導入した鑑真
仏教の戒律の本質、差別する心を教えなかった、仏作って魂入れなかった
・仏教は悟りを隠す、役に立たない事を隠し誤魔化し欺瞞することで成り立つ
その欺瞞を突き詰めることで悟りとは大変なことだ、
我々凡夫や修行者は悟りなんか全く役に立たず答えなんか得られない現実を受け入れ裏側から救われる
救われないということで救われる
仏教はこけおどしでありその修行体系は中身はなく空っぽだがこけおどしを突き詰める無限の努力の果てに莫大な人を救った偉大な教え
釈迦は世界史的偉大な詐欺師
偉大な宗教家は漏れなくそうだが
・輪廻転生は仏教の根本的論理であり、根本教理であり、仏教そのものだ
個々の苦しみなら苦行や死ねば解決する、その場逃れの対処療法でも一向に構わない
それでは救われない無明、苦しみを逃れられなくする輪廻転生に伴うカルマ、根源的生存欲が存在する
だから仏教は苦行を否定するし、唯物論ではない
仏教はそれらを発見したから成立した
カルマ、根源的生存欲、苦しみを逃れられなくし、輪廻して永遠に続いていく無明
それをあると同時にないものとして克服せねばならずそこに仏教は成立した
仏教の成立と輪廻転生は同じことである

402 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 12:01:01.95 O
空海はピュアすぎ正直すぎ
宗教には向いていない
昨日の偽善者さんのような人の爪の垢を飲ませたい
あれぐらい悪辣で綺麗事で塗りかためて
悪びれないくらいの厚顔無恥じゃないと
そうでないと世俗で救われない衆生を真っ赤な嘘で救えない

403 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 12:53:32.05 0
2007年12月1日 呉智英夫子(新崎智)の授業 at 理科大
http://d.hatena.ne.jp/YdaTanuki/20080102/1199201408
http://i.imgur.com/fHI89xG.jpg

朝には紅顔ありて
夕には白骨となれる身なり
これ有名な言葉ですね
朝には美少年、美少女かと思っていたけれども
夕方にはもう死んでしまって、焼き場で焼いて白骨になってしまう。
こういうことですね
10行ほど飛んで行って、後ろの7行ほどいきますかね
たれの人も はやく後生の一大事を
心にかけて
阿弥陀仏をふかく
たのみまいらせて
念仏もうすべきものなり
あなかしこ
あなかしこ

はだしのゲンの一番のテーマが、原爆の災禍に対する怒りである
戦争に対する怒りである
ところが感動的な一番感動的であるのは
原爆の災禍の中で戦っていくところではなくて
友子の葬式のシーンである。
このほかには連載の都合で一、二回見開きが使われているだけで
他には見開きが使われていない
被爆のシーン、あの恐ろしい原爆の恐怖を訴えた被爆のシーンも見開きが使われていない。
友子の葬式のシーンに、見開きが使われている。
しかも、そこで書かれているのは、上に挙げたように
蓮如上人の御文章である。
ここに被曝に対する怒りとか、原爆に対する抗議というものは全く描かれていない。

404 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 16:56:11.37 O
宗教で一番大切なのは差別する心、俺らはお前たちとは違うんだという心
それなしに世俗と対峙し教団を宗教を支え守ることなどできるわけがない
まして、仏教には不可欠なものなんだけど
その肝心な物が骨抜きにされているから日本の仏教は腑抜けになってしまった
差別する心さえ、しっかりしてればどんなに腐敗しても
堕落してもスキャンダル起こしても立ち直れる
海外の仏教はどんなに腐敗してもその根本を忘れない
裏ではどんなに悪辣で腐敗堕落しても自分達がここで生きるしかないの
確信がそこにあるから
日本だけは鑑真以降仏教は完全に死滅した
自分達が世俗とどう違うのか出家がいかに違う人間か
まるで確信がないから
世俗と対立し宗教を特別なものと思い戦い抜くとかできるわけない
自分達が特別な人間なんて思ってないから
こんな見下げ果てた仏教は他に存在しない
差別しない他者を見下げ果てない仏教とか仏教じゃないから
日本の仏教は鑑真により破壊された

405 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 17:18:02.99 O
親鸞は肉食妻帯子供をつくりなから自分は戒律を破るからと言って俗人だというわけでもなく
だからと言って出家でもない
戒律には縛られないしだからと言って俗人でもないと嘯いた
最澄は自分が認めれば戒律を授けられる、あるいは一人で発心すればその日から戒律を授けられた僧侶だとした

戒律の根幹、仏教教団の複数の人間が認めて仏教教団の正式な一員として世俗の人間とは違うものだという加入儀式としての戒律
それとはまるっきり正反対のゲテモノになってしまった
日本の僧侶は俗人と違うんだか違わないんだか
僧侶のコスプレした集団が出家の真似事しているだけ
明治になって政府から言われれば妻帯する
政府に言われたからって妻帯が許されたからって妻帯しなきゃいいだろ
妻帯して家庭持ったら出家じゃないだろ
家庭を捨てるのが出家だろう
意味不明の集団残して今日も何だかわからないコスプレしながら出家の真似事している

406 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 17:39:24.86 0
新スレが建ちましたぁ〜♪

坐禅と見性第114章馬が田に入り、牛が田に入り、早乙女が田植えする [無断転載禁止]©2ch.net
http://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/psy/1483429081/

407 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 17:52:50.95 0
>>373
よく分かってるな
日本仏教弱体化の外部要因は政策にある
日本の仏門者がそれに負ける程度のものだったというのもあるが

408 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 18:54:59.40 O
輪廻転生
宮元啓一 インド哲学七つの難問
インドでは因果応報思想に基づく輪廻説が釈迦以前に確立されていた
輪廻説の確立と同時に輪廻からの解脱が思想的に求められていた
輪廻のメカニズムは
欲望→業(善悪の行為)→輪廻(苦)
欲望を滅ぼせば輪廻から脱却できる→苦行や思考停止としての瞑想

釈迦も修行するが瞑想やめれば欲望が出るし、
苦行で苦しみに耐えられる力はついても苦しみを永遠には消せない

輪廻のメカニズムの起点は欲望ではなく、
その下の根本的生存欲(渇愛、無明)である
→釈迦の発見

無明を消すのは知恵、般若である
輪廻転生を起こす根本的生存欲を正しく観察し理解したから目覚めた人、
ブッダとなり解脱して涅槃の境地に入った

明治以降、釈迦ともあろう者が輪廻などという迷信を信じていたはずはない
と仏教の輪廻否定説が時々出てくるが輪廻とその裏返しの解脱のメカニズムがわからない
誤解にすぎない

409 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 19:00:39.81 0
>>407
それいったら仏教の布教も政策だろ
バカタレ

410 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 19:08:40.70 O
仏教は役に立たない
瞑想で心を保ち戒律を守って生活して煩悩を遠ざけて煩わしいことから逃げ出しても
社会に国家に役立てるわけではなく世俗の問題を解決できるわけでもない
本当なら欲望や煩悩に煩わされながらそれをうまく裁いて解決してこそ偉いのに
それどころではなく逃げ回るのに精一杯で何もできるわけでもない
自分一人の欲望コントロールするのに精一杯の純粋ニート集団
迷惑そのまのの存在
自分は何も作らず何も産み出さず世俗に食わせてもらい生活しているのに

でもだからこそ勿体ぶって隠し続けるからこそ
世俗で頑張っても救われない現実の中で答えは出ないんだ
それでもいいんだ頑張るしかないんだと在家は何となくわかり
修行者達はまるっきり役立たない無為の修行に打ち込み救いはないという
救いを受け入れて生きていける

偉大なる宗教

411 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 19:15:10.12 0
>>410
> 自分は何も作らず何も産み出さず世俗に食わせてもらい生活しているのに
自分では本を読まずに、人に「本の感想を書け」とか言っている奴のことだろ

412 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 19:19:25.60 0
自己嫌悪か

413 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 19:30:02.04 O
>>411
いろんなスレでどうでもいい本の宣伝してうざがられてる馬鹿のことだろ

414 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 19:49:57.35 O
仏教は役立たないとは褒めてるんであって人間はそういう面倒臭いものだから
役立たないからこそ救えるものがある
世俗でシステムの歯車が回っていれば救えるのなら何も宗教なんかいらない
そうじゃない面倒臭い部分を救うのだから普通の意味での効率性とかに
反するものでないと歯が立たない
それが宗教の神秘だ
釈迦は偉大なる俗物、詐欺師だ
偽善欺瞞の天才

415 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 21:03:25.61 0
“ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。
 もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。
 …車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように。”

― ブッダ『真理のことば(ダンマパダ)』1偈

416 :考える名無しさん:2017/01/03(火) 21:15:13.73 0
なにもしてないのに周りをイライラさせる能力ィ

417 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 00:02:25.37 0
浅すぎて話にならない。何故仏教が俗世を救う必要性がある?
基本的なことすら理解してないではないか
そもそも日本の仏教もインドの仏教すら間違えてる
いいか釈迦はお前ら見捨てたの。お前ら欲を捨てれないだろ
釈迦は欲を全て捨てるべきだと主張したのよ
欲を捨ててるのに何でお前ら救わないとダメなのよ
物事を解決する必要性もないだろ。この世は全て繋がっていて
それを理解することをこれが縁起なんだよ
お前ら息をして物を食べて排泄してるだけで自然はたすかってるんだよ
仕事なんて苦痛でしかないのにして当然とか釈迦は言ってない
俗世から離れることしろといってるんだよ。
資本主義を守れなんて言ってない。全く理解してないのに
バカな発言やめろ。いいか釈迦は欲がこの世の害と唱えてるの
それを捨てれないから教えることを否定したら
弟子に貴方の悟ったことを広めないと何も進まないといわれ
仕方なく教えを文字にした。しかし釈迦は高い確率で弟子に
毒殺されている。この教えを広めれば自分が権力もてると
思った人間にな!そこから時代は流れて
日本に般若心経が広まったけど。これ事態ブッタの教えではなくなっている
こんな人を救う価値が何処にあるというんだ

418 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 00:14:40.77 0
俗世があるから苦しむんだろアンポンタン
会社で上司との付き合いや。社内恋愛とかで
心動くし怒りや悲しみもうけるだろ
その全てが無駄と言ってる。恋愛しなければ喜びも悲しみもない
上司と付き合い無ければ本当に楽だろ
お前ら神に救い求めてるかしらんけど神はお前らに興味なんかないし
愛してもいない。これは仏になる道をしめしてる
つまり死ぬ準備なんだよ。無で当たり前到達点は死ぬことなんだから
なにいってんだ?おなくなりになった人を仏さんって呼ばないのか?
仏教とは欲の捨てかたを教えてるんだよ。
いきなり到達点で無だとかアホじゃねぇーか
こうすれば欲を捨てれて安らかに死にましょうが教えなのに
なーんも理解してなくて仏教語るとかあり得ないわ
お前何歳かしらんけど。仏教の積み重ねた年月の知識より
お前が上なんだな!バカじゃねぇーのか寝言は寝ていえスカタン

419 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 00:36:29.99 0
俗世と離れるということは俗世について
哲学は終ってるって事だ。つまりお前らが日々苦しんでる事は何故か
どうしてか何でこうなったか全て答えがあるってことなんだよ
修行中の僧侶はその答え出してやれないけどな
そもそも修行自体おかしくて自発的にやるべき物を
強制的にしてる自体教えに反してる。何時におきて掃除して
お経読んで瞑想するなんておかしな話だ。
バカ僧侶の考えることはいつまでたってもバカのまんまだ
そもそも布教自体も教えに反してるし。
くるもの拒まず出るもの止めないが絶対条件
本当にお前らなんもわかってない。
悩みについて答えがでたらやめればいいんだよ。
それを職にしてるから矛盾が発生する
国が宗教を守るのも宗教が怒ると怖いからだ
これも教えに反してるし。人は欲望を捨てれないから
ブッタはお前らと関わろうとしないんだ
くれば教えるけどな。理解もしてないのに語るな馬鹿者

420 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 00:46:08.80 0
“荒々しいことばを言うな。言われた人々は汝に言い返すであろう。
 怒りを含んだことばは苦痛である。報復が汝の身に至るであろう。”

“こわれた鐘のように、声をあららげないならば、汝は安らぎに達している。
 汝はもはや怒り罵ることがないからである。”

― ブッダ『真理のことば(ダンマパダ)』133,134偈

421 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 00:48:33.80 0
俗世で頑張っても救われない理由について
回答してあげよう。それは資本主義だからだ
頂点に起つ人間が君達に分け与えてる
しかし頂点がケチなら分配はへる。しかしケチな理由も理解しないから
余計に悩む。資本主義の構造自体全ての人がすくわれるシステムではない
会社で働く事が努力ならば辞めてしまえ。それは努力ではなく
平穏求めて言うことを聞いてるだけだ。言うことを聞くことが努力なのか?
全く話にならない。勉強していい会社に入って仕事する事が努力なのか?
ただしかれたレールをなぞってるだけだから尊厳や意味を見失う
努力とは自分で考えて行動し成功したものしか与えられない
これを言われると怒るんだよな。それを信じてきた人間が否定されて
道を見失うから自分は正しと肯定する。救えないんだよ
勘違い直さないとな

422 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 01:00:55.48 0
>>420
でもブッタは弟子に毒殺されたんだ
俺はブッタになるつもりもない。神になりたくもない
人は救う価値すら無いのは明白
自分の無知をさも正統性があるかのように布教する
俺は仏教徒ではないが少なくとも人の無知にたいして
怒りを感じる。それはどうしようもない
何故なら人は武器による殺害は罰するが言論による殺害を
肯定してるからだ。それは全て無知からくる罪だ
人1人の命を集団の言論で奪うではないか!
故に私は無知を嫌い。無知を罵倒し。無知を軽蔑する。
無知は罪である

423 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 01:17:53.31 0
甘え過ぎでは?

424 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 02:49:05.06 0
民主主義の名の元に言論の自由を盾にして
人を殺す事が許されるのであれば
私は断固否定する。民主主義とは責任分担だ
殺した人の家族に対して税金による賠償をしなければならない
それが責任だ。

425 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 03:29:15.94 0
>>424
民主主義で個の不利益を社会で分担する道理はない
自己責任でも不都合はないからだ

社会主義は責任を社会全体で分担するだろう

君は民主主義という言葉の意味を間違えて覚えてしまっているだけだ

426 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 03:40:54.97 0
それは君だ社会主義は政府管轄の平等社会だ
民主主義は国民主導の平等社会
そこに資本主義が入ってるのが我が国日本だ
個の政治家が考えた思想に基づく政策が失敗したら
責任とるのは個人の政治家か?違うだろ国民の税金だろが!
みんなで決めてみんなで責任とる。これが民主主義なんだよ

427 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 03:43:56.73 0
お前の道理なら吉田証言で世界にひろまった
慰安婦の責任は国が面倒みる必要無いよな
あんまりふざけんなよ。
激怒する前に消えろ

428 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 03:51:24.11 0
あーアカンキレたわ。お前マジでふざけんなよ
北に拉致された日本人も家族つまり1家庭の不利益だよな
助けなくていいんだな。ぶんなくるぞてめぇーそれしなくなったら
誰が国民守るんだよ。ここは守ってそっちは守らないだと
平等じゃねぇーだろ。マジふざけんなよ
お前が日本国で他国に拉致されても助けないなら
国家として破綻してるだろ。国民守らないで国家守るわけないだろ
そんな当たり前のことすら理解できねぇーのか
憲法よんで出直せやスカタン

429 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 15:10:25.78 0
>>417
>仕方なく教えを文字にした。しかし釈迦は高い確率で弟子に
>毒殺されている。この教えを広めれば自分が権力もてると
ソースは?(爆笑)

430 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 15:12:27.57 0
なかなか久しぶりの馬鹿いたな(笑)

431 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 16:07:19.27 0
ブッダから現代日本人をつなげるとか
大乗仏教があり中国化があり、そして日本人化があるに

432 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 16:26:30.41 0
お釈迦様が衆生を救わないって言ってるんだからそこで終わりで良いやん
こっちも救って欲しいなんて言ってないしさ

お釈迦様はお釈迦様
ウチはウチ

433 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 16:35:32.81 0
何故西洋では日本でいう神道的なものが廃れてキリスト教だけが残ったのか
ローマ帝国時代にもロムルスを始めとする神を祀る宗教が存在していた
古代ギリシャのギリシャ神話に代表されるものも祀られている

日本は仏教が来たのちも神道は生き残る

他民族国家においては国のルーツを元にした神話や宗教は都合が悪いのだろうか?
アイデンティティの統一を図る為に宗教も一つに纏める必要性があるのか?

神道は日本人のルーツに繋がる
単一民族であるが故に仏教で塗り替える必要がなかったのか

434 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 18:32:29.34 0
>>433
たぶんその神道が何のことかわかってないんだろうな

神道は明治時代に、西洋のキリスト教に対抗して作られたから

435 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 18:58:52.30 O
仏教は役に立たないが故に多くの人を救ってる偉大な教えと誉めているのに
衆生なんか救わなくていいとか資本主義が悪いんだとかむきになってる奴はなんなんだ?
仏教は天然丸かじりのニートのたかり集団でだからこそ偉大だと繰り返し言ってるだろ
なんかひっかかるコンプレックスを刺激するのか?

436 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 19:05:04.69 0
>>434
神道って明治に作られたんだ
でもお稲荷さんとか神社はあったんでしょ?

437 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 19:07:15.96 0
神道は奈良時代以降の長い間、仏教信仰と混淆し一つの宗教体系として再構成されてきた(神仏習合)。一方で伊勢神宮のように早くから神仏分離 して神事のみを行ってきた神社もある。明治時代には天皇を中心とした国民統合をはかるため、全ての神社で神仏分離が行われた。

こういう事か

438 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 19:16:10.03 0
>>436
お稲荷さんは神道?

439 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 19:19:45.37 0
稲荷神を祀る神社を稲荷神社(いなりじんじゃ)と呼ぶ。
京都市伏見区にある伏見稲荷大社が日本各所にある神道上の稲荷神社の総本社となっているが、歴史上(下記参照)仏教系寺院も数多く含まれる。
神道系神社では朱い鳥居と、神使の白い狐がシンボルとして広く知られ[5]、廃仏毀釈が起こる前の仏教系寺院でも鳥居が建てられ[6]、現存する寺院もある[7]。
「イナリ」は「稲荷」と表記するのが基本だが、「稲生」や「稲成」[8]、「伊奈利」[9]とする神社も存在する。

440 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 19:24:15.78 0
仏教もキリスト教と変わらん流れか

441 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 19:27:18.81 0
>>439
お稲荷さんが明確に神道になったのは、
明治の神仏分離以降。

神仏分離は、仏教と切り離された神道として、
仏教以外の信仰を、天皇祖先より天照大神祭る伊勢神宮を頂点に体系化した。

442 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 20:31:47.95 0
地域の土着の信仰は神道か?

443 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 21:33:13.37 0
神道は、

皇室神道(=宮中祭祀)
皇居内の宮中三殿を中心とする皇室の神道である[11]。
神社神道
神社を中心に、氏子・崇敬者などによる組織によっておこなわれる祭祀儀礼をその中心とする信仰形態である[12]。
民俗神道
民間神道ともいう。民間でおこなわれてきた信仰行事をいう。
道祖神・田の神・山の神・竈神など。修験道や密教や仏教、あるいは道教の思想と習合している場合も多い。いざなぎ流なども入る。
教派神道(神道十三派)
教祖・開祖の宗教的体験にもとづく宗教。他の神道とは少し性質が異なる。
古神道(≒原始神道)
江戸時代の国学によって、儒教や仏教からの影響を受ける前の神道が研究され、復古神道・古道・皇学・本教などと称された。
明治時代以降に古神道だけを取り出し新たな宗派として設立されたものも古神道と称している場合がある。近代以降の学問で研究されて国学色を排除してからは、純神道・原始神道ともいう。
国家神道
特に近代(明治維新より第二次世界大戦終結まで)において国家の支援のもとにおこなわれた神道を指す名称である[13][14]。
以上のような分類をすることができるが、今日、単に「神道」といった場合には神社神道を指すことが多い。

444 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 21:34:27.61 0
神道は、

皇室神道(=宮中祭祀)
皇居内の宮中三殿を中心とする皇室の神道である。

神社神道
神社を中心に、氏子・崇敬者などによる組織によっておこなわれる祭祀儀礼をその中心とする信仰形態である。

民俗神道
民間神道ともいう。民間でおこなわれてきた信仰行事をいう。道祖神・田の神・山の神・竈神など。修験道や密教や仏教、あるいは道教の思想と習合している場合も多い。いざなぎ流なども入る。

教派神道(神道十三派)
教祖・開祖の宗教的体験にもとづく宗教。他の神道とは少し性質が異なる。

古神道(≒原始神道)
江戸時代の国学によって、儒教や仏教からの影響を受ける前の神道が研究され、復古神道・古道・皇学・本教などと称された。
明治時代以降に古神道だけを取り出し新たな宗派として設立されたものも古神道と称している場合がある。近代以降の学問で研究されて国学色を排除してからは、純神道・原始神道ともいう。

国家神道
特に近代(明治維新より第二次世界大戦終結まで)において国家の支援のもとにおこなわれた神道を指す名称である。

以上のような分類をすることができるが、今日、単に「神道」といった場合には神社神道を指すことが多い。

445 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 21:50:16.86 0
>>444
これらを神道として、分類されたのは明治の神仏分離以降。

446 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 21:53:29.77 0
それ以前は、神仏習合で、なにが神道でなにが仏教で、なにが土着信仰か、分類されてなかった。

447 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 22:10:14.46 0
基本的に、知の体系である仏教と、教義が曖昧な神道、土着信仰を同じレベルで考えるとおかしい。
神道は仏教に学び神道となり、
土着信仰は仏教に洗練されてきた。

仏教が民衆レベルに広がったのは江戸時代。
檀家制度で、寺院が葬式仏教とともに
民衆強化の役割を担っていたので、
仏教の倫理観が広まる。

それとともに市場経済が発達して経済的合理性が
広がり、仏教的な出来過ぎた因果律の出来過ぎは、
批判され、現実的な儒教が取り入れられる。

448 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 22:32:14.46 0
なんと言っても、日本人の仏教の中心は地獄論。
悪いことをすれば地獄に落ちる。
良いことをすれば極楽にいける。

極楽に行くために、貴族たちは歳を取ると出家し、寺を立てる。
念仏し、民衆は葬式仏教で墓を立てるようになる。

では良いこととはなにか。
ここに、信仰が始まる。

449 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 22:37:48.31 0
良いこととは、無我であり、慈悲である。
すなわち自らを抑え、みんなのために奉仕すること。

これは現代においても、仏教徒であるかに関わらず、日本人の特徴となっている。
自分を主張する、自分の利益のみを優先することは、はばかられる。
周りの状況を見て、歩調を合わせて、みんなに貢献する。

450 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 22:46:50.93 0
>>449
仏教の教えでそうしてるのか儒教の教えでそうしてるのかは
曖昧だと考えるのが自然なのでは?

451 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 22:47:26.85 0
225 名前:考える名無しさん[sage] 投稿日:2017/01/04(水) 08:37:11.18 0
「とりわけ、以下のことをするだけの力を持っている諸君すべてに言いたいのだが、
われわれのすべての災いの原因である最初の先入見、すべての悲惨さの発したあの
悪の源、すなわちあの『君主の使命は、われわれの幸福のために目を配ることで
ある』という主張に対して、容赦のない徹底的な戦いをぜひとも布告するがよい。
―中略― われわれは、何がわれわれの幸福を増進させるのかを知らない。もし
君主がそれを知っており、彼がわれわれを幸福へと導くためにいるのなら、われわれ
は目をつぶってこの指導者に従うほかないだろう。君主はわれわれを欲するがまま
に扱うだろう。われわれがそのことに疑問を呈するならば、彼は、それがわれわれ
の幸福のために必要なのだとわれわれに誓うであろう。君主の人類の首に縄を
かけて叫ぶ。『黙れ。すべてはお前のためなのだ』と。」
フィヒテ全集第2巻、「プロセイン治下の諸国民への呼びかけ」、p.38

「いや、君主よ、汝はわれわれの神ではない。われわれは、神から幸福
を期待するが、汝からはわれわれの権利の保護を期待する。汝はわれわれ
に対して慈悲深くあるべきではなく、公正であるべきなのだ」 同上

452 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 23:21:50.98 0
>>450
江戸時代中期に、神仏儒の融合した心学が広まるが、
この中心の勤勉思想は、禁欲的に懸命に働くことで、豊かになることが重視されるが、
そこでは世のためになるように働くことで、身分が低いとされる農業も、商業も清いとされる。
これは、仏教の慈悲から来ている。
そして勤勉思想は明治を超えて推奨されて、現代まで続いていると言える。

この我を抑えてみんなのためにという慈悲は、日本人の倫理として変わらない。

453 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 23:28:46.39 0
仏教の慈悲が生きとし生けるものに対してのものであるのに対しての、

儒教は、基本は親への孝である。
それが、忠として、義として展開される。
みんなのためにではなく、自らの関係性の中で奉仕する。

日本人に特殊な世間のために、みんなのためにという関係性を超えた奉仕は儒教からは出てこない。

現代でも、会社のために頑張るという忠誠心はあるが、
日本人の勤勉さは、会社にとどまらず、世のために繋がっている。
みんながそれぞれ頑張りあうことが日本人、

これは仏教からしかでてこない。

454 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 23:36:48.55 0
明治以前に何をもって神道と言うか難しいが、
古代で言えば、神道とは天皇が行う国家安泰を願う儀礼だった。
だから神道は庶民が私的なお祈りをするようなものではなかった。
それが神仏習合で仏教の影響を受けて、庶民に近づき、江戸時代のお伊勢参りみたいに気楽な参拝対象になっちゃったり、
伊勢神道や、吉田神道、平田神道みたく、幅広く教義を持っちゃったりした。
明治になると、伊勢神宮は神道の中心になり、庶民が気安くお祈りとかしたら排除されたが。
そのかわり、各地の土着信仰が庶民のための神道として組み込まれた。

455 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 23:41:04.87 0
そうは言っても、日本に伝わった仏教は中国仏教、すなわち儒教化した仏教なわけだけど。

日本の葬式仏教は、輪廻転生ではなく、儒教の先祖崇拝。
人は死んだら

456 :考える名無しさん:2017/01/04(水) 23:44:38.24 0
>>453
> これは仏教からしかでてこない。
仏典のどこに書いてあるの?

457 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/04(水) 23:59:32.88 0
>>456
>>
スプーティよ、ここに、求道者の道に向かう者は、次のような心をおこさなければならない。
すなわち、スプーティよ、およそ生きもののなかまに含まれているかぎりの生きとし生けるもの、卵から生まれたもの、母胎から生まれたもの、
湿気から生まれたもの、他から生まれたもの、みずから生まれ出たもの、形のあるもの、表象作用のあるもの、表象作用のないもの、表象作用があるのでもなくないのでないもの、
そのほかの生きものもののなかまとして考えられるかぎり考えられた生きとし生けるものども、それらのありとあらゆるものを、
わたしは、<悩みのない永遠の平安>という境地に導き入れなければならない。
しかし、このように、無数の生きとし生けるものを永遠の平安に導き入れても、実はだれひとりとして永遠の平安に導き入れられたものはないと。
それはなぜかというと、スプーティよ、もし求道者が、<生きているものという思い>をおこすとすれば、もはやかれは求道者とはいわれないからだ。
それはなぜかというと、スプーティよ、だれでも<自我という思い>をおこしたり、<生きているものという思い>や、<個体という思い>や、
<個人という思い>などをおこしたりするものは、もはや求道者とはいわれないからだ。

金剛般若経

<<

>>
慈の所縁は一切の衆生なり。父母妻子親族を縁ずるがごとし、この義を以ての故に名付けて衆生を縁とする[慈]という。
法を縁とする[慈]とは、父母妻子親族を見ず、一切法は皆縁より生ずると見る、
これを法を縁とする[慈]と名づく。無縁の[慈]とは法相および衆生相に住せず、これを無縁と名づく。

大般涅槃経
<<

458 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 00:00:08.28 0
>>
後代の仏教においては、他人に対する奉仕に関して「三輪清浄」ということを強調する。
奉仕する主体(能施)と奉仕を受ける客体(所施)と奉仕の手段となるもの(施物)と、この三者はともに空であらねばならぬ。
とどこおりがあってはならぬ。もしも「おれがあの人にこのことをしてやったんだ」という思いがあるならば、それは慈悲心よりでたものではない。
真実の慈悲はかかる思いを捨てなければならぬ。かくしてこそ奉仕の精神が純粋清浄となるのである。P129
慈悲 中村元 講談社学術文庫 ISBN:4062920220
<<

459 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 00:04:42.13 0
石門心学

>>
士農工商は、天下が治まるために役立ちます。その中の一つでも欠けてしまったら、世の中はうまく動かなくなるでしょう。
士農工商を治めるのは君主の仕事であり、君主を助けるのは、士農工商の仕事です。
侍は、位をもった臣下です。農民は、野にある臣下で、商工は市井の臣下なのです。
臣としては、君主を助けるのが正しい道です。(石田梅岩)
<<

>>
商人が売買するのは、世の中の助けとなります。
作業に対する手間賃は、職人にとっての俸禄です。
農民の農閑期の休みがあることも、武士の俸禄と同じです。
全ての人が、それぞれの仕事を行わなければ、世の中は成り立たないのです。(石田梅岩)
<<

460 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 00:07:39.52 0
>>457は仏典だが、
>>458-459は違うだろ

461 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 00:11:32.35 0
>>457
儒教の徳は、仏教的には自らの関係性から衆生を縁とする慈悲に近いでしょう。

心学の勤勉さの理想は、徳を衆生を縁とする慈悲を超えています。

462 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 00:12:05.76 0
>>460
???

463 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 00:27:54.81 0
孝を基本として忠義など儒教の徳、仏教的には衆生を縁とする慈悲は、身近でわかりやすく、江戸時代に武士から庶民へ道徳として、広がった。
しかし日本人を説明する場合にはそれだけでは不十分だ。
武士道は儒教的であるが本質的な違う。
例えば武士道の代表と言われる死に対する考え方。
自らの死を忠義などのために捧げるのは、合理的な儒教の徳にはない。
これは仏教から来ている。
すなわち衆生を縁とする慈悲を超えたところから来る。

464 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 00:31:18.94 0
>>457
>それはなぜかというと、スプーティよ、だれでも<自我という思い>をおこしたり、<生きているものという思い>や、<個体という思い>や、
><個人という思い>などをおこしたりするものは、もはや求道者とはいわれないからだ。
>金剛般若経

武士道の死を捧げる行為は、自我という思いを滅する、無我から来ている。
儒教ではこんな非合理的な行為はしない。

465 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 01:07:54.79 0
無 我 に な れ

466 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 01:26:06.02 0
おそらく日本人は世界で唯一、世のための無我=慈悲の思想を展開できた民族だろうが、
ここには大きなトリックがあった。
本来の慈悲は、生きとし生けるものに対する慈悲であるが、日本人の慈悲は日本人に対する慈悲出会った。

島国という閉鎖空間の中で、生きとし生けるものは日本人だったのだ。
日本人内だからみな(世間)が慈悲を行えるということを信じんことができた。
世間体として働いていることを実感できた。

467 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 02:57:05.44 0
仏教の「空」とはどこからくるのか?


“つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を空なりと観ぜよ”

― ブッダ『スッタニパータ(ブッダのことば)』1119

468 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 02:58:24.35 0
ブッダが「世界は空」だと言っているのに、
「慈悲エコノミー」だとか「日本」だとか言っていることが間違い。

469 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 03:07:08.15 0
慈悲エコノミー ← 自我への固執
日本 ← 自我への固執
第三の波平(ただのリーマン) ← なんという固執…

470 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 05:37:20.09 0
世間とは本来仏教用語で世界のことです。

“世間を空なりと観ぜよ”

日本人にとっての世界とは、世間=日本人だった訳です。

471 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 12:44:30.92 0
儒教のように、無我が周りの関係性のために働く以上に、
空観により世のためにと抽象化されると、一つの美学になってしまう。
武士道はその一つだったわけですが、
いまもこの美学は日本人の中に潜んでいます。
その現れの一つが、世間のためにです。
世間体
世間のために
世間のみなさまにご迷惑おかけしました。
この日本人独特の世間は、日本人の世界です。
おそらく歴史上、空観を民族レベルで達成したのは日本人だけでしょ。

“つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世間を空なりと観ぜよ”

472 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 13:14:44.12 0
>>471
貴方、ご自分をその中に含めるつもりですか

473 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 13:35:26.46 0
>>472
キミも入ってますよ

474 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 15:28:29.73 0
僕が入ったら貴方も入るつもりですか

武士道?
世間様に迷惑?

いやいや、妄想ですよ
日本昔話を根拠に今の日本人を誇るなんて
ピントずれてますね

475 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:12:40.31 0
>>474
明治維新、そして戦後、日本人は自らのルーツを封印した封印した悲しい民族だからね。
そろそろ封印を解いてもいいころだろ思う。
自らの中の武士道であり、仏教を

476 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:25:19.76 0
だから武士道はウヨクの尊厳でしかないとアレ程……

477 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:27:34.50 0
封印
悲しい“お守り”ですね
解く術は無い
もとからない

478 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:28:34.80 0
日本人は自分たちが西洋人と変わらないとか思ってるからね。
そのくせキリスト教はうさん臭いと思ってるからね。
そして西洋人から、不思議民族と思われてる自覚がない。
不思議と言われても、ルーツが無きこと、一種の記憶喪失状態だから
なんでお墓に手を合わせるのかもわからない。
ただみんながそうしているから、大して問題じゃないという。

479 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:29:11.09 0
今日は巨乳ちゃんに入ってきた
パイズリする姿は観音様のようでした(⚪人⚪)

480 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:30:22.83 0
>>476
現状を見る限りその通りですよ

481 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:31:31.41 0
西洋人曰く、
なぜ日本人には裏表があるのか?
なぜ日本人は曖昧なのか?
なぜ日本人は周りの顔色ばかりうかがうのか?
なぜ日本人はすぐに人に甘えるのか?

すいません、できそそこないの西洋人でと、恐縮するばかり。

482 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:36:38.48 0
胸を張って言いましょうよ。
日本人は歴史上初めて民族単位で空観を身につけた民族なんだぞ!
日本人の基本は無我として慈悲にある。
我が、我がと必死な西洋人と同じにしないでほしいと。

裏表があるのではない。
世間を安泰に運用するために、
無我の私と、我の私を使い分ける高等なテクニックだ。
敬語を見れば、いかに難解かわかるだろう。

483 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:37:38.22 0
僕に言わせれば、ネットもマスコミも「日本人であることとは」みたいなことを
探すのに必死ですよ

単純に世間の受けが良いだけなのか
それとも、そうしなければもたない理由でもあるのか

失笑もんですわ

484 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:38:18.78 0
まあ、実は西洋人の方が日本人の高度さはわかってるんだけどね。
逆に日本人自身が記憶喪失してる。
だから西洋人に言われても気づくことが多く。

485 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:38:56.51 0
日本人の心を捉えていないね

西洋人は何故駆け引きをしたがるのか?
韓国人は何故すぐ怒るのか?
中国人は何故信用ならないのか?
ブラジル人は何故怠け者なのか?

日本人にとって世間は日本だけなので異界の住人が理解できずに不思議がる

これが日本人の主観だ

似非日本マニアの波平さんは肝心の日本人の気持ちが考察出来てないね

486 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:39:11.24 0
>>483
まあ、評価は自らを知ってからするんだな(笑)

487 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:39:58.35 0
>>485
反論になってないことはわかる?

488 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:40:58.29 0
なってるよ
その証拠に日本人はガラパゴス商品を作って売れないと不思議がっている

489 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:42:00.54 0
西洋人は何故駆け引きをしたがるのか?
韓国人は何故すぐ怒るのか?
中国人は何故信用ならないのか?
ブラジル人は何故怠け者なのか?

日本人は可も無く不可も無く普通だよな。
と言うのが、記憶喪失の日本人だよね。

いやいや、それ以上に日本人は変わってるよ!と

490 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:42:53.59 0
日本民族が総体として誇るべき何かを仮に持っていたとしても
それで日本に住む無能な個人の気持ちを楽にさせようなんて
なんだか姑息ですよね

491 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:44:44.93 0
>>486
なみへいさん、貴方も自分を少し客観的に評価した方がいい
ポンコツ日本人なんだから

492 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:45:00.68 0
波平さんが大好きなトヨタもガラパゴスFCVを断念してEVに舵を取ったからね

日本人の本質は世間の外への不理解
いつまでたっても精神は鎖国状態なんですよ

493 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:45:21.86 0
>>488
そういうこと。
ルーツを知れば、なぜ日本人が勤勉で、改善好きで、
資本主義で成功したか?
やりすぎてガラバゴス化するかわかる。

まあ、日本人はガラバゴスだとは、日本人しか言わないんだけどね。
自虐ネタだよね。
海外からは、日本製品は優秀しか言われないんだけどね(笑)

494 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:46:49.48 0
いや、なみへいさんの日本語を見る限り
日本人だとは信じられませんけどね

495 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:46:50.17 0
>>490
個人の気持ちを楽になんかさせてませんよ。
空観には、メリット、デメリットあるので。
それを知って上手く活用しようという話。

496 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:49:18.54 0
なみへいさんは、また仏教をおもちゃにして貶めようと
そういう魂胆ですね

497 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:52:17.34 0
僕は日本の資本主義はさほど成功していないと思っています
国民数の上でGDPは高くても一人当りでは高くないですからね

こんな所でもガラパゴスな価値観が生まれて優れていると信じこまされています

日本でのアメリカのニュースの多さに比べて
アメリカでの日本のニュースの少なさ

498 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 17:54:10.68 0
>>495
気持ちよくさせるから日本人論みたいなものが流行るのですよ

499 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:56:05.93 0
>>497
日本人が資本主義で成功してない?
たとえば?

500 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 17:59:38.74 0
こんな安全で豊かな国に住みながら、
成功してないとは、個人的な悩みでも?

501 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:01:35.72 0
先ずはベンチャーの成功例の少なさ
個人経営の難しさと投資環境の不整備
結果古い体質の企業が出資する社内ベンチャー
銀行マン・証券マンがアイデアを持つ人間を雇い入れたりアイデアを盗んで企業する風習

502 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:01:48.06 0
自虐的なのは日本人の特徴ですが、
これも無我、空観から来てますね。
この世界は諸行無常、
我々を疑い変化し続けなけらばならない。

503 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:04:18.17 0
>>501
ベンチャー企業ねぇ
いろいろ理由はありますが、
大企業系列中心で上手くやってるわけで、
単にやり方の違いでは?
アメリカはトランプ投票のように貧困が大変なことになってますね。

504 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:06:50.36 0
これは民主化の過程に根ざす問題
或いは仏教の中の儒教的倫理観が抑えつける真の民主化への抵抗力

505 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:07:45.43 0
>銀行マン・証券マンがアイデアを持つ人間を雇い入れたりアイデアを盗んで企業する風習

(笑)

506 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:09:11.20 0
武士道の忠が未だに美徳として崇めるようにプロパガンダを流している事からもわかるように民主化も資本主義も旧態然とした国家システムに強く統制されている

507 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:09:33.07 0
>>505
三木谷なんか代表例

508 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:10:46.71 0
なんだこの波平語が飛び交う茶番は

509 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:17:51.34 0
>>506
だから???

510 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:23:30.45 0
>>509
つまり人材登用や進出が妨げられていると言っている

511 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:23:56.34 0
>>507
あそ(笑)

512 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:26:50.64 0
>>510
格差は小さい方だから貧富の差じゃないとすると
学歴社会ってこと?
縁故とか?
なんの話?

513 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:27:48.75 0
西洋が正しくて、日本は西洋的ではないと言ってるだけのような話ばっかだな

514 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:35:24.44 0
違う
忠臣蔵を悪徳とそて捉える事こそが民主化への道だ

515 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:36:54.25 0
あと日本人が西洋的ではないという視点で語っていない
日本人は世間(日本以外の世界)知らずだと言っている

516 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:39:28.62 0
日本がそれなりに裕福だったのはアメリカのお陰だ
そして今日本がズルズル落ちているのはアメリカが弱くなったからではない
アメリカに日本が飽きられたから

517 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:45:52.79 0
正直なところ日本の生産性の悪さは何が原因だろうか?
商品価値がないと見るのが妥当なん

518 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:46:08.32 0
>>516
アメリカ至上主義?
たまにいるけどね

519 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:48:31.48 0
>>518
そういうわけでもない
単に輸出先としてアメリカが突出していた時期の日本と中国や東南アジア中心に輸出を増やしてからの日本の凋落ぶりを比べた結果

単に得意先が良かったから日本の景気が良かっただけかなと

520 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:50:49.96 0
>>517
貨幣価値がしてない価値が多いいんだよ。
特にサービス業の生産性が悪いんだけど。
おもてなしとか、代金を超えてサービスするから。
まさに仏教的だよね。

日本にはGDPにカウントされない富が流通してるから、
生産性が悪いと言われながら、豊かなんだよ。

521 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:52:52.83 0
>>519
別に日本凋落してないけど。
欧米とかの方が大変でしょ。

522 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:56:19.44 0
それは誤魔化し
他所の国を知らないからでしょ

アメリカの下流老人の暮らしぶりは豪勢だ

523 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:57:22.35 0
>>522
弱者救済の国だからね。
だから???

524 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:57:25.41 0
>>521
欧って具体的にどの国?

525 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 18:58:02.57 0
>>523
日本よち圧倒的に豊か(大笑

526 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 18:59:27.13 0
>>524
EU

527 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 19:00:30.46 0
曖昧にして誤魔化さないキリスト教に国教変えたほうが良い気がしてきた(笑

豊かさとしておもてなしとか言われても食えないしね

528 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 19:02:32.13 0
>>526
舐めてる????👊

529 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 19:18:56.94 0
ふう
宗教戦争に勝った!

イエスはブッダより強い事が証明された

530 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 19:23:27.56 0
>>525
弱者救済の国だから、働けない人、老人への救済は手厚いんだよ。
民間寄金も充実してる。
でも働ける中流下流は貧困になって、
トランプ指示になったわけ

531 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 19:29:52.12 0
アメリカはキリスト教の弱者救済。

日本人の慈悲は、弱者救済ではない。
大乗仏教だから、みんなで助け合って幸せになろう。
特に日本では職分仏行論、職は仏行だからみんなそれぞれ世間のために懸命に働いて、豊かになろう。
だから格差が小さい。

532 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 19:38:55.15 0
キリスト教は絶対神対個人だから
他人とは関係ない個人の信仰心、神への忠誠心が重要

大乗仏教では、みんなで助け合い無我による解脱を目指す

533 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 19:41:04.22 0
おや?
日本の貧困は食うにも困るんですが
みんなではなく金持ちには良い国が日本

日本も中流が薄くなってるしやっぱりキリスト的なシステムの方が全体で見たら幸せじゃない(笑

534 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 19:43:21.51 0
じゃあ武士道云々のくだりは?
日本の仏教は儒教や武士道に神道まで習合させたオリジナルなんでしょ

そこにはシステムに従順であり上位者に対する服従も織り込まれている

535 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 19:43:59.89 0
日本も自由主義なんだけど、
キリスト教圏みたいに
個人の競争社会にならない。
仏教が基本だから
みんなでがんばろうになる。
その結果が大企業系列の護送船団体制。
これがベストかはわからないけど。

財閥は明治維新後の政府の政商優遇の殖産政策から来てるから
でもなんだかんだ言って、先進国では格差が小さい国になってるから

536 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 19:47:01.92 0
>>534
>そこにはシステムに従順であり上位者に対する服従も織り込まれている

これは儒教的だけど、
日本の場合は、仏教が基本だから、
システム、上位者の向こうには、世間がある。

世間のみなさんのために互いに頑張ろうという公平せいがある。
だから格差は小さい。

537 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 19:52:51.94 0
世俗馬鹿は完全消滅したのか(笑)

538 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 19:56:52.75 0
だからキリスト教圏も日本も一長一短あるわけ
問題は、なんでも西洋の価値基準で良し悪しを決めるのは違うということ。
そして結果的に日本人はまあまあいい感じで来てるね、ということ。

539 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 20:01:24.70 0
それでも俺はウヨクが憎い

540 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 20:02:25.03 0
寺の坊主に痛っては私怨もあって皆殺しにしたい

541 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 20:30:17.19 0
>>538
なんじゃそらw

542 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 20:40:11.24 0
>>532
> 大乗仏教では、みんなで助け合い無我による解脱を目指す
キミは誰かと一緒に無我になったことや解脱をしたことがあるのかい?

543 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 21:06:20.88 0
>>542
日本人は仏教の影響で、無我を近づくことをよしとする、
清らかであるとする。
それは成仏するためだろうけど、
無我による解脱なんてほんとに人間に可能なのかね。
そもそも日本人は興味があるのかな

544 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 21:10:50.53 0
無我、慈悲、空観、清い

545 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 21:30:14.71 0
日本民衆仏教思想

546 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 21:31:34.45 0
>>543
キミは自分で経験したこともなく知りもしない、無我や解脱を説明して回っている。
それが間違いの元なのでは?

547 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 21:32:00.52 0
「みんなで無我になる」+「無我によって清く命を差し出す」

これでは集団催眠自殺だ。

548 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 21:56:50.06 0
>>470
これも誤読。
「世界を空なりと観ぜよ」は
「空を観ぜよ」ということだ。

キミは、空ではなく、社会や世間や経済や国家や国民性に注目してしまっている。

549 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 22:00:01.61 0
ブッダは形而上的な問題を扱うことを避けた。

「毒矢のたとえ」(長尾雅人『バラモン教典 原始仏典』)より

“世界は永遠であるとか、世界は永遠ではないとか、
 世界は有限であるとか、世界は無限であるとか、
 魂と身体は同一なものであるとか、魂と身体は別個なものであるとか、
 人は死後存在するとか、人は死後存在しないとか…(略)、

 これらのさまざまな考え方を世尊はわたしに説かれなかった。”

それは何故か?

“たとえばある人が厚く毒を塗った矢で射抜かれたとしよう。
 彼の友人同僚や血縁の者らが内科医や外科医に手当てさせたとしよう。

 彼がもし、
 わたしを射た人は王族であるか、婆羅門であるか
 農商工業者であるか、奴婢であるかが知られないあいだは、
 わたしはこの矢を抜くことはしない、というとしたら、

 また彼がもし、
 わたしを射た人の名はこれこれであり、姓はこれこれであると知られないあいだは…、
 わたしを射た人は長身か短身か中くらいかが知られないあいだは…、
 わたしを射た人は黒いか褐色か金色の肌をしているかがしられないあいだは…、
 (略)
 わたしを射た弓は普通の弓であるか弩であるかが知られないあいだは…、
 弦はアッカ草でつくったものかサンタ草でつくったものか(略)が知られないあいだは…、
 矢は普通の矢であるかクラッパであるか(略)が知られないあいだは、
 わたしはこの矢を抜くことはしない、というとしたら、

 マールンキャープッタ、その人がそれを知らないうちに、その人は死期を迎えることになるだろう。”

550 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 22:02:28.21 0
仏教は自己の内心を観察するために体系づけられたもので、
社会を観察するものではない。
むしろ、ブッダはそういう外界の一々に囚われるなということを言っている。

551 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 22:13:11.54 0
>>546
無我をゼロイチで考えてるのかな
仏はキリスト教の絶対神ではないんだよ。
人間が修行により仏になる。
この努力するところが大切。

参照 >>457

正確には、日本人は無我を倫理として、
目指しているということ。
これが分からないと仏教はわからないよ。

552 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 22:13:20.24 0
>>547
???

553 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 22:13:54.37 0
>>548
それは>>467に言ってくれ(笑)

554 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 22:18:42.29 0
相変わらずのピンぼけぶりで
安心しました

555 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/05(木) 22:19:00.45 0
日本人の世間は、無我、慈悲を理想とする倫理圏ということ。
だから日本人がみな無我の境地に、すなわち仏であるわけではない。

自由主義では、経済的合理性が倫理とされるが、
みんな経済的合理性を達成しているわけではない。

556 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 22:36:38.79 0
売り手よし買い手よし世間よしが日本の経済倫理

557 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 22:56:32.60 0
無我って自分を0にすることじゃない
それは人それぞれ我は違うのだから
悟る事は皆違う。人はどうしても2択なんだこの2択には光と闇があって
答えは4つとなる。これを複数積み重ねて答えを出す
それを人生と重ね合わせてもう一度思考する
人生と重ねてたら自然と重ねて思考する
すると明確な答えが2つ存在する。
人として生きるか野生として生きるか
好きな方を選べばいい。純粋に人として生きるか
野性的に縛られず生きるのか
どちらも無我だ

558 :考える名無しさん:2017/01/05(木) 23:03:01.73 0
うまくできるだけ分かりやすく説明しないとな
人として生きるのであれば
社会システムの一旦として働き税金を納めて
国を守るために尽力して死んでいく。ここに一つも
金銭的な我を持ってはいけない。より多く自分がもらうより
社会全体に行き渡らせる。これが無我だ
野性的に生きる人であれば武器を手にして野性動物と対等な立場で
命に固執せず生きていく。これも無我だ
死ぬことを恐れないが2つとも大前提

559 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 00:10:49.62 0
>>556
そう。
この世間よしが、慈悲ですね。

560 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 00:16:00.94 0
>>532
> 大乗仏教では、みんなで助け合い無我による解脱を目指す
>>555
> 日本人の世間は、無我、慈悲を理想とする倫理圏ということ。
国教でもないんだから、一括りにしないでくれる?

561 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 00:16:34.18 0
>>555-558
こんなきれい事が言いたかっただけ?

562 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 00:35:16.70 0
ユートピア的な経済モデルの話がしたいのか、現実のリアルな経済を前提にしているのか?

563 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 00:43:04.16 0
ユートピアと言うよりまやかし
サービス残業を慈悲と言い換えてるだけ
更にサービス残業を省いた効率面からみても日本企業の効率の悪さがある

つまり波平の慈悲で説明がついていない
と言うことは慈悲とは無能な社員を許して雇っている企業の優しさであり甘えと言える

564 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 00:45:01.93 0
この程度の経済モデル、高校の政経でよくない?
解脱とか、神仏儒の融合した心学とかいる?

565 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 00:48:03.70 0
キリスト教経済やイスラム経済に対する仏教経済の優位性というのは、
どういった指標や数字を元に導かれたのか?

566 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 00:51:13.92 0
これは役に立つ?

世界の一人当たりの名目GDP(2015年)

1 ルクセンブルク 102,717 
2 スイス 80,603 
3 ノルウェー 74,598 
4 マカオ 71,394 
5 カタール 68,940 1
6 アイルランド 61,206 
7 米国 56,084 
8 シンガポール 52,888 1
9 デンマーク 52,139 
10 オーストラリア 51,181 
11 アイスランド 50,277 
12 スウェーデン 50,050 1
13 サンマリノ 49,615 1
14 オランダ 44,323 
15 イギリス 43,902 
16 オーストリア 43,414 
17 カナダ 43,280 
18 フィンランド 42,414 1
19 香港 42,295 
20 ドイツ 40,952 
21 ベルギー 40,529 
22 アラブ首長国連邦 38,650 1
23 フランス 37,653 
24 ニュージーランド 37,066 
25 イスラエル 35,743 
26 日本 32,479 

567 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 00:55:20.66 0
この前そのGDPのランキンギを元に話した
別スレで波平も部分的な敗北認めてるし

568 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 00:57:16.11 0
悲しいことにニュージーランドの羊飼いにすら社畜ザムライは負けているんだよね

569 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 01:05:19.16 0
>>567
ありがとう

570 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 01:32:33.35 0
無我から解脱に繋がる理屈は死への納得にあるんだと思う
元々人が幸せになりたいと願い快楽を求めたり苦しみから逃げるのは
人生を謳歌することでその終焉に納得する為なんだけど
その方法では生への執着を生み出し逆に苦しみを倍増することに繋がる
諸行無常諸法無我から人生は世間への善となる因果の一部と受け入れることで
入滅しても善因という仏性となり成仏することができるという理屈で
無我から死に納得しバラモンの輪廻転生から解脱し涅槃となる
この輪廻転生からの解脱涅槃は諸行無常諸法無我に心を向かわせる為の方便だと考えられる
輪廻転生に希望を抱く側からは逆に神秘的な夢を奪われる教えだったので
今度は革新的な新興宗教である般若波羅蜜多教をはじめとする大乗仏教が人気を集める様になった
日本人はバカばっかりだったのでさらに革新となる浄土真宗が人気を集めた

571 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 01:52:58.31 0
>>560
宗教の話ではなく、日本人の慣習の話。

572 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 01:55:52.01 0
無我=空=慣習

573 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 01:56:11.83 0
>>567
結局、貨幣経済と同じ規模の非貨幣経済がある。
GDPというのは、貨幣経済だけの話という説明を理解できなかったようだな。

574 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 01:57:31.85 0
>>572
???

575 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 01:57:48.37 0
違うの?

576 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 01:57:52.30 0
日本人の

577 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 01:58:15.08 0
>>575
意味がわからない

578 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 01:59:31.91 0
>>573
ではその貨幣以外の仮想通貨「慈悲」を数値化してくれ

579 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:01:45.34 0
>>573
1慈悲のレートは$1当たり何慈悲ですか?
そうして国民総JIHIはお幾ら?

580 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:03:16.24 0
>>578
たとえば主婦労働はGDPにカウントされない。

581 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:05:14.12 0
つまり妻が家政婦やベビシッターの市場を奪っていると?

582 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:05:20.89 0
たとえばおもてなしは貨幣価値に還元されない価値を生む。
それはGDPにカウントされない。

583 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:06:19.38 0
>>581
なんの話?
国の富はGDPだけでは測れないということ。

584 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:07:19.41 0
そうか
たしかに配偶者は風俗嬢の市場も奪っているな

585 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:08:03.14 0
おもてなしは付加価値として計上できるだろう

586 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:09:43.71 0
>>583
だって労働なんだし主婦が労働を放棄すればそれを代わりにやる人間が必要になるだろう
それが数字か出来ないという事はない
全くない

587 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:09:48.58 0
西洋ではサービスは商品だ。
すなわち貨幣価値化されて、GDPにカウントされる。

日本では、サービスはただの意味があるように、
貨幣価値に還元されない価値を生む。
おもてなし文化。

このおもてなし文化は、無我、慈悲の慣習からきている。

588 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:10:47.81 0
>>586
数字化できないとは言ってない。
やりたければどうぞ。

589 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:13:13.07 0
日本のサービスは、
互いに貨幣価値以上の価値=親切を与え合っている。
それが儀礼であり、慈悲エコノミーだよ。

近江商人の、世間よし!

590 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:14:12.17 0
慈悲が日本の付加価値というなら数字化しなければ本当に価値があるのかわからないだろう?

591 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:16:53.04 0
日本人が、IT産業を上手く運営できないのは、
IT産業の基本が、セルフサービスによるコストダウン、すなわち安いかわりに不親切、自己責任だからだ。
そもそも日本人はサービス=親切がただなんだから、
コストダウンするものがない。

592 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:17:37.41 0
>>590
頑張ってみれば

593 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:18:44.71 0
親切はただじゃないでしょう
含まれてアノお値段

594 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:28:26.28 0
欧米ではチップが当たり前にあるが
日本で親切の価値は貨幣を介さないで流通していると考えることはできるかも
徳川の統治時代に日本人は清貧の価値観を植え付けられ
お金とは不浄な卑しいものだという考え方が定着した
善行ではない稼ぎ方をしたお金は悪銭として、
世の為にさっさと泡銭としてしまうことが良しとされた

595 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:34:12.02 0
だけれども親切に価値があるのなら日本のサービス業はもっと海外でも受けて訪日客も増えて良いはず

それが起きていないという事は慈悲経済とやらの規模は小さいと推測できる

596 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:37:30.09 0
例えばエネルギー資源や鉱物だってそれぞれに相場がある
日本の倫理にサービス業的な付加価値、或いは価値そのものがあるとするならそのレートは想定しても良いだろう

そしてそれが世界の市場において低いレートならば世界に通じる慈悲にサービスを向上するのが筋だ

597 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:38:25.34 0
そうすれば自然とそれは貨幣価値として現れるだろう

598 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:39:18.12 0
>>595
だから爆買いに来てるじゃん。
日本人の親切な製品を求めてるわけ。

599 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:40:28.34 0
一般の企業においてサービスの良さはリピート率として現れる

600 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:41:08.91 0
>>596
なぜ貨幣価値がする必要がある。
プレゼントに値札をつけて渡すようなものだ。

慈悲はみなで助けあうことなんだから
貨幣価値化しないことに、価値がある。

601 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 02:41:29.95 0
>>598
リピート率の低い現象で既に去年は下降している

602 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:43:52.14 0
なぜプレゼントに値札をつけて渡さないのか。
考えなさい。

603 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:44:43.44 0
>>601
だから???

604 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:46:01.81 0
要するに慈悲はGDPにのることを避けることに価値がある。

605 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 02:47:28.77 0
お金で買えるものなんて大してないということ。
これが空だよ。

606 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 03:17:26.19 0
白々しい嘘を吐くな

607 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 04:22:51.46 0
空は金も入るけど
仕事.対人.恋愛.親子、食べ物
こう言うもの捨てれるかってはなしでもある
まぁー普通は無理だ。人が生きるのに虚しく感じたとき
空に入りやすい。空に入るなら1人で入らなければならない
下手な宗教入るなんてもってのほか
人の力つかって得た物など全く意味がない
君達がもし空に入りかけなら私はやめなさいと言うよ
入って人生の喜びを捨てるのと。盛大に楽しんだ人なら
楽しんだ人の方が良い。もし苦しいのなら拠点をうつすといい
苦しむ所で暮らす理由はない

608 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 04:24:45.06 0
無我と空は違う。無我は周りを見ることだ
我があれば周りが見えなくなる

609 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 07:51:04.64 0
まあ、プレゼントは慈悲ではなく、贈与だが。
贈与は、贈与と返礼の交換経済。
ここで金額を明確にしないのが儀礼だ。
あなたにプレゼントする。
催促はしないがいつか見返りを期待するという
暗黙の信頼関係が生まれる。
そこで金額を明確にすると、信頼関係ではなく、
お金だけの関係という契約に近くなり、
信頼がそこなわれて失礼だ。我を

慈悲は、贈与の一種だが、
相手が特定されない不特定者への贈与だ。
だから返礼は期待できない、見返りのない贈与。
我のもの!という欲を滅する空観へ近づく波羅蜜。

不特定者に与える慈悲をみんなでおこなえば、
回りまわって返ってくるかもしれない。
そうして世間全体が良くなる。
世間よし!

貨幣価値化するのは慈悲ではない。
みかえりなくただ与えるのだから、
貨幣価値化かすれば、慈悲でなくなる。

610 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 08:23:17.29 0
エコノミーとちゃうやん

611 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/06(金) 08:46:35.61 0
>>610
エコノミーやん。

612 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 08:57:19.58 0
うんこエコノミーやん
むしろうんこもエコノミーやん

613 :考える名無しさん:2017/01/06(金) 09:59:05.53 0
うんこノミー

614 :考える名無しさん:2017/01/07(土) 22:50:23.78 0
哲学板にずっといて今更マルセル・モースに感化されたのか

615 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/08(日) 03:31:23.56 0
>>614
カール・ポランニーは?

616 :考える名無しさん:2017/01/09(月) 18:17:12.52 0
『対話を超えて:キリスト教と仏教の相互変革の展望』
ジョン・B・カブ・Jr.(1985)

ホワイトヘッド哲学を媒介とした、キリスト教神学と仏教思想の邂逅。

・涅槃の西洋的解釈
・神と空
・空としての究極的実在
・キリストとしての阿弥陀 ほか

617 :考える名無しさん:2017/01/12(木) 21:46:28.96 0
カール・バルト『教会教義学 神の言葉U/2 神の啓示<下>』

バルトは、法然(浄土宗開祖)と親鸞(浄土真宗開祖)を「日本的プロテスタント主義」と呼び、
詳細に分析している。(p261-269)

・法然(源空)と親鸞について

“「悪人さえも生命に入ることが許される。まして善人にとってどうしてそれが不可能なはずがあろうか」という源空の言葉を、
親鸞はきわめて特徴的な仕方で逆転させた、「善人ですら生命にはいるとすれば、どうして悪人が生命にはいらぬはずがあろうか」。”

・禅宗について

“人間の力によって、換言すれば、より高い道徳性、神秘的な沈潜、瞑想的な知”を通して救われることを目指した形態は、
尊敬に値し、それ自身正しいものであるが、一般の民衆には困難である。

・浄土宗について

法然は、より容易な救済を目指し、西方浄土の主であり最高の人格神である神性(Gottheit)「阿弥陀仏」を信仰の中心に置いた。
この点について、ネストリウス派の伝道との関連性にも言及している。

618 :考える名無しさん:2017/01/12(木) 21:47:40.22 0
親鸞とキリスト教との比較の大本はこれだろう

619 :考える名無しさん:2017/01/12(木) 22:05:07.10 O
>>618
負け犬は惨めだね

620 :考える名無しさん:2017/01/12(木) 22:12:44.78 0
寂しいのかよ

621 :考える名無しさん:2017/01/12(木) 23:26:09.73 0
『パウロ・親鸞・イエス・禅』 八木誠一 (1983)

622 :考える名無しさん:2017/01/12(木) 23:32:19.64 0
初めてこのスレにきたけど、

頭の悪そうな奴が小難しい言葉を振り回しているなあー

623 :考える名無しさん:2017/01/12(木) 23:50:54.09 0
>>609
話を整理すると、
純粋贈与が成立するのは宗教。
それを交換が前提である経済に取り入れたことに矛盾がある。

> だから返礼は期待できない、見返りのない贈与。
数値化される見返りは期待しないとしておきながら、

> 回りまわって返ってくるかもしれない。
> そうして世間全体が良くなる。
数値化されないフィードバックを期待してしまっていることもおかしい。

624 :考える名無しさん:2017/01/12(木) 23:55:32.19 0
「無我」や「解脱」という言葉の本来について知りたいのなら、
原始仏典を読むといいだろう。
様々なケースのものが説明されている。

625 :考える名無しさん:2017/01/12(木) 23:56:12.05 0
大乗仏教的な視点から、あらゆるレベルの様々な状態の無我や解脱を肯定する意見があったが、
これは間違い。

戒律や慣習と照らして、良いものと悪いものがあるし、
「無我」と「無私」の混同があったり、「忘我(ecstasy)」に近いものがあった様に、
質の違いも問われる。

626 :考える名無しさん:2017/01/12(木) 23:57:08.22 0
野生的な無我という話も疑問。
野生の思考では評価されるだろうが、
仏教では、本能のままにあることは戒められる。

627 :考える名無しさん:2017/01/13(金) 00:00:45.24 0
波平の言う慈悲とは資本家の欲望と言い換えて良いだろう

628 :考える名無しさん:2017/01/13(金) 00:23:00.87 0
仏典は、大きく原始仏典と大乗仏典に分けられる。

629 :考える名無しさん:2017/01/13(金) 00:23:36.01 0
原始仏典関連

・中村元訳、岩波文庫

『ブッダのことば(スッタニパータ)』
『ブッダの真理のことば・感興のことば(ダンマパダ・ウダーナヴァルガ)』
『仏弟子の告白(テーラガーター)』
『尼僧の告白(テーリーガーター)』
『ブッダ神々との対話(サンユッタ・ニカーヤ 1)』
『ブッダ悪魔との対話(サンユッタ・ニカーヤ 2)』
『ブッダ最後の旅(大パリニッバーナ経)』

・増谷文雄訳、ちくま学芸文庫

『阿含経典 1』
『阿含経典 2』
『阿含経典 3』

ブッダが布教初期に説いた、最も平易かつ主要な教え。

630 :考える名無しさん:2017/01/13(金) 00:23:53.66 0
大乗仏典関連

・中村元、東京書籍

『現代語訳大乗仏典 1 般若経典』
『現代語訳大乗仏典 2 法華経』
『現代語訳大乗仏典 3 維摩経・勝鬘経』
『現代語訳大乗仏典 4 浄土経典』
『現代語訳大乗仏典 5 華厳経・楞伽経』
『現代語訳大乗仏典 6 密教経典・他』
『現代語訳大乗仏典 7 論書・他』

抄訳と解説。

631 :考える名無しさん:2017/01/13(金) 00:24:21.19 0
仏教思想解説

・塚本善隆編、角川文庫ソフィア

『仏教の思想 1 知恵と慈悲 <ブッダ>』 梅原猛、増谷文雄
『仏教の思想 2 存在の分析 <アビダルマ>』 上山春平、桜部健
『仏教の思想 3 空の論理 <中観>』 梶山雄一、上山春平
『仏教の思想 4 認識と超越 <唯識>』 上山春平、服部正明
『仏教の思想 5 絶対の真理 <天台>』 田村芳朗、 梅原猛
『仏教の思想 6 無限の世界観 <華厳>』 鎌田茂雄、上山春平
『仏教の思想 7 無の探求 <中国禅>』 柳田聖山、 梅原猛
『仏教の思想 8 不安と欣求 <中国浄土>』 塚本善隆
『仏教の思想 9 生命の海 <空海>』 宮坂宥勝、梅原猛
『仏教の思想 10 絶望と歓喜 <親鸞>』 増谷文雄、梅原猛
『仏教の思想 11 古仏のまねび <道元>』高崎直道、梅原猛
『仏教の思想 12 永遠のいのち <日蓮>』 塚本 善隆

・集英社

『仏教を読む 一切は空 <般若心経・金剛般若経>』 平田精耕 
『仏教を読む 宇宙観を開く <華厳経>』 松原哲明
『仏教を読む こころの開眼 <仏語仏戒>』 松原泰道
『仏教を読む 自在に生きる <涅槃経>』 平川彰
『仏教を読む 捨ててこそ得る <浄土三部経>』 花山勝友 
『仏教を読む 生とはなにか <阿含経>』 金岡秀友
『仏教を読む 沈黙の教え <維摩経>』 鎌田茂雄
『仏教を読む ほんとうの道 <法華経>』 中村瑞隆
『仏教を読む 迷いを超える <法句経>』 松原泰道

主に解説。

632 :考える名無しさん:2017/01/13(金) 00:26:10.64 0
あとは、近くのお寺を調べて、
座禅会や写経教室にでも行くとか。

禅定は身体的なものだから、本やネットから知るには無理がある。
人から人へと教えられるほかない。

633 :考える名無しさん:2017/01/13(金) 00:26:39.76 0
浄土宗の考えは釈迦が布教を不要と考えた理由と一致するのではないか
布教しなくとも同じ空として一体なのであり救うも救わないもないということ
それが正だとしてもコモンセンスのから見る救いも同時に向き合おうというのが
大乗の考える菩薩道の様に思うが
悟りの空の状態は老子の上善は水の如しに近いので
大乗の菩薩道と空の慈悲の概念は水と濁り水の関係だと考えられる
濁りとは、布教活動であり
釈迦も結局は方便を用いてサンガを形成した
大乗は観音菩薩や空の拡張解釈という神秘性を方便として用いた
神秘性という概念はオカルトと同じ様に苦い薬へのオブラートや
砂糖コーティングの役割を果たす
方便という概念は唯一無二の真理という意味を含むので信仰の役割を果たす

634 :考える名無しさん:2017/01/13(金) 01:14:04.97 0
青木『他者の倫理学』は、現代思想の本であるにも関わらず、
原始仏教から大乗〜親鸞までの仏教史を通観している。
今時の仏教というのは、あらゆる時代や地域の仏教の総体として
理解されなければならないのだと思う。

635 :考える名無しさん:2017/01/13(金) 01:19:13.83 0
短時間で仏教の雰囲気を知りたいという人は、
>>629の「原始仏典・中村訳」を数冊でも読むのがいいかな。
専門知識がなくても読むことが出来る。

636 :考える名無しさん:2017/01/13(金) 11:02:55.32 O
・空海はものすごい能力を持った思想家だが、宗教的な才能だけは全くゼロの俗物
それはよいことでもわるいことでもない
世俗に飲み込まれず世俗に対立し独立するから人を救える宗教の真髄とは徹底的に無縁な俗人
裏ではどれだけ世俗に権力に癒着して汚い事を行ってても構わないが根本的なところで世俗から自由じゃなければそれは宗教ではない
空海は全くそういう発想のないピュアすぎた正直者
悪いことでもなく宗教とは無縁だったというだけ
・戒律で出家で世俗から独立し対立し自律性を持つから、仏教は宗教は世俗だけでは満たされない人間の困難を克服し人を救える
面倒臭い人間の真実に至れる
日本はその世俗を差別する心がなくどこまで行っても宗教として仏教は独立せず戒律は出家は世俗に対立できず日本仏教は仏教としては成立せずに死産した
その原因は突き詰めれば戒律を日本に導入した鑑真
仏教の戒律の本質、差別する心を教えなかった、仏作って魂入れなかった
・仏教は悟りを隠す、役に立たない事を隠し誤魔化し欺瞞することで成り立つ
その欺瞞を突き詰めることで悟りとは大変なことだ、
我々凡夫や修行者は悟りなんか全く役に立たず答えなんか得られない現実を受け入れ裏側から救われる
救われないということで救われる
仏教はこけおどしでありその修行体系は中身はなく空っぽだがこけおどしを突き詰める無限の努力の果てに莫大な人を救った偉大な教え
釈迦は世界史的偉大な詐欺師
偉大な宗教家は漏れなくそうだが
・輪廻転生は仏教の根本的論理であり、根本教理であり、仏教そのものだ
個々の苦しみなら苦行や死ねば解決する、その場逃れの対処療法でも一向に構わない
それでは救われない無明、苦しみを逃れられなくする輪廻転生に伴うカルマ、根源的生存欲が存在する
だから仏教は苦行を否定するし、唯物論ではない
仏教はそれらを発見したから成立した
カルマ、根源的生存欲、苦しみを逃れられなくし、輪廻して永遠に続いていく無明
それをあると同時にないものとして克服せねばならずそこに仏教は成立した
仏教の成立と輪廻転生は同じことである

637 :考える名無しさん:2017/01/13(金) 23:50:48.85 O
世界一偉大な宗教は葬式仏教
冗談抜きにこれは本当
宗教家がホントに偉大で他の模範になり人生の師であり
頭が上がらない状態ほどおぞましい悪夢は存在しないわけで、
そんな状況では死から目を逸らしいい加減に生きる
我々の現実が否定される、我々の本質が否定される
生きることが辛くなり人間疎外も極まる
死から目を逸らし、思い思いに答えを出して、その中で
いくらかは正しいこともやってのける
そういう現実が本当に宗教家が何らかの答えを出してしまうなら
否定される
答えがないことが答えの我々の本質が否定される

葬式だけやって金だけふんだくって全く何の影響も持たない
誰もお坊さんを尊敬していない今の日本は宗教的には一つの理想郷

638 :考える名無しさん:2017/01/14(土) 22:41:22.98 0
オウムみたいに同じことしか言えないこいつには何の才能も備わってなさそうだ

639 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 03:04:57.58 0
>>623
お前狼って知ってるか?少し動物の生態
本気で調べた方がいい
テレビ番組だけで知ったかぶりしてたら恥さらすぞ
狼ってのは無制限に増えない常に数は一定化されてる
不思議だと思わんか?生態系の頂点にいるのにその下が全滅しないんだ
なんで?動物はほとんど1年で生態として成熟するよね
毎日食べる。生態系の頂点なら数が増えてもいいよね
でも増えないんだ。何故?これには明確な答えがあるよ
つまりお前の脳みそは動物以下の知能ってことだよ

640 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 07:12:53.20 O
>>638
何か気にさわる?悔しいの?惨めだね

641 :第三の波平 ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/15(日) 09:59:01.70 0
結局、中世の荘園など大組織の農業から、
近世って、自立した家制度と、その家が集まった村自治制度への変革の時代、

葬式仏教は、自立した家が系譜をつなぐ家系を守るために、先祖供養としてに広まった訳だけど、
徳川幕府は、家制度を統治するために利用した。

檀家制によって、全員を寺院の檀家に組みこんで管理する。
そして寺院は、民衆を監視する機関として機能する。

それとともに、家と寺院が結びつくことで、
寺院は村の教育機関、情報機関、相談所、娯楽センターなど、村の総合文化センターのように機能する。
お坊さんは村の権威者となる。

そして、江戸時代の庶民の世界観は、仏教一色になる。
極楽、地獄、慈悲・・・

この頃に日本人に根付いた世界観は、いまも日本人の中に根付いている。
いまの日本人の基本はここに始まった。

いまの日本人は葬式は仏式だというだけではなくて、
たとえば勤勉、特に職に対する勤勉さ、これは仏教から来ている。
世の為に勤勉に職を全うすることが仏行である。
金儲けは賤しいことであるが、仏行における勤勉な職は清い。

642 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 10:42:43.54 0
そして慈悲とはTENGAであり、
先週、TENGAが抜けず救急搬送された波平氏は慈悲の体現者である

ということですね。

よくわかりました。

643 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 11:00:10.01 0
TENGA応報な

644 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 16:07:47.64 0
>>641
勤勉さと言うが従順さの間違いだろう
言いつけを守ると言った言葉の通り言霊に縛られるのが日本の倫理
言葉で語らず察するが故に言葉に出せば縛られる

良く外国人留学生が言うのが日本の大学生は不真面目な人が多過ぎると

対してアメリカやイギリスに留学した日本人は現地の学生のモチベーションの高さに驚く
皆が卒業後の目標を持って全力で学んでいる事に

日本の学生の学力は高校までは高いが大学に入ると一気に落ち込む

645 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 16:11:01.11 0
日本の大学生の学力の低さは世界大学ランキングを見れば明らかだ

646 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 16:13:52.28 0
当然、学生に問題があるのでは無く学校教育の在り方
もっと言えば日本の倫理に致命的で閉鎖的なものが組み込まれているからだ

日本が世界の全てであって、海の向こうの世界と隔絶している

647 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 16:15:42.93 0
これも仏教の自己の世界に閉じこもり悟りを得ると言う宗教の在り方の影響も強いだろう

648 :第三の波平 ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/15(日) 18:37:25.05 0
>>644
日本人の大学生が勉強をしないのは、日本人のライフサイクルに関係する。
子供の時から良い大学を目指して勉強をする。
そして大学を出て会社に入ると、定年まで勤勉に働く。
だから大学時代は人生の休憩時間として、許される文化がある。

そもそも日本人は子供に甘いと言われる。
西洋では、子供頃から自立させるように、親と一緒に寝させるようなことはしない。
日本人は、子供に自立を求めるよりも、子供同士で自由に遊ばせたり、
大人と一緒にいて、集団生活を自然と学ぶことを進める。

そして就職したとき、たとえば昔ならば丁稚奉公に出されるなど、
そこで厳しく作法を覚える。

ようするに子供は、職の勤勉さの世界にいつかは入っていく、それが大人になることで、
それまでには、自由にさせる。
だから現代でも、大学生は最後の子供時代として、遊ぶことが許される。

649 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 18:51:01.88 0
その結果がこれ

日本は優れていると根拠のない言葉を信じ続ける

650 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 18:52:17.34 0
>>647
参考にした調査とかあるの?

651 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 18:55:31.53 0
世界大学ランキング
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/世界大学ランキング

652 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 18:56:15.33 0
後は日経の記事中心

653 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 18:58:23.86 0
>>647の根拠は?ソースは?

654 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 18:59:48.96 0
日本の大学生はモチベーションが低い 留学生が驚く

このワードでググって
信用のおけそうなソースが山の様に出てくるから

655 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 19:04:27.19 0
>>647の根拠は?ソースは?
宗教とIQとかいう話でもあるの?

656 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 19:07:49.73 0
http://www.japantimes.co.jp/opinion/2012/01/15/reader-mail/lack-of-motivation-for-studying/#.WHtJqnfCM4Y
こういう記事とかか

657 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 19:08:34.05 0
何を聞きたいかわからんが後は自分で考えて自分の結論を出して。

禅とは自問自答してセルフ止揚する姿勢でしょ。

658 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 19:24:47.78 0
>>653
>>655
だめじゃん、自分で考えよう

659 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 23:09:45.48 0
>>658
第三者にも共有できる様な
資料にあたろう

660 :考える名無しさん:2017/01/15(日) 23:30:18.41 0
色受想行識の五蘊、眼耳鼻舌身意色声香味触法の十二処に十八界、
無明行識名色六処触受愛取有生老死の十二支縁起によって諸行無常、諸法無我を渡り歩くことで人は我想うと感じ、そこに心があると思っているのでは?

661 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/16(月) 08:32:20.43 0
>>651
日本の企業は自前主義が強い。
自ら研究機関を持ち研究開発を進める。
優秀な学生も企業の研究機関へ就職する。

日本の大学は、おのずとレベルが低下して、
社会的な重要性も低くなる。

662 :考える名無しさん:2017/01/16(月) 15:42:44.18 0
3者から知識得たところでそれが悟りと思ってる時点で
ナンセンスだわ。悩み事を他人に相談して解決するか?
ほとんどが自分で消化してるだろ
わかってない奴にわかってない知識入れられても
それは他人の価値観であり自分の価値観ではない
この価値観は大きくわけて2ある。計算による論理的思考と
行動学心理学による論理的思考。この2つは両方正解で両方間違いでもある
だからブッタは俗世と縁きれっていってるのよ
関わるなってね。関わるから苦しむと言ってるの

663 :考える名無しさん:2017/01/16(月) 15:46:01.20 0
>>661
違うんだよwレベルの低下はゴールにあるの
勉強していい大学入って就職がゴールで
一生安泰と教えるから低下するのよ
だってゴールついたら上の命令聞いてたらいいんだから
そりゃ低下するよ。自分が無いんだから。その矛盾に耐えられないから
やめるんだよ

664 :考える名無しさん:2017/01/16(月) 22:13:30.66 0
>>663
大学どうとかより
結局、国としてのレベルで考えればいいだろう。

665 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 00:41:36.61 0
>>664
個人別GDP26位ですな
しかし大学ランキングの知の順位と言っていいだろう
東大でやっと34位

うわぁ……
東大生じゃないけど
うわぁ……

666 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 00:42:14.05 0
日本はもう終わっていたんだ……

悲しい

667 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 00:44:23.02 0
>>665
GDPの話は散々したが

668 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 00:46:02.97 0
アジアですらシンガポール・中国・香港に負けてる……

香港が中国枠じゃないのがミソだが負けてる
韓国にはギリギリで勝ってるが東大の後ろにぴったりくっついてる

うわぁ……

669 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 00:46:15.57 0
■ なぜ日本の一人あたりのGDPは低いのか。

なぜ日本の一人あたりのGDPは低いのか。貨幣価値化がしてない価値が多いんだよ。特に
サービス業の生産性が悪いんだけど。おもてなしとか、代金を超えてサービスするから。ま
さに仏教的だよね。日本にはGDPにカウントされない富が流通してるから、生産性が悪い
と言われながら、豊かなんだよ。

貨幣経済と同じ規模の非貨幣経済がある。GDPというのは、貨幣経済だけの話という説明
を理解できなかったようだな。たとえば主婦労働はGDPにカウントされない。たとえばお
もてなしは貨幣価値に還元されない価値を生む。それはGDPにカウントされない。

西洋ではサービスは商品だ。すなわち貨幣価値化されて、GDPにカウントされる。日本で
は、サービスはただの意味があるように、貨幣価値に還元されない価値を生む。おもてなし
文化。このおもてなし文化は、無我、慈悲の慣習からきている。

日本のサービスは、互いに貨幣価値以上の価値=親切を与え合っている。それが儀礼であり、
慈悲エコノミーだよ。近江商人の、世間よし!

日本人が、IT産業を上手く運営できないのは、IT産業の基本が、セルフサービスによるコ
ストダウン、すなわち安いかわりに不親切、自己責任だからだ。そもそも日本人はサービス
=親切がただなんだから、コストダウンするものがない。

670 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 00:46:59.29 0
>>667
終わってるって結論だったんでしょ?

671 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 00:47:02.72 0
>>
一人当たりGDPがイタリア並みでも日本経済は素晴らしい
塚崎公義 (久留米大学商学部教授)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7677?layout=b

イタリアというと、「ローマ帝国の歴史は素晴らしいが、今の経済は低迷している」、という
イメージが強いのですが、なんと2014年の一人当たり名目GDPは、日本とほとんど同じなのです。
夏のバカンスを充分楽しみ、それ以外の時も「難しい顔をせずに」働いているイタリア人と、
いつでも難しい顔で働いている日本人の年間GDPが同じだなんて、兎小屋に住むワーカホ
リック(日本のサラリーマンを指す昔の流行語。狭い家に住む働き中毒という意味)には、
到底受け入れ難い統計です。
しかし実際には、日本人とイタリア人の豊かさは異なりますので、過度に悲観する必要はあ
りません。今回は、日本とイタリアの経済の差について、考えてみましょう。
はじめに、現在の日本人はイタリア人よりも豊かに暮らしているので、カリカリしなくても
大丈夫、という話をしましょう。第一に、為替レートの話、第二に、品質の比較の話です。
2014年は、円安ユーロ高でした。その時の為替レートで換算すると日本とイタリアの一人
当たり名目GDPが同じだったという事は、その後に円高ユーロ安が進んでいることを考え
ると、今の為替レートで換算すると、一人当たり名目GDPは日本の方が遥かに大きい、と
いう事になります。このように、為替レートが動くと「一人当たり名目GDPの国際比較」
が大きく変化するので、注意が必要なのですが、そのあたりの話は別の機会に譲りましょう。
いまひとつ、「日本人とイタリア人が同じものを使っている」という場合に、品質をどう比
較するのか、という問題があります。たとえば日本の電車は非常に正確に動いています。5
分遅れると社内放送でお詫びが流れます。そんな国はどこにも無いでしょう。少なくとも、
イタリアは絶対に違います。その違いを無視して、「イタリアでも日本でも一人の乗客を100
キロメートル運んでいるから同じGDPだ」といった計算をする事が問題なのです。
豊かさという点では、電車が定時運行している国の方が豊かでしょう。その分がGDPの計
算には織り込まれていないのです。
<<

672 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 00:47:41.58 0
>>
日本が過剰品質なのは、確かなようだが……

電車を定時運行するためのコストは、おそらく非常に大きいでしょう。たとえば、何かあっ
た時のために交代要因が各駅に待機しているかもしれません。簡単な故障なら自分で修理
できるように全員が講習を受けているかもしれません。
「30分までなら遅れても良い」ということだと、交代要因や修理工が30分以内に到着すれ
ば良いですから、もしかすると会社全体の仕事量が1割減るかも知れません。そうだとす
ると、日本の鉄道はイタリアの鉄道より、1割多いサービスを提供しているということにな
るはずです。その分だけ日本のGDPが大きくなっても良いのでしょうが、実際のGDP統計
にはその違いは反映されていないのです。
「5分遅れるとお詫びするのは過剰サービスだ。30分までの遅れは認める代わりに、運賃
を10%引き下げるべきだ(あるいは鉄道職員は1割早く帰宅すべきだ)」というのは簡単で
すが、問題は消費者が正確性を求めていることです。
「頻繁に30分遅れるが10%安い鉄道会社」と「滅多に遅れないが料金が高い鉄道会社」が
あったとすると、イタリア人消費者は前者を、日本人消費者は後者を選ぶのでしょう。だか
ら、両国で異なるサービスが提供されているのでしょう。
なにしろ、製造業の世界でも、「日本の消費者は世界一うるさい。うるさい消費者に鍛えら
れたから日本製品は故障しにくいと世界で評判なのだ」と言われているくらいですから。
<<

673 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 00:48:09.97 0
>>
バブル後の長期低迷は、日本人の勤勉と倹約の結果

バブル崩壊後の日本経済は、長期にわたって低迷を続けました。日本人がサボっていたなら
諦めもつきますが、なんと「真面目に働いたので大量の物が作られ、倹約したので物が売れ
残り、不況になった」のです。アリがキリギリスに負けたような、悔しい話です。詳しくは
末尾に御紹介した拙稿を御覧下さい。
不況になれば、企業は物を作らないので、GDPは増えません。新しい工場も建ちません。
企業が人を雇わないので、失業した人は消費をしません。つまり、物が売れないと、廻り廻
って一層物が売れなくなる、という悪循環が20年以上も続いて来たわけです。
作った物が1割売れ残るのであれば、日本人が働く時間を1割減らしてバカンスに行けば
良いのですが、働き中毒たちは、そうは考えませんでした。「こんなに働いても貧しいのだ
から、もっと働こう」と考えたのです。ここは、イタリア人に学んでも良かったのかも知れません。
しかし、悪いことばかりではありません。少子高齢化が進んだので、団塊の世代が定年退職
したのです。「人口の10分の1が定年になり、毎日が日曜日になった」ので、「国民全員が
年の1割をバカンスで過ごす」のと同じことが起きたわけです。
<<

674 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 00:52:33.39 0
>>669
でも波平さん
他の国にもそういった日本人には気付けない価値はあるんじゃないの?

アメリカだと爺ちゃん婆ちゃんが重い荷物持って困ってると助けるのが普通みたいだよ

日本人って割と見て見ぬ振りだよね
タバコを止め始めたのも早いし

無宗教なのが馴染まない人もいっぱいいるよ

日本人にとって価値がなくてもそれぞれの国にもその国の人達には価値がある行為は存在するんじゃないの

675 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 12:16:50.86 0
>>674
西洋では、電車で、老人や妊婦などに席を譲るのは当たり前。
それに比べて、日本人はそういうことができない。
シルバーシートなんかは日本人独特ではないでしょうか。

676 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 12:22:30.53 0
キリスト教は弱者救済が徹底しています。
社会福祉活動に参加するのは市民の義務です。
金持ちは必ず福祉団体寄付をします。
自ら財団を持つことも多く、弱者を支える社会基盤になっています。
だからアメリカの中間層の崩壊と言われていますが、
中間層が自由競争にさらされて厳しくても、
貧困層の救済は手厚いです。
だから老後も安心です。

677 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 12:29:17.12 0
キリスト教の弱者救済がこんな感じてわかりやすいのに対して、
日本の仏教から来る慈悲は複雑です。
まず仏教では一切皆苦なので、みんなが弱者です。
だから慈悲は弱者救済ではなく、弱者も強者へ慈悲を施すこともあります。
みなが横並びなので、さらに繊細なのは、助けられることが恥であるとなります。
弱者であっても自己努力が強く求められます。

電車で席を譲るにしても、このような複雑な関係が生まれます。譲って相手に失礼でないか、周りからかっこつけていると思われないか。
様々な場面でこの慈悲の複雑さは、日本人の人間関係を複雑にしています。

678 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 12:34:28.66 0
日本人の慈悲が、特に江戸時代以降有効に働いてきたのが、
職分主義です。
みながそれぞれ自分の仕事を世のために懸命にやれることで、世の中が豊かになる。
それが慈悲である。
1対1よりも、絶えず世間のために開かれることで、
慈悲はやりやすくなります。

日本人の勤勉さは江戸時代から広まったとも言われますが、その思想は、金儲けが目的なら卑しい。しかし世の中のためであること、それで金儲けは清らかになる。それが勤勉さだ。

679 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 12:37:02.07 0
結局、現代もこの複雑さを継承しています。
老人や妊婦に席を譲るのは苦手だ。
だからシルバーシートなんて義務化してもらえると助かる。
でも日本人の本当の慈悲は、清潔で快適で、時刻に正確な、電車でそのもののおもてなしにある。

680 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 12:41:06.17 0
またその話むしかえしてんのか

681 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 12:48:00.19 0
あかん?

682 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 12:51:19.79 0
ひねって

683 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 17:35:08.68 0
>>
慈悲 中村元 講談社学術文庫 ISBN:4062920220

慈悲は他者に対してのみあらわれるものであるから、その具体的な顕現のすがたは他人に対して何ものかを与えるということになる。
「檀(dana 与うること)は慈相たり、よく一切を救ふ。」しかし他人のために何ものかを与え奉仕するということも、空の精神にもとづいて行われなければならない。
したがって、ときには慈悲と施与とが殆んど同義に解せられていることがある。
後代の仏教においては、他人に対する奉仕に関して「三輪清浄」ということを強調する。
奉仕する主体(能施)と奉仕を受ける客体(所施)と奉仕の手段となるもの(施物)と、この三者はともに空であらねばならぬ。とどこおりがあってはならぬ。(心地観経)
もしも「おれがあの人にこのことをしてやったんだ」という思いがあるならば、それは慈悲心よりでたものではない。
真実の慈悲はかかる思いを捨てなければならぬ。かくしてこそ奉仕の精神が純粋清浄となるのである。P128-129
<<

684 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 17:54:03.70 0
日本人のめんどくさはこの清らかさへのフェティシズムにある。
他者を助けるときにサクッとやればいいんだが、
これが清らかとなる。
助ける見返りを求める、あるいはおれかっこいい!となってんじゃないか。
周りの目が恥ずかしい。
だからシルバーシートなんて作って、これは義務だからやってんだよ、と言い訳を求める。
めんどくさー

685 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 18:00:35.67 0
日本人の善人のステレオタイプに、人助けをして名乗らずに消えると言うのがある。
まさに慈悲的だ。
名乗らず消えるというのは、見返りを求めない。
助けられた人に恥を欠かせないという、
清らかな人助けだ。

別に名乗ってもいいし、消えなくてもいいだろうに、
周りから見返りを求めていると思われるのをよしとしない。

686 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 18:16:54.45 0
あたりまえですよ

687 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 18:17:48.81 0
日本人のこの清らかさへのフェティシズムがとこから来たのかは、難しい。
もともとは日本は川の国だ。
溜まる池や沼とは違う、また海とは違う雨が山で浄化され流れる清らかな川は飲み水から食糧源として大切だろう。
古くは、縄文時代から特別であってもおかしくない。

さらには日本書紀には、日本土着の畑の土の文化と、弥生時代に伝来した水田稲作の水の文化の対比があり、
いまの天皇に連なる神々は水の文化であり、清らかであることが神の特性の大きなものとなる。
清らかさは現代の神道までつながる。

さらには仏教の伝来は日本人の清らかさ進めたと言われる。
仏教も先の三輪清浄で上げたように清らかさの文化がある。
これを受け入れるとともに、神道は仏教よりも清いという、現代の神社とお寺の差異に見られるような、神道は陽、仏教は陰という日本人独特の対比を生み出した。

688 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 18:20:29.75 0
日本人は善悪より、清い汚いを重視する。
これは同じようで違う。
汚い善、清い悪もありえる。

689 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 18:22:03.22 0
エビアンの人間は清らかなのか

690 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 18:22:57.69 0
汚い善はそもそも善なのか

691 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 18:26:50.03 0
だから2ちゃんねる発祥?の
やらない善よりやる偽善、はなかなか深い。

これが日本人的なのは、
やらない清い善より、やる汚い善、という意味で、

日本人への清らかさへのフェティシズムを反ばくになっている。
日本人は人助けをナイーブであり、腰が重いことを揶揄している。
偽善でもいいから、つべこべ言わずにお年寄りに席をゆずろうや。

692 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 18:28:34.06 0
清らかさにこだわってお前は武士か!(笑)

と言うわけだ。

693 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 18:30:59.81 0
水に流す
滝に打たれる

川は清らかさの象徴でで、神聖な場所だ

694 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 18:38:44.43 0
日本人が無宗教であるというのも、
何ものにも染まらない清らかさか
そして神道は宗教ではない
日本人としての清らかさだ。

この論理は明治に近代化による信仰の自由をうたいながら、
国民を国家神道へ向かわせた原理だ。

695 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 18:38:59.66 0
偽金は金なのか

696 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 18:54:40.34 0
>>
私がこの神話(日本書紀)でもっとも重視するところは 、高天原の主宰神とされる天照大 (御 )神が 、高天原でみずから 「営田 」した 「水田種子 」 (稲 )を天降る 「天孫 」に「神授 」し 、
粟 ・稗 ・麦 ・豆の 「陸田種子 」をこの世に生きている民の食物とする認識にもとづいて位置づけている点である 。
神話構成上の認識としては 、水稲は支配者層の文化を象徴し 、粟 ・稗 ・麦 ・豆などの 「陸田種子 」は被支配者層の文化としてシンボライズされている 。
弥生時代以降 、稲作を中心とするマツリは支配者層においてまずひろがり 、
水稲耕作の拡大によって 、民衆生活においても重要な意味あいをもつようになるが 、民衆の間にあっては 、粟や麦など焼畑耕作にうかがわれるような非稲作の文化のくらしを営んでいた 。

私の日本古代史(上)―天皇とは何ものか――縄文から倭の五王まで― 上田正昭 新潮選書 [Kindle版]  ASIN:B00D3WJ5NK
<<

697 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 19:02:47.30 0
黍だとか稗もだな
谷地田なんかも平地の租税に納める田んぼなんかとは違う扱いだったみたいだしな。

698 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 20:42:07.29 0
>>685
> 見返りを求めない
西洋にもアガペー「無償の愛」があるよね?

699 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 21:33:57.78 0
>>698
神の無償の愛は宗教では珍しくない。
無償の愛の中で慈悲の特徴が三輪清浄>>683にある。

たとえば突然1億送られてきたら?
なにか裏があるんじゃないか、怖くなる。
これは贈与と返礼の関係で、
人は贈与されると負債を感じて返礼をする。

仏教にそもそも神はいないので、
慈悲も人の行為。
すると、与える人はただ無償の愛を与えるだけでなく、受け取る側の不安まで考慮して、
慈悲になる。
それが三輪清浄。

すなわち慈悲は単なる無償の愛ではなく、
人が神にできるだけ近い無償の愛を与えるようになるための技術であって、
すなわち空観に至るための修行。

700 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 21:38:26.35 0
だから慈悲は3段階ある。

>>
慈悲 中村元 講談社学術文庫 ISBN:4062920220

大乗仏教の思想体系の理論的建設者であるナーガールジュナは、慈悲に三種類あることを認め、無縁の慈悲の究極者的性格を明らかにしていう。
・・・恐らく現実の社会において、多くの個人と個人とが対立している場面を意識しつつ慈悲を及ぼすことが「衆生を縁とする慈悲」であり、
個人存在或いはそれを関連がある諸種の物を個別的な要素に分析して、それらは独立な実体でないと思って、執着を去って他人に何らかの物を与えて奉仕すること、すなわち小乗仏教における慈悲行、が「法を縁とする慈悲」であり、
諸法実相である空(=如来)を観じて行う慈悲が「無縁の慈悲」なのであろう。P112-116
<<

701 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 21:56:46.75 0
キリスト教圏では、弱者救済は一つの意識的な行為だろうけど、
日本人の慈悲は、慣習に埋め込まれた無意識の集団的な行為。
西洋人はこんなものを、弱者救済、無償の愛とは呼ばないよね。

>>
布施 ふせ ほどこす

人のために惜しみなく何か善いことをする。善行には有形と無形のものがあります。有形のものを財施といいます。お金や品物などを施す場合です。

無形のものは、
● 知識や教えなどの法施
● 明るく優しい顔で接する眼施・顔施
● 温かい言葉をかける言施
● 恐怖心を取り除き穏やかな心を与える無畏施
● 何かをお手伝いする身施
● 善い行いをほめる心施
● 場所を提供する座施・舍施、などがあります。
施しは、施す者、施しを受ける者、施すもの、すべてが清らかでなければいけません。
欲張りのない心での行いを施しといいます。あえて善行として行うとか、返礼を期待してはいけません。
また受ける側もそれ以上を望んだり、くり返されることを期待してはいけません。

やさしい仏教入門 http://tobifudo.jp/newmon/etc/rokuhara.html
<<

702 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 23:29:28.39 0
>>699
> 神の無償の愛は宗教では珍しくない。
アガペー(無償の愛)は神の愛だけでなく、
人間相互の愛とも説明がなされているだろ。

“『隣人を自分のように愛しなさい。』 ”(マタイ22:39)

の愛も、テサロニケ1:3に出てくる「愛の労苦」もアガペー。

パウロは、テサロニケ人の愛の特色を、他のために労苦する愛と表現した。

703 :考える名無しさん:2017/01/17(火) 23:35:27.69 0
>>699-700
ブッダは何と言っている?

704 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/17(火) 23:59:57.48 0
>>703
日本に伝わったのは大乗仏教だから

705 :考える名無しさん:2017/01/18(水) 00:39:01.95 0
>>704
大乗仏教が幅を利かせたというだけで、
奈良時代には漢訳の原始仏典も伝わっているよ。

706 :考える名無しさん:2017/01/18(水) 00:42:09.72 0
>>704
キミが使っている"エコノミー"という言葉は、何文明に由来するものかな?
江戸時代にも使われていた?

707 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 07:53:47.63 0
>>705
だから???

708 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 07:55:33.42 0
>>706
言葉の由来に関係なく、
経済のない社会はないと思うけど
原始社会でも、集団生活には経済がある

709 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 08:03:08.73 0
慈悲は、互酬(贈与と返礼)の一種ですね。

>>
wiki カールポランニー

人間は自分と自然との間の制度化された相互作用により生活し、自然環境と仲間たちに依存する。この過程が経済だとした。
また、経済は社会の中に埋め込まれており、経済的機能として意識されないことがあると主張した。

経済過程に秩序を与え、社会を統合するパターンとして、互酬、再配分、交換の3つをあげる。
互酬は義務としての贈与関係や相互扶助関係。
再配分は権力の中心に対する義務的支払いと中心からの払い戻し。
交換は市場における財の移動である。
<<

710 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 08:24:38.22 0
>>702
歴史的に言えば、

共同体は、助け合いの互酬と、権力者への税の再配分により、作られる。
そして共同体間は争いが起こる。
共同体間の争いに疲れたところに、
そこにキリスト教にしろ、仏教にしろ世界宗教の、無償の愛思想が生まれるんだと思う。

助け合いの互酬を共同体の外、隣人に広げなさい。
釈迦の慈悲も、生きとし生けるものまで広げられる。

711 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 08:28:57.08 0
大乗仏教は釈迦の理念の高さから、
共同体内の庶民の身近な救済に回帰する。
生きとし生けるものという無縁の慈悲はあまりに神の領域すぎる。
衆生を縁とする慈悲から始めよう。

712 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 12:55:15.14 0
中村元の仏教哲学

713 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 15:04:29.87 0
なぜ日本は一人あたりのGDPが低くても豊かなのか
日本人は商品の中で祈っている

http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20170118#p1

714 :考える名無しさん:2017/01/18(水) 17:31:22.40 0
>>713
物質的には貧しくても精神的に豊かって事なのかな
これはマスコミの手柄と言えるね
インターネット全盛に時代に未だ言語の壁が情報を制限しているとも言えるけど

715 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 17:53:12.16 0
>>714
いやいや全部物質の話

716 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 17:57:25.95 0
日本人の慈悲エコノミーとは、日本全体で、情報や知や労働等を都合しあう。
このような日本丸の推進の中では、多くの犠牲も生まれる。
たとえば世の中のために、さらには勤勉という美徳の下に、安価な賃金で働かされることは、
これは左的には明らかな搾取だろうが、右としては日本丸が沈没すれば皆が沈む。
奉仕である。
たとえば最近問題になっているサービス残業は、当然の習慣だっただろう。
現代は経営側がサービス残業の削減を望んでいるということから、サービス残業を単純に搾取の形態と簡単にいうことはできない。
このような非貨幣経済は日本丸推進の大きな力になってきた。

717 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 18:19:32.64 0
サービス残業とは、仕事を時間ではかる考え方だ。
これは一つの指標でしかない。
日本人の勤勉さが慈悲に根を持つなら、
時間で計ることは難しい。
さらに日本人の仕事が個人仕事より集団的な活動面が大きければ
なおさらそこには集団の団結など様々な面が含まれている。
確かに、尺度が不明確になると、利用される面も強くなる。
しかしサービス残業が幸福な時代はあったのだ。

現代、経営者側がサービス残業を止めされる理由は、
それが仕事の効率化の低下につながるだろう。
決まった時間内に無駄なく働き多くの結果を出すことがベストだろう。
サービス残業が曖昧だと、通常の労働時間の仕事もゆるくなる。

経営者側としては、人件費高騰の中で、少ない人員で、決まった時間内に無駄なく働いてもらうことがベストなのだ。
労働者を労働力としてしっかり時間管理する方が、変化の早い現代では、管理、そして作り替えやすいのだ。

718 :考える名無しさん:2017/01/18(水) 18:29:23.38 0
ただ、人手不足だとは指摘されているけどね。
人員を極力少なくしたいというわけでも必ずしもなかろう。

719 :考える名無しさん:2017/01/18(水) 18:35:03.97 0
https://youtu.be/quIHgwuF6r4

720 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 18:45:16.67 0
単に人手不足と言っても、以前とは違う。
高度成長以降の時代は、
終身雇用のように、人は時間ではなく、
人生として雇用されていた。
その人、また、家族が生きていけることを保障した。
給料から福利厚生から
だから育成面も重要だった。
労働者もサービス残業とか細かい時間単位を気にしない。

現代はこのような幸福な時代は終わって、
経営者側はいつでも出し入れできるように、
時間単位で労働力を雇う。

非正規はとくにだろうが、その賃金で
彼らが生きていけるか知らないし、
解雇したあともしらない。

721 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/18(水) 18:51:10.78 0
現代でサービス残業が問題になるのは、
もはや人生を契約する幸福な関係が崩れて、
時間単位でしか保証しないのに、
サービス残業を求めるのは、
搾取でしかないからだ。

電通の場合は、古い会社だし、
人生で雇用する文化が残っていた気もする。
だからなおさら時代に乗り遅れたか。
もはや時代が変わってしまった。
あれだけの会社がいまだにあんなコンプライアンスでやってたのは驚きだ。

722 :考える名無しさん:2017/01/19(木) 19:26:36.27 0
サービス残業に苦言を呈することが、仏教とどう繋がるんだ?

723 :考える名無しさん:2017/01/20(金) 09:03:29.59 0
>>721
あれだけの会社と言っても国内オンリーの会社だからね。
コンプライアンスなんて意識から抜けてる会社だよ。

海外輸出をメインにしている会社と内需向けの企業とでは全く違う。

724 :考える名無しさん:2017/01/20(金) 11:46:41.80 0
http://twitcasting.tv/marketohji
毎年500億円の金を動かす投資会社の社長、ベストセラー本を何冊も出したと豪語しているキャス主 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:f141ee6c8a765bcc8a4ce39517419091)


725 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 07:22:47.48 O
仏教は役に立たない
瞑想で心を保ち戒律を守って生活して煩悩を遠ざけて煩わしいことから逃げ出しても
社会に国家に役立てるわけではなく世俗の問題を解決できるわけでもない
本当なら欲望や煩悩に煩わされながらそれをうまく裁いて解決してこそ偉いのに
それどころではなく逃げ回るのに精一杯で何もできるわけでもない
自分一人の欲望コントロールするのに精一杯の純粋ニート集団
迷惑そのまのの存在
自分は何も作らず何も産み出さず世俗に食わせてもらい生活しているのに

でもだからこそ勿体ぶって隠し続けるからこそ
世俗で頑張っても救われない現実の中で答えは出ないんだ
それでもいいんだ頑張るしかないんだと在家は何となくわかり
修行者達はまるっきり役立たない無為の修行に打ち込み救いはないという
救いを受け入れて生きていける

偉大なる宗教

726 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 07:24:10.83 O
輪廻転生
宮元啓一 インド哲学七つの難問
インドでは因果応報思想に基づく輪廻説が釈迦以前に確立されていた
輪廻説の確立と同時に輪廻からの解脱が思想的に求められていた
輪廻のメカニズムは
欲望→業(善悪の行為)→輪廻(苦)
欲望を滅ぼせば輪廻から脱却できる→苦行や思考停止としての瞑想

釈迦も修行するが瞑想やめれば欲望が出るし、
苦行で苦しみに耐えられる力はついても苦しみを永遠には消せない

輪廻のメカニズムの起点は欲望ではなく、
その下の根本的生存欲(渇愛、無明)である
→釈迦の発見

無明を消すのは知恵、般若である
輪廻転生を起こす根本的生存欲を正しく観察し理解したから目覚めた人、
ブッダとなり解脱して涅槃の境地に入った

明治以降、釈迦ともあろう者が輪廻などという迷信を信じていたはずはない
と仏教の輪廻否定説が時々出てくるが輪廻とその裏返しの解脱のメカニズムがわからない
誤解にすぎない

727 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 07:26:34.43 O
宗教で一番大切なのは差別する心、俺らはお前たちとは違うんだという心
それなしに世俗と対峙し教団を宗教を支え守ることなどできるわけがない
まして、仏教には不可欠なものなんだけど
その肝心な物が骨抜きにされているから日本の仏教は腑抜けになってしまった
差別する心さえ、しっかりしてればどんなに腐敗しても
堕落してもスキャンダル起こしても立ち直れる
海外の仏教はどんなに腐敗してもその根本を忘れない
裏ではどんなに悪辣で腐敗堕落しても自分達がここで生きるしかないの
確信がそこにあるから
日本だけは鑑真以降仏教は完全に死滅した
自分達が世俗とどう違うのか出家がいかに違う人間か
まるで確信がないから
世俗と対立し宗教を特別なものと思い戦い抜くとかできるわけない
自分達が特別な人間なんて思ってないから
こんな見下げ果てた仏教は他に存在しない
差別しない他者を見下げ果てない仏教とか仏教じゃないから
日本の仏教は鑑真により破壊された

728 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 07:27:56.21 O
親鸞は肉食妻帯子供をつくりなから自分は戒律を破るからと言って俗人だというわけでもなく
だからと言って出家でもない
戒律には縛られないしだからと言って俗人でもないと嘯いた
最澄は自分が認めれば戒律を授けられる、あるいは一人で発心すればその日から戒律を授けられた僧侶だとした

戒律の根幹、仏教教団の複数の人間が認めて仏教教団の正式な一員として世俗の人間とは違うものだという加入儀式としての戒律
それとはまるっきり正反対のゲテモノになってしまった
日本の僧侶は俗人と違うんだか違わないんだか
僧侶のコスプレした集団が出家の真似事しているだけ
明治になって政府から言われれば妻帯する
政府に言われたからって妻帯が許されたからって妻帯しなきゃいいだろ
妻帯して家庭持ったら出家じゃないだろ
家庭を捨てるのが出家だろう
意味不明の集団残して今日も何だかわからないコスプレしながら出家の真似事している

729 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 12:13:45.86 0
いつまでオウムみたいに同じこと繰り返してんだ
進歩しないガキ

730 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 13:04:17.89 O
>>729
覚えてるんだ
偉いね、ありがとう

731 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 13:08:32.64 O
仏教自体は全く役に立たないニートのうんこのゴミみたいなものだからこそ莫大な人を救った偉大な宗教なのは動かせないだろ
宗教とはそういうものだ

732 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 13:40:09.56 0
盲亀浮木(もうきふぼく):

志賀直哉の小説の題名にもなった、その確率論的世界観…
「有り難う」の語源とされる

【仏教入門】盲亀浮木のたとえ話
https://youtu.be/hwzWlCSUtwE
[四肢を引っ込める亀を肯定的に見た別の比喩は仏教以前にあった]

         ____浮木(穴が空いている)
    〜〜〜/_〇__/I〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜I〜〜〜〜I〜〜〜〜

  +__  +_
 +/♯#\ /×_)
(ソ♯#♯#Y+/  盲亀(100年に一度浮かび上がる)
 (_)――-(_)′   

____海底____

参考:
『雑阿含経』 『法華経#27』
“ありがとう”は仏教から生まれた言葉|ぴょんたのひまわり日記
http://ameblo.jp/go-go-pyonta/entry-10214506442.html

733 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 14:55:59.19 0
>>727
> 宗教で一番大切なのは差別する心

仏教には「無分別智」というのがあるだろ。

仏教は、差別(しゃべつ)や分別をのない境地を目指すもので、
言語によって差別が見い出されている状態は無明と呼ばれる。

734 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 15:03:17.73 O
>>733
建前なんかどうでも良くて世俗を差別する心がなきゃ出家なんか成立するわけがないだろ
僧侶集団なんかありえないだろ
頭大丈夫かw

735 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 15:06:13.82 O
世俗を差別する心がない仏教とか紛い物の出鱈目だし
そんな性根が腐ったものは許されない
で日本仏教は全てそうだし
だからこそ日本仏教は出鱈目でいい加減で人を救える偉大な教えで不滅の価値を持つわけだが
仏教とは別だよね

736 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 15:14:30.54 O
仏教とは世俗にたかり寄生し食わせてもらうごくつぶしで何の役にも立たない意味のないもので
世俗に寄生するニートであり何の生産もしないゴミでありながら世俗を貶め馬鹿にし差別する偽善者、最低の存在だからこそ
世俗のシステムだけでは満たされない救われない歯車だけでは甲斐のない世俗の人間を救える偉大な教えのわけで
日本仏教はそこらへんが不徹底で曖昧だね

737 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 16:17:58.50 O
仏教が肥溜めで嘘ばっかりなのは、元々人間がそういうものだから
人間の本質を反映しているんだから仕方がない
そうでなければ人は救えない

738 :考える名無しさん:2017/01/21(土) 18:32:36.68 O
キリスト教が巨大な影響を持つのもキリストが無能だったこと、
それが一番大きかったわけで
それに尽きると言っていい
イエスはユダヤ人でイエスの教えはユダヤ教の改革運動の一つだったわけでユダヤ教やその社会体制の変革を試みたわけだけど、
それは大言壮語された本物の大改革になるはずだった
しかし、イエスはあまりにショボすぎた
何も爪痕残さず消去された改革者革命者としては言葉の割りにまるっきり中身のないチンカス以下のみっともなさだった
だからこそ世界を変えてしまったわけで
イエスが有能でその言動が影響力を持ちユダヤ教ユダヤ社会にも影響及ぼしてたとしたら今日、イエスのことを鼻もひっかける奴なんかいない
誰も覚えてなんかいなかったわけで
イエスは無能で言葉の割りに何の力もないゴミ以下だからこそ、
我々、何の力もないゴミ以下の存在がそんなの認めない、イエスには意味があったと捏造しルサンチマンの限りをかき集めたからこそ
ほんとうに世界を変えてしまった
人々はあんなにでかい口を叩いたイエスが無能で何もなせなかった
そんな馬鹿なことがあるはずはないそんなことを認めるわけにはいかない、その熱意が世界を変えた
イエスの教え自体はユダヤ教のしかめっつらしい体制にけちをつける以外に中身はないわけで
イエスに意味がほとんどないからこそほんとうにイエスは意味を持ってしまった
そういう逆説があるわけで
イエス自身は何の力もなかったからこそキリスト教が無限に近い力を持ってしまった

739 :考える名無しさん:2017/01/22(日) 21:31:12.04 O
仏陀はニートな穀潰しで詐欺師
キリストは無能な口だけ男
孔子は政治的敗者で学問という禁欲主義的理想でルサンチマンを塗りかためた男
ソクラテスは死刑に追い込まれたこれまた敗者
マホメットだけが姉さん女房の尻に敷かれて晩年はロリコンの気のいいスケベな親父だが
世界帝国を今まさに実現しようとして快進撃が始まってた空前絶後の英雄
世界的な宗教・思想家としては特殊
普通は駄目だからこそ人は感情移入して奇跡を起こすのだが
マホメットだけはイスラムが四面楚歌のハルマゲドンから勝ち上がることで絶対の信仰を得た

740 :考える名無しさん:2017/01/23(月) 02:01:53.32 0
 ___ _
  ヽo,´-'─ 、 ♪
   r, "~~~~"ヽ
   i. ,'ノレノレ!レ〉 ☆ 衆議院と参議院のそれぞれで、改憲議員が3分の2を超えております。☆
 __ '!从.゚ ヮ゚ノル  総務省の、『憲法改正国民投票法』、でググって見てください。
 ゝン〈(つY_i(つ 日本国憲法改正の国民投票を実施しましょう。お願い致します。☆
  `,.く,§_,_,ゝ,
   ~i_ンイノ

741 :考える名無しさん:2017/01/26(木) 01:11:53.68 O
ユダヤ教はハルマゲドンに負けた宗教
ユダヤ戦争に負けて期待をしなくなった
世界の関係がご破算になってみたいな夢は見ない
リアリズムが原点、老成
エルサレムを得て自分たちの国を得たことでリアリズムが壊れて
将来的に再びエルサレムを失うハルマゲドンに負ける可能性があるが
キリスト教はハルマゲドンを待ち望む宗教
ロマンチシズム、全てぶっ壊れろのガキ
ユダヤ戦争でユダヤ国家が滅ぼされるのをざまぁみろと見たことが
そしてこういう戦争が起こって自分たちが救われろが幼児体験
ユダヤ教にユダヤの中ではおんだされ肩身が狭かったのが
戦争でユダヤ教自体が没落したのを自分は何もせず見ていた
イスラム教はハルマゲドンに勝った宗教
主観的にはハルマゲドンだった
マホメットの頃のアラブ主導派による迫害は
そっから勝ったのが原体験
自分たちが自分たちの力で勝った

ユダヤ教は自分たちの力じゃどうにもならない現実がある
キリスト教は何もせずに敵は滅んでくれる
イスラム教はいつかは自分たちで何とかなると思っている

742 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 07:11:58.74 O
仏教は役に立たない
瞑想で心を保ち戒律を守って生活して煩悩を遠ざけて煩わしいことから逃げ出しても
社会に国家に役立てるわけではなく世俗の問題を解決できるわけでもない
本当なら欲望や煩悩に煩わされながらそれをうまく裁いて解決してこそ偉いのに
それどころではなく逃げ回るのに精一杯で何もできるわけでもない
自分一人の欲望コントロールするのに精一杯の純粋ニート集団
迷惑そのまのの存在
自分は何も作らず何も産み出さず世俗に食わせてもらい生活しているのに

でもだからこそ勿体ぶって隠し続けるからこそ
世俗で頑張っても救われない現実の中で答えは出ないんだ
それでもいいんだ頑張るしかないんだと在家は何となくわかり
修行者達はまるっきり役立たない無為の修行に打ち込み救いはないという
救いを受け入れて生きていける

偉大なる宗教

743 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 07:14:18.91 O
輪廻転生
宮元啓一 インド哲学七つの難問
インドでは因果応報思想に基づく輪廻説が釈迦以前に確立されていた
輪廻説の確立と同時に輪廻からの解脱が思想的に求められていた
輪廻のメカニズムは
欲望→業(善悪の行為)→輪廻(苦)
欲望を滅ぼせば輪廻から脱却できる→苦行や思考停止としての瞑想

釈迦も修行するが瞑想やめれば欲望が出るし、
苦行で苦しみに耐えられる力はついても苦しみを永遠には消せない

輪廻のメカニズムの起点は欲望ではなく、
その下の根本的生存欲(渇愛、無明)である
→釈迦の発見

無明を消すのは知恵、般若である
輪廻転生を起こす根本的生存欲を正しく観察し理解したから目覚めた人、
ブッダとなり解脱して涅槃の境地に入った

明治以降、釈迦ともあろう者が輪廻などという迷信を信じていたはずはない
と仏教の輪廻否定説が時々出てくるが輪廻とその裏返しの解脱のメカニズムがわからない
誤解にすぎない

744 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 07:15:58.93 O
宗教で一番大切なのは差別する心、俺らはお前たちとは違うんだという心
それなしに世俗と対峙し教団を宗教を支え守ることなどできるわけがない
まして、仏教には不可欠なものなんだけど
その肝心な物が骨抜きにされているから日本の仏教は腑抜けになってしまった
差別する心さえ、しっかりしてればどんなに腐敗しても
堕落してもスキャンダル起こしても立ち直れる
海外の仏教はどんなに腐敗してもその根本を忘れない
裏ではどんなに悪辣で腐敗堕落しても自分達がここで生きるしかないの
確信がそこにあるから
日本だけは鑑真以降仏教は完全に死滅した
自分達が世俗とどう違うのか出家がいかに違う人間か
まるで確信がないから
世俗と対立し宗教を特別なものと思い戦い抜くとかできるわけない
自分達が特別な人間なんて思ってないから
こんな見下げ果てた仏教は他に存在しない
差別しない他者を見下げ果てない仏教とか仏教じゃないから
日本の仏教は鑑真により破壊された

745 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 07:17:28.71 O
親鸞は肉食妻帯子供をつくりなから自分は戒律を破るからと言って俗人だというわけでもなく
だからと言って出家でもない
戒律には縛られないしだからと言って俗人でもないと嘯いた
最澄は自分が認めれば戒律を授けられる、あるいは一人で発心すればその日から戒律を授けられた僧侶だとした

戒律の根幹、仏教教団の複数の人間が認めて仏教教団の正式な一員として世俗の人間とは違うものだという加入儀式としての戒律
それとはまるっきり正反対のゲテモノになってしまった
日本の僧侶は俗人と違うんだか違わないんだか
僧侶のコスプレした集団が出家の真似事しているだけ
明治になって政府から言われれば妻帯する
政府に言われたからって妻帯が許されたからって妻帯しなきゃいいだろ
妻帯して家庭持ったら出家じゃないだろ
家庭を捨てるのが出家だろう
意味不明の集団残して今日も何だかわからないコスプレしながら出家の真似事している

746 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 12:09:55.53 0
>>744
仏語の差別(しゃべつ)について教えて下さい。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1317302628

また、人間のみならず、人間と人間以外の動物や植物との間にも差別相は厳然とあり、動物同士の間でも、犬と猫等あら
ゆる差別相が存在します。同じ犬でも、人なつっこい犬もいれば、始終吼えてばかりいる犬がいます。これに対して、仏法
では、その差別相の根底、私たちの命の本来的なあり方は一切が清浄な命(空性)に貫かれており、絶対的に平等である
と説いています。絶対即個別、普遍即差別といえます。

『多様な言語世界の名称』を止滅した境地が、『ウダーナ・ヴァルガ』、『中論』に表された聖者の涅槃の境地です。般若経
では、「清く輝くこころ」と説かれ、すべての存在には、この「清く輝くこころ」である空性が貫流していると説いています。こ
の聖者の涅槃の境地から見ると、すべての存在は、「清く輝くこころ」が貫流するところの存在であり、絶対的に平等である
ことが、聖者により知見されます。

747 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/01/28(土) 12:29:08.03 0
>>746
ようするに、キミは「差別」のない地点に立って、
語っているわけだ。
それって、なに思想?

748 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 16:30:45.18 O
仏教は差別する、世俗におもねりたかり喰わせてもらいながら、
世俗を否定し馬鹿にする二枚舌の卑劣な思想だからこそ
人を救える偉大な思想だろ?
人間自体が世俗にまみれないと生きていけないが世俗だけでも救われない
世俗にたかりつつ世俗を否定しなければとても生きていけない
そういう卑劣な矛盾した存在
差別は全く悪いことではなくむしろなければならない
人間自体がそういう二枚舌の卑劣なものなんだから
宗教もまたそうでないなんて許されない
差別は許せないとか仏教は差別とは関係ないとかちゃんちゃらおかしい

749 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 17:26:58.85 0
>>746
手前勝手な思い込みだけでサンドバッグにし易い仏教観を創作しておいて
その感想や批判を自分で述べていると言うようなバカ相手にしても無駄だよ

750 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 18:42:00.57 O
仏教を褒め称えているのに何が気にさわるんだ
よくわからない
人間がそういう矛盾した存在なんだから仏教も矛盾しなかったら
それこそおかしいだろ
世俗を差別しない仏教なんて見下げ果てた打棄すべき物はない

751 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 18:44:46.66 O
仏教を褒め称えているのに何が気にさわるんだ?
人間が矛盾した存在なんだから仏教も矛盾してなかったら
それこそおかしいだろ
世俗を差別しない仏教とかそんな見下げ果てた打棄すべき物もない
馬鹿じゃね?

752 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 19:03:53.58 0
 

空…………_……………頭上…青
風……_( )_………眉間…黒
火…(     )………胸…赤
水…_\ z /_………臍…白
地(__\_/__)…尿道…黄
「真言者、円壇をまず自体に置け」
(真言の行者よ、自分自身をマンダラとせよ)

753 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 19:11:17.24 O
こういう人間の矛盾や卑劣さとそれ故のかけがえなさを直視せず
仏教を貶めて恥じない奴は何なんだろうな
>>749みたいな破廉恥な奴には仏教への侮辱は止めてもらいたい

754 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 20:25:44.97 0
匿名の中に紛れ込んで多数派のように装う君は確かに卑劣だな
それ故かけがえがない等とは全く思われないだろうが(笑)

755 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 23:02:07.30 0
>>188
十住心論読んだけど期待外れ!特に第四住心までの解釈が滅茶苦茶!

756 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 23:08:19.80 0
>>739
マホメットの孫二人は殺されたがな!本人殺されたイエスに釈迦族皆殺しの仏陀に!ついてないのになぜ人はつきを祈る!

757 :考える名無しさん:2017/01/28(土) 23:38:44.11 O
>>754
でもさ、仏教は働きもしない
完全に喰わせてもらいたかっているくせに救われるのは
自分たち出家者だという卑劣な教えなわけでしょ
その矛盾に何とも思わない?
大乗で衆生を救うって言っても、後回しだわな
そんな矛盾に頬かむりして何も言わずにただ事実を言ってる
人をこき下ろして悲しくない?
仏教が卑劣だという当たり前の事実の指摘に何を怒ってるの?
八つ当たりしているの?
どんだけ品性下劣なの?
恥ずかしくない?

758 :考える名無しさん:2017/01/29(日) 10:57:33.57 O
754みたいな屑はいくら仏教が卑劣な教えとは言え、レベルが低く醜すぎて許せないな
仏教を侮辱しすぎ
偉大な教え、仏教を馬鹿にしすぎ

759 :考える名無しさん:2017/01/29(日) 11:31:34.10 0
>>757
出家したからといって
年柄年中、座禅をしているわけではないよ。

禅定や修行に入るのは、決められた一定期間で、
その他は、寺院の運営もし、日常生活も送る。

760 :考える名無しさん:2017/01/29(日) 14:17:46.69 0
>>757
仏教を馬鹿にしてるのは明らかにオマエですね
あと無用な長文はいらないよ、言いたいことを簡潔に纏められないのは
頭が悪い証拠だから

761 :考える名無しさん:2017/01/30(月) 17:40:47.81 O
>>760
何で単なる事実の指摘が仏教を馬鹿にしてることになるんだ?
仏教はだからこそ偉大だというのに
仏教はニートでしょ、穀潰しでしょ
悟りは役に立たないでしょ
でもだからこそ、世俗で満たされない人々が救われるんでしょ

762 :考える名無しさん:2017/01/30(月) 18:29:42.80 O
760みたいなゴミは何で仏教に対して嘘ついて恥じないんだ?

763 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/02(木) 11:25:08.78 0
>>
近代世界の苛烈な生存競争に勝ち残った二つの国が遠からず武力によって雌雄を決する 。
一方は西洋文明の代表国としてのアメリカである 。もう一方は 『法華経 』の信仰を体現する日本でなければならない 。
これは石原の宗教的確信です 。世界情勢を分析しての評論や学問ではない 。日本がアメリカに勝利して 『法華経 』の約束する理想郷をついに世界にもたらすのだ 。
世界最終戦争に日本が勝ち残ると 、現世はそのまま仏国土に変じて永遠の理想郷と化す 。理想郷にはもう戦争はない 。
だから本当に最終戦争である 。そのためには 「持てる国 」のアメリカに負けぬ国力を日本が持つ必要がある 。
しかし 、そんなことが可能でしょうか 。石原はその方策が知りたくて伊勢神宮に参拝したと言ってよいでしょう 。
「持たざる国 」の日本がなるたけ早くアメリカと拮抗できるほどの 「持てる国 」に変ずるにはどうしたらよいのか 。
伊勢神宮で祈ったら 、日本から飛び出した光が満洲に射し 、その地が輝いたというのです 。
なるほど 、満洲を一大根拠地にすれば 「持てる国 」になれるのか 。石原はそう受け取ったわけでしょう 。

同年夏 、関東軍参謀に任じられ 、秋には旅順に赴任します 。
別に石原本人がそういう人事を希望したのではありません 。陸軍の巨大な組織はいちいち希望を聞いてくれるようには出来ていません 。
たまたまと言うべきでしょう 。石原はそこに超越的なものの導きを感じていたものと思われます 。
伊勢神宮での啓示から一年を経ずして満洲の日本陸軍の中枢に入ったのですから 。石原の計画に基づく満洲事変が起きたのは一九三一年九月一八日です 。
翌三二年三月一日には満洲国が建国されました 。

未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命― 片山杜秀 新潮選書 ASIN:B00ASUXZ6S
<<

764 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/02(木) 16:00:51.15 0
慈悲エコノミーが日本人を優秀民族としてきた。
慈悲エコノミーという過去から今に続く日本人の謎の源泉。
まさに右翼思想である。

しかし慈悲エコノミーは謎でもなんでもない。
文化人類学的な人間原初のエコノミーである贈与交換。
すなわち貸し借りによる共同体の形成に対して、
見返りを求めない贈与としての慈悲。
それが特に江戸時代以降、統治技術もして重視され、
平安の時代を構築してきた。
天下、あるいは世間という想像力の元に、それぞれが自らの職を全うする、慈悲行。

これは、仏教的な無我の思想として、経済則を超えて、宗教的な力を持つ。
すなわち自らの死さえ与える。
そこに生まれる清らかさであり、根源的な救済。

慈悲エコノミーは明治に入り、国家神道と深く結びつく。
国家のため、天皇のため、死さえ捧げる。

765 :考える名無しさん:2017/02/02(木) 16:08:08.54 0
右翼が国民を捧げているだけなのにまるで国民が率先して右翼に奉仕してる様に語るなよ

波平っていつもそういった感違いをの誘発を狙った書き込みするよね

766 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/02(木) 16:15:32.65 0
>>765
国民が率先して右翼に奉仕してるんだよ。

767 :考える名無しさん:2017/02/02(木) 16:28:08.99 0
>>766
ふざけんな!

768 :考える名無しさん:2017/02/02(木) 16:29:43.86 0
何故一揆は起きる
何故自民党は政権を失った

国民は本能として右翼を憎んでいる

769 :考える名無しさん:2017/02/02(木) 17:35:29.52 0
増税オジサンへのヘイトと売名オンナのなぞなのであるィ

770 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/02(木) 17:36:55.53 0
何故革命は起きずに一揆しか起きない
何故自民党政権が長期化する

国民が率先して右翼に奉仕してるんだよ。

771 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/02(木) 18:37:09.37 0
一揆は、政府を転覆する革命とは全く違う。
作法があり、政府に要望を主張する方法。
明治以降、労働者が労働運動など曲がりなりにもサヨ的なことをするのに対して、
農民は半資本家みたいなものなので、むしろファシズムを後押しした。
日本では左翼の夢の中しか革命はなかった。

772 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/02(木) 18:51:37.44 0
日本のファシズムは、軍人がすすめたが、
政治家と財閥の癒着する腐った政治、外国への弱腰の外交に対して、
天皇を中心とした清い政治、新たに維新を起こそうとするもの。
特に世界は帝国主義時代、大日本帝国をいかに発展させていくか。
このような考えは、国民で共有されたものだった。
世界恐慌からの煽りで、貧困に喘ぐ人々を尻目に、潤う財閥と政治家。
それに対して、彼らを狙った軍人のテロは指示されてた。
日清戦争、日露戦争、満州事変と負け知らずの日本は、その先に待ち構える悲惨など想像できず、ファシズムに熱狂する。
実際、悲惨だったのは終戦前三年程度だ。
ミッドウェー海戦以降、追い埋められていき、
玉砕、空襲、原爆、
引き返す地点はあっただろうに、それだけ熱狂しすぎて、やれるに止められなかった。

773 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/02(木) 19:08:39.31 0
日本では仏教は基本的に右翼の源泉だよ。
日本の歴史は仏教により作られてきた、
特に日本では奈良時代の仏教の国家管理から、
江戸時代の寺請け制の幕府体制の保守の役割と。

774 :考える名無しさん:2017/02/02(木) 22:12:43.50 0
日本ファシズムの父北一輝は法華行者でもあり霊告日記を残す!血盟団の井上日召も法華!満州事変を起こした石原かんじも法華信者!右翼の大立て者田中清玄や四元よしたかは禅!保守本流の守り札安岡正篤の兄は高野山管長!

775 :考える名無しさん:2017/02/02(木) 22:18:38.56 0
>>757
そもそも働くのが偉いか!自分も含めて食うために仕方ないからが大半!ほとんど全ての労働者と釈尊とどっちが偉いと聞くとよほど変わり者除いて大抵釈尊だと答えるだろ!

776 :考える名無しさん:2017/02/02(木) 22:20:44.31 0
>>775
しかしその大抵のものは釈尊が何者かを知らないという事実w

ポピュリズムだな

777 :考える名無しさん:2017/02/02(木) 22:27:12.68 O
>>775
別に働くのは偉くないけど働かないで働くものに食わせてもらっている奴がそれより偉いことはないわな
働く人間>>>悟った奴

778 :考える名無しさん:2017/02/02(木) 22:32:03.54 O
でその底辺の仏教徒がいることでそんな卑劣な奴がいてもいいんだと人は救われる、
働くことなんかどうでもいいんだと救われる人がいる
如何に詐欺師釈迦は偉大か計り知れない

779 :運知饅 ◆tC/Apu0cOWTn :2017/02/02(木) 22:58:02.80 0
  
 
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放ら放がらがらがぼがらエズオドットコリ〜モナ〜ワラウム返し数ら放ら放ら放 ,;';,.!レのョョ!
らがぼがらがらがぼがらがらがぼがらがらがぼがらがエズオドットコリ〜モナ〜ぼがぼがぼがらが
数_.!レのョョ!らがぼがらがらがぼがらワラしののりそだかまだのいっつのワラ
放ら放がらがらがぼがらエズオドットコリ〜モナ〜ワラウム返し数ら放ら放ら放 ,;';,.!レのョョ!

780 :運知饅 ◆tC/Apu0cOWTn :2017/02/02(木) 22:58:09.72 0
  
 
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781 :考える名無しさん:2017/02/03(金) 04:51:17.39 0
>>772
日本のファシズムは軍人が始めたこれは間違い
軍人ごときはファシズム化しない。必ず何かの助けがなければ成立しない
これは思想なんだ戦前の日本で情報を出せたものはラジオと新聞
この2つが陸軍を担ぎ上げた。それは日露の勝利という妄想で故意に
謝った記事やニュースを垂れ流したからだ。

782 :考える名無しさん:2017/02/03(金) 14:57:57.80 0
当時の新聞は、好戦的なことを主張しないと支持されなかったからね
新聞法があったからメディアが規制されていたと言うのは嘘で
大正デモクラシーという自由闊達な政治運動や社会活動の時代を経て
新聞紙法は実質的に死文化、表現の自由は守られていた
昭和に入って後の軍国化は大衆が招いたものだ

783 :考える名無しさん:2017/02/03(金) 16:05:40.61 0
さて
民衆の総意なんてものは無い
君に代表される様に愚かで浅はかで無知だ
メディアを媒介して喧伝されるものによって流される
またそのメディアによって記録され残る歴史と時代の空気

全くバカらしい話だ

784 :考える名無しさん:2017/02/03(金) 16:23:04.18 O
なんかもう哲学ではなく社会学の話よねっていう

785 :考える名無しさん:2017/02/03(金) 20:33:20.75 0
総意の意味を多数決のように解釈してる馬鹿に無知呼ばわりされたら世話ないよな(笑)

786 :考える名無しさん:2017/02/03(金) 20:57:57.03 0
現実的にそういう意味で日本の総理が入っている以上はそういう意味で解釈しても問題あるまい

787 :考える名無しさん:2017/02/04(土) 13:59:59.44 0
中江兆民訳、社会契約論(民約訳解)、一般意志=総意

788 :考える名無しさん:2017/02/04(土) 23:58:19.56 0
社会契約論 作田啓一訳 より

1:6
…もし社会契約から、本質的でないものを取り除くなら、次の言葉に帰着するこ
とがわかるだろう。われわれのおのおのは、身体とすべての能力を共同のものと
して、一般意志の最高の指揮のもとに置く。それに応じて、われわれは、団体の
なかでの各構成員を、分割不可能な全体の部分として受け入れる。

2:3
全体意志と一般意志とのあいだには、しばしばかなり相違がある。後者は共同の
利益だけを考慮する。前者は私的な利益にかかわるものであり、特殊意志の
総和にすぎない。しかし、これらの特殊意志から、〔一般意志との距離である〕過不
足分を相殺させて引き去ると、差の総計が残るが、これが一般意志である。*

3:15
ギリシア人にあっては、人民のなすべきことはすべて人民みずからが行なった。
人民はたえず広場で集会した。

4:3
「抽籤による選出が民主政の本性にふさわしい」とモンテスキューは言っている。
これには私も賛成である。


特殊意志×n=全体意志
全体意志−Y=一般意志

789 :考える名無しさん:2017/02/06(月) 03:14:58.78 O
http://plaza.rakuten.co.jp/thisman/

790 :考える名無しさん:2017/02/06(月) 16:55:21.56 0
弥勒菩薩 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/弥勒菩薩

wikiでは下のように記されている。

…弥勒の下生は56億7千万年後とされているが、この気の遠くなる年数は、
弥勒の兜率天での寿命が4000年であり、兜率天の1日は地上の400年に匹敵
するという説から、下生までに4000×400×12×30=5億7600万年かかると
いう計算に由来する。そして、後代になって5億7600万年が56億7000万年に
入れ替わったと考えられている。
     ↓
新説では…

The Calendar of Sumerian Deitiesシュメールの神々と神々のカレンダー・空海とニネベ定数(補足版)
by Hiroshi Hayashi, Japan
https://youtu.be/kDpdPAwBeuc

4000×400×12×29.53125
=5670000000

1nonth=29.53125days

1月の長さを最新科学の値で厳密に計算するとピッタリ合う。(ただし桁がひとつ合わない)


さらにニネヴェ定数にも関係づけられるという。
http://metatron.la.coocan.jp/zone-62/numb030.htm

791 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/06(月) 19:00:23.65 0
よく言われるように、戦争という国の存亡をかけた決定が、現場レベルの判断でどんどん進んでいく。
現場レベルなので、組織の判断で次々に変えられて、
連続性なく、現場は変わっていく。
仮にそこに思想があっても、それが継承されない。

江戸時代の、強烈な統治体制と武士の忠誠を考えると、このような現場レベルの判断などあり得ない。
彼らが自らを昭和維新と呼んだように、
幕末から明治にかけての状況に近い。

継ぎはぎされた中で、合理性を失い国際的に追い込まれていく中で、
最後に残ったのが、無我の精神性だった。
国家のために、国民のために、我を捧げる。
それは究極の贈与という犠牲的な精神性以上に、
自らの救済だった。無我とは仏である。

江戸幕府の統治技術として重視された、職分思想。
士農工商それぞれが職分を全うする。
それが国を極楽とする。
しかし戦いが終わった今、武士の職分とはなにか。
儒教的に、国を統治する職というのはあるだろう。
しかしそんなものはごく一部だ。
下級武士たちは、良くわからない職を与えられて、家職として守っていく。
すると守っていくことそのものが、目的化する。
その退屈を支えるものが本来の武士の誇り。
いざとなれば戦う。
決して戦いなどもうないが、
いつでも死ねるという美学に追い詰められていく。

792 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/06(月) 19:01:48.68 0
昭和維新の軍人たちも、
薩長に独占される権力、そして癒着関係にある財閥に対して、
革命を起こしたかった。

それが、昭和初期の515の首相暗殺、226の官僚、財閥社長暗殺、その他いくつかのクーデター未遂など
そして満州事変の独断

これらは、恐慌や貧困にあえぐ民衆たちの指示を集めていた。
彼らは維新の志士であった。

793 :考える名無しさん:2017/02/06(月) 19:26:31.35 0
>>777
結局働くのが偉いんじゃん。労働価値説とか共産主義者の考え方

794 :考える名無しさん:2017/02/06(月) 19:36:35.28 0
>>792
226のイデオローグ北一輝も血盟団の井上日召も満州事変起こした石原かんじも皆熱心な法華信者

795 :考える名無しさん:2017/02/06(月) 20:29:34.21 O
>>793
ただ飯食いが偉そうなこと言うなよ

796 :考える名無しさん:2017/02/06(月) 21:43:57.16 0
仏教の中観思想と構造主義の関係、唯識思想と現象学の関係。
古典仏教にはみごとに現代思想を先取りした側面がある。

と、青木孝平『「他者」の倫理学』は書いている。なるほどと思った。

797 :考える名無しさん:2017/02/06(月) 21:52:45.68 0
さらに自力聖道門を否定する、親鸞の他力浄土門と
他者を自己の意識に還元するフッサールを批判する、レヴィナスの他者の現前と
マルクスの弁証法的自己発展を否定する、宇野弘蔵の円環の理論体系による外部の証明は
共通する他者の倫理学だというのが、青木の主調だろう。
その原点には、親鸞仏教にもとづく他者の他力による人間救済の思想があるはずだ。

798 :考える名無しさん:2017/02/06(月) 22:50:05.96 0
>>795
大した収入もなく大して社会貢献もせず大して税金も払ってないのに限ってそういう(笑)

799 :考える名無しさん:2017/02/07(火) 04:37:09.70 O
>>798
ただ飯食いの仏教よりはマシ

800 :考える名無しさん:2017/02/07(火) 09:29:55.61 0
>>799
仏教は2500年に渡り数え切れない人々を救ってきた。自分一人救い兼ねてる一労働者ごときと比べるのもおこがましいが

801 :考える名無しさん:2017/02/07(火) 12:37:54.75 O
>>800
でも寄生虫でしょ?

802 :考える名無しさん:2017/02/07(火) 14:17:50.54 0
寄生獣です

803 :考える名無しさん:2017/02/07(火) 14:20:01.65 0
観念論に関わってきた学者の少なからずは、仏教を参考にしてるんだから
共通点が見られるのは当然だ

804 :考える名無しさん:2017/02/07(火) 17:53:12.51 0
>>801
お前はこの世に生まれて来なくても何の問題もない意味すらないアリみたいな存在だが釈尊はこの世に生まれてこないと歴史と人類に関わる大きな存在。

805 :釈迦:2017/02/07(火) 18:27:23.39 O
>>804
仏教は寄生虫だから偉大なんでしょ
何も作らず何も産み出さずたかっといてそのくせ世俗を馬鹿にする
世俗は煩いに満ちているから遠ざける、馬鹿にする、否定する
そのくせ世俗の支えなければ1日ももたない
そういう二枚舌、卑劣きわまりないのが仏教
だからこそ偉大なわけで
人間はそういう卑劣な矛盾した存在だから
世俗に頼りつつ世俗を呪う、分裂した下劣きわまりないのが人間でもある
世俗の欲望も手放したくないが世俗で満たされるとも思っていないし
事実満たされない
だからこそ仏教は人を救える
上下単純な考え方で見ちゃ駄目だよ
仏教は下らなく欺瞞に満ちているから偉大なんであって
宗教のダイナミズムを過少評価してはいけない

806 :考える名無しさん:2017/02/07(火) 21:19:15.29 0
世俗に蔓延る常識という名の思い込みや洗脳によって
煩悩を打ち破ることが難しいのだと考えてるだけなのであって
世俗を馬鹿にしている訳ではない様に見えるんだが

寧ろ布施に頼ることで欺瞞に打ち勝つ修行をしてるんじゃないったっけ?

仏教世俗を馬鹿にしている確固たる証拠って何がある?

807 :考える名無しさん:2017/02/07(火) 21:27:42.61 0
仏教とは本当に人を救うものなのだろうか?
本当は欺瞞に満ちているのではないか?
という問いは良いと思う
感情的な決めつけだと誰も納得しない

808 :考える名無しさん:2017/02/07(火) 21:41:08.40 0
>>806
>寧ろ布施に頼ることで欺瞞に打ち勝つ修行を
>してるんじゃないったっけ?

それこそが欺瞞そのもの
欺瞞に打ち勝つ為に欺瞞を利用するとかバカでも騙されないアホなロジック

809 :考える名無しさん:2017/02/07(火) 22:57:11.86 0
仏教は労働を否定するからと中国では三武一宗の法難で弾圧された事がある。中国儒教では士農工商の順で重視される。
士は士大夫という非生産支配階級。一番偉い。
食い物作る農民が次に来る。  
工作物作りする職人が次。
右の物を左に移すだけで利益を得ると商人は嫌われた。
僧侶は儒教的世俗価値のアンチテーゼと見られた

810 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 00:21:14.82 0
>>808
そうかな?そうは思わないけど、具体的にアホさを証明できる?

811 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 00:28:19.12 0
日本の檀家制度で言うと、世間の同調圧力が利用されてて
仏教本来の修行という名目からは離れた概念になってると考えられる

韓国の坊さんの托鉢なんか見るとホームレスと同じような冷ややかな扱いを受けてて
それが仏教本来の修行の形に近い様に見えるね

812 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 06:15:26.78 0
>>810
お前バカかw
お布施もらう行為が具体的だろ
そんなんだからお前は馬鹿にされてる^_^;

813 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 06:18:32.17 0
大体日本の坊さんなんて尊敬されて無いしな
寧ろ半世襲で脱サラ目当ての生臭銭ゲバ坊主と嫌われてる

大地主で墓の管理人だからイヤイヤ挨拶してるだけなのに

現代の穢多だな

814 :Parama000:2017/02/08(水) 06:35:53.11 0
仏教は神秘主義を否認し哲学に堕ちた

815 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 07:20:30.53 0
俗世をバカにしてるわけじゃないだろ
金で楽な生活できるように一部の特権階級をつくり
そこに全てまかせて自堕落な生活してるのが問題なんだよ
勉強してエスカレーターで高収入とかやっぱりおかしい
それなら自分のことは自分で決断しろってことだよ
人は綺麗ごとじゃないじゃん。それを知るのには素晴らしいツールだよ
仏教はね

816 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 07:33:31.70 O
仏教のあらゆる努力は次のことに注がれる
・悟りを出さない
・悟りを隠す
このことに尽きる

人間の問題は自分一人では終わらず他者との関係がその大部分だ。心構えとして内面をコントロールすることは大切だけど、
畳の上の水練と同じで仏教の修行をいくら積んだとて悟ったからとて他者との問題を解決できるわけでもなく世界に社会に貢献できるわけでもない。
煩悩を断ちきりわずらわされなくなるとは言ってもそんな思考放棄実践から逃げ出すよりは欲望手離さずに
煩悩を手離さずに解決し悩みのある衆生そのもののそのままを肯定し救ってやった方が偉いに決まっていて
欲望を遠ざけ身を心を清く保って不幸を遠ざけたからと言って偉いわけでも何でもないし幸せも不幸せも踏み込んで現世を世俗を手離さずに人を救えた方が価値があるのは当たり前だ

悟ったって役に立たない、悟ったって大して価値はない
その周知の事実を隠して騙して誤魔化すためにできるだけ修行の成果を上げずまた上がった者を隔離し外には出さない
・悟りを出さない
・悟りを隠す
このことにあらゆる修行体系がつぎ込まれている
しかし、その膨大な努力によって大変なことだ世俗を絶って欲望を解脱することでさえ絶望的なことで
より高い境地の欲望を肯定した上で救われるなんてとても望めない不可能事だし、お坊様は気高い修行をしてくれてありがたい
われら衆生は迷い苦しみ答えを見つけられなくて当然でこれでいいんだと救うこと、救いに繋がる
修行僧にとっても無駄な意味のない修行を諦めずに続け、効果のないことを続けながらこの意味のなさ自体が答えを出せない答えのない現実を受け入れることが救いだと悟れる
無駄さ役立たなさを肯定し救われるようになる
仏教の救い、最高の境地がここにある
誤魔化し、隠蔽、騙しそれ自体が真実となる
これが仏教の神髄

817 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 07:35:17.32 O
釈迦は世俗におもねり世俗に寄生して大量の寄進を集めて教団を維持しつつ
世俗なんか災いだ、世俗を断ち、出家しないと救いはない
世俗の価値より圧倒的な救いがあるとぶちあげて
世俗を必要としつつもそこだけでは満たされない
この面倒くさい人間というものの本質を捉えたわけじゃない
人間がそういうものだから仏教も世俗にたかりつつ否定する偽善の塊で

それだから多くの人を救えた

818 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 07:50:27.16 0
俺も世俗の人を喰い物にする坊さんになって救って貰おうかなw

819 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 10:28:00.75 0
>>812
何故ならばっていう根拠のない言い切りしかないから馬鹿に見えちゃうんだよね

820 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 10:32:23.67 0
>>816
全ての言い切りの判断基準が認知の歪みから発生してる
哲学することと自分の認知の歪みを主張することを勘違いしてる

821 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/08(水) 12:36:12.66 0
>>774
この時代に、日蓮宗が重視されたのは、
そもそも日蓮の国家主義の傾向と相性が良かったからだろう。
そもそも仏教は、生きとし生けるものを救済するが、
それを国家という枠に閉じ込め、選民思想にもつながった。

822 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/08(水) 12:44:42.70 0
問題は、国民的な求心力が仏教の言説で武装されること。
その基本にあるのが、仏教の無我の思想だろう。
石原完爾も、日本人の無我の思想が、西洋の我の思想による対立を吸収し、世界を救済すると、考える。

また無我の思想は武士道を経由して、国のために死を捧ぐこと、玉砕を美化する。

823 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/08(水) 12:47:01.11 0
日本の保守系の源流には仏教がある。
神道には基本的に言説はないので、
仏教が補完してきた。

824 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 12:50:42.16 0
https://www.youtube.com/watch?v=quIHgwuF6r4&sns=em

825 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 15:26:23.48 O
>>820
何を言ってんだこの馬鹿
仏教が純然たるニートの穀潰しなのもだからこそ多くの人を救った偉大な教えなのも単なる事実だろ
お前は事実を認められず人を非難する人間の屑だ
狂ってるのはお前だ

826 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 16:10:24.93 0
>>825
ただ救ったって捻くれて言いたいだけで中身が無いな
良い加減聞き飽きたからもうちょっと勉強して中身えを入れて

バカだから繰り返しているんだろうけどつまらん

827 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 16:18:58.83 O
>>826
馬鹿は死ねよ
仏教は寄生虫なのもだからこそ偉大な教えなのも事実だろ
目を逸らしてどうする
死ね
事実は事実なんだから仕方ないだろ

828 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 16:20:19.02 O
>>826
事実を認められないで自分の気にくわないからと否定する馬鹿は死ね

829 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 16:43:54.15 O
仏教の偉大さを認められない屑はこのスレにいるなよ
仏教の醜さ、劣悪さ、だからこそ矛盾する人間の複雑さを受け止められる
世俗の汚れも大好きなのに、時に拒絶せずにはいられない
凡庸であり崇高である
人間を嘗めるな
仏教は偽善的で汚いからこそ人はよりそうことができる

830 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 17:17:40.94 0
>>825
ごく一部を見て全てを判断するパターンのやつ?

感情が先にきてるから、都合の良い情報しか頭に入ってこないんじゃない?
哲学板じゃなくてメンタルヘルス板や心と宗教板でやってみたら?

831 :考える名無しさん:2017/02/08(水) 17:32:05.95 0
>>828
僕が否定してるのは君の知性なんだけどw

832 :考える名無しさん:2017/02/09(木) 07:30:20.19 0
中村元以外に何を読めばいいですか?

833 :考える名無しさん:2017/02/09(木) 08:06:19.06 0
梅原猛

834 :考える名無しさん:2017/02/09(木) 09:59:45.25 O
人間は矛盾に満ちていて汚いからこそ世俗にたかりつつ世俗を差別し馬鹿にし綺麗な偽善的世界の嘘を塗り固める
そういう仏教に救われるわけで
仏教が語る綺麗な世界にいたからって救われるわけではない、むしろ差し障りに満ちた現世に踏みとどまって問題の解決できるならそっちの方がいい
でもそれは辛すぎるから
悟りの役にたたなさを隠蔽し嘘で塗り固めた方がいい
仏教の偽善や二枚舌がなければ人の心を鷲掴みにはできない
仏教は汚く醜いが故に偉大だ

835 :考える名無しさん:2017/02/09(木) 10:16:31.77 0
>>834
まだ思い込みに囚われてるんだなw
仏教にすがって視界を広げてみたらどう?w

836 :考える名無しさん:2017/02/09(木) 10:24:35.10 O
世俗が汚く煩いに満ちているのはそれを上回る利益があるからで誰も好き好んで煩いを招いてはいない
隔離されて煩いをさけて出家し仏門修行してもそういう大きな利益含めた問題の解決にはやくたたないどころか現実にうとくなるだけ
仏教も悟りも役に立たない
ましてや実際はその煩いに満ちた世俗に食わせてもらわないと成り立たない、欺瞞もいいところ

でもそうやって嘘を貫きとおすことで救われる人もいる
役に立たない修行を役に立つと言い張り世俗は汚く清らかな仏道は正しいと言いくるめ現世の煩いの解決には役に立たなくとも
その嘘で今自分を苦しめている世俗は価値がないんだ、自分は悪くないんだとか
より高い境地に立てばこの解決し難い問題も煩いも解決できると誤解し安心立命できる
役に立たない意味のない修行が無限の価値があると錯覚しそれにまよいなく打ち込め本当に多くの問題は消滅する、本当に救われる
仏教はそういう錯覚、誤解による救いにみちみちた偉大なる宗教

そういう欺瞞、偽善、誤解こそが仏教の偉大さを支えていて御大層な教理などには意味はほとんどない
それが仏教の真実だし、宗教とはそういうものだ
表では救われない裏でこそ救われる

837 :考える名無しさん:2017/02/09(木) 10:27:09.53 O
>>835
まあ、こういう偽善者こそ仏教で救われるわけだしな
現実を逃避させることで
そこに仏教の価値がある

838 :考える名無しさん:2017/02/09(木) 11:30:19.06 O
戒・定・恵自体はほとんど意味がなく効果はない
しかし、仏教は価値がある、役に立つと嘘を言い続けてだまくらかすこと
嘘に騙され安心立命し多くの問題がどうでもよくなる
あるいはどっかでは解決する理想があると錯覚し囚われなくなる
仏教には価値はないが価値はあると言いくるめる、
その嘘で騙されることそのことだけに意味がある、価値がある
仏教の本質がそこにある

839 :考える名無しさん:2017/02/09(木) 11:47:08.21 0
>>838
あかん、会話が成り立たない
糖質か

840 :美魔女:2017/02/09(木) 12:00:13.17 0
仏教の因果応報ですが
スレばかり書いてたら
何が起こるかわからないわよん!〜

841 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/02/09(木) 12:16:13.96 0
仏教と言うより宗教批判かな

842 :考える名無しさん:2017/02/09(木) 12:17:38.20 0
日本の坊主が糞だって言うなら事実

843 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 12:54:00.98 O
>>839
何だ、この馬鹿
仏教の修行は役に立たないし、意味がない
ボランティアでもやらせた方がよほどましだ
禅問答したところで何か問題が解決するか
菜食主義で人間の問題が解決するか

でも仏教の幻影は大切で幻想だけが価値があるだろ
そんなの当たり前だ

844 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 13:05:19.26 O
酒は飲まないとか清い生活する、
この世は空で実体がないと認識する、思い込む
そんなことやったってトラブルから逃れられるのはほんのわずかだろ
意味がない
修行だ悟りはちっぽけで役に立たない

でも世俗にたかりつつ、世俗なんか意味がないんだ、
悟りの境地ははかりしれないとか大嘘こくことは逃げ場を与えて
大いに意味がある

それで人を救える

845 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 16:34:42.32 0
現世的な問題なんて解決しなくてもいいんだよって教えてくれるのが仏教

846 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 17:03:38.81 0
現世はレッツゴー3匹のじゅんでーーす

847 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 17:25:49.42 0
>>844
いいかげん馬鹿は仏教の本を一冊くらい読んでから死んどけよ

848 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 18:45:04.31 O
>>847
死ねよゴミ
悟ればほんとに問題が解決するとか、暴飲暴食や好色でなければ救いがくるとかほんとに思ってんのかよ
おめでてーな
馬鹿じゃね
死ね

849 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 18:48:49.60 O
悟ったところで何も解決しないし、仏教の修行は何の役にも立たないが
悟りはすごいこととか嘘をつき続けて、逃避の場所を与える
妄想させることだけが仏教のかけがえのなさだろ
宗教は誤魔化すことでこそ偉大なんであってそこにたまらない価値がある

850 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 18:59:06.87 0
ガキか、しょーもないお前の偏見なんぞ誰も興味ないんだよ

851 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 19:38:24.55 O
>>850
馬鹿がなんか言ってる
笑える、腹痛い

852 :河合直子:2017/02/10(金) 19:54:23.83 0
喧嘩は辞めて❗

853 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 19:54:45.96 O
じゃ仏教の修行は何の役に立つの?
トラブル解決するのは法律なり夫婦間の事情なり業界の事情に詳しい方がいいよね
あるいは世慣れた世間の知恵を積み重ねた方が役に立つ
お経唱えても空を知ってもそれがなに

悟ったって相談にのって解決できることなんか雀の涙
世慣れた苦労人の方がいい
遊び人の兄さんやカミソリの切れ者のリーマンのが何かと役に立つ

仏教って何?

854 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 20:09:02.22 0
お前自身が生きてて何の役に立つのかを考えた方が有益

855 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 20:10:56.09 0
仏教哲学とインド哲学は、釈迦教団の教えから来ているように思います。

856 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 20:31:09.69 0
何かの役に立つとかくだらないことを考えるのを辞める教えだから役に立つんだよ

857 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 21:29:15.39 0
ブッダは神を崇拝することをやめさせたんだよ
自分を尊べと教えたんだな

858 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 22:21:34.97 0
御寺の神仏=偶像にお祈りを欠かさない善男善女がごまんといるじゃん
スマナサーラさんの影響かどうか知らんが妙に大乗仏教を等閑視する風潮がはびこってて
それもどーかと思うんだけど

859 :考える名無しさん:2017/02/10(金) 23:23:32.66 0
大乗も大切にしなきゃいかんぞ
『法華経』・『華厳経』は【天国】じゃ

860 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 00:19:01.22 0
空とか言うけどこれ漢字に意味があるから変な感じになるんだな。

空は無自性のことだろ、そのもの自身で存在するものは一切無い
一切皆空で、でこれは釈尊の縁起に繋がると。

で、無自性は自性を主張するヒンズーに対する仏陀派の主張。

自性=有我派 無自称=無我派あるいは非我派

縁起は有名な これあるからかれはあり、これ生じるからかれも生じる云々。

上記の公式を世間に対して自己に対して当てはめれば答えは出る。

一切の生命は相互依存の無自性にあるのは明らかでしょう。

人は空気を吸い酸素を吸収し細胞に送る、細胞からは二酸化炭素を出し
静脈を通じて肺から外に出す。
水も同じ。食もまた植物を取りそれを外に出す存在で外なる存在に依存してるのは
反論の余地がそもそも無いでしょう。

では植物はどうか?植物もまた自性ではありえない、太陽光を吸収し水を吸収し
二酸化炭素を吸収して、それらを種子の内部で化学変化させて水から酸素を取り出して
外に出し、二酸化炭素を化学変化させてそれで糖質をつくり幹となり葉となす。
それは太陽エネルギーに依存してる。

牛はその草を食べるいわば太陽と二酸化炭素を食べてるのと同じでしょう。
太陽そのものと二酸化炭素そのものを食べてるのと同じ。

全ての生あるものは相互に依存してるのは明らかである、この理屈は
どこまでも通る理屈。

そのもの自身で存在するという自性派はなんと答えるか。

861 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 03:35:02.37 0
合一

862 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 03:46:56.76 0
年を経る度に世界が作り物のように感じてしまう。空だぜこれは。どいつもこいつもいいやつばかりだ。かたじけない。

863 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 09:40:49.89 0
>>860
論理的にはそれで正しいが、その理論だけで実際、個別的に生きてる人それぞれが
縁起を実感して無我になるなんてかなり無理のある話なんだよな
結局のところ、それを実感(悟り)できなきゃしょうがないんだから

仏教の無我が、生命やモノを一個の有機体的な存在であるとして、
あなたは自然(世界)そのものであり、木が一本朽ち果てようともそれは自然の死ではないと諭す
だが、現実的に傷つけられて痛いのは自分だし、他人が旨いものを食って
いるのを見て腹が満たされる訳でもないだろう

同じ仏教内でも説一切有部らが唱えて大乗仏教と対立した自性、無自性の対立など
所詮、論理ゲームでしかなく実感や体験を重視する仏教本来の目的から離れてしまうとして
南伝仏教では激しく批判されているね

864 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 13:17:40.27 0
>>863
空と言うにはしっかりとした実感があり物足りない。と井筒俊彦とか言ってた。彼も禅体験者だが。事の深層において空は成り立つが表層体験としては違うのか

865 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 17:17:01.65 0
釈迦はバラモン教徒その改革者
仏教とは関係ない
仏教を創作したのは弟子

元来仏教には智慧しかない
慈悲を後付けし平民に迎合したのは弟子

彼は差別主義者
人には上品上生から下品下生と九品ありと説く
生まれによる差別を否認し行いによる差別を是認した

然し下品下生に生まれるのも己の業なのだが

全くイエスyキリスト教も同様

866 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 18:13:44.61 0
>>865
時代設定滅茶苦茶だなぁ。釈尊時代に九品往生は説かれてない。

867 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 18:16:08.78 0
その無我とかの体験だけど真宗の親鸞が言う回心体験とかと同じものか?
見性とか直覚とか言うけど、これもきちんと言葉で説明できるがあの体験が
無いとだめなんかね?180度脳内でぐるぐる回る体験。
自己が細胞である以前を脳内で想像し更に親がその親の細胞で
在った事を想像しとそれをどんどん生命の誕生までたどるとかの体験
それらを想像するときに起きる体験の事をさすのかな?

868 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 18:20:21.26 0
>>867
宗教体験にはインド的な無を悟るみたいな直感的神秘体験と一神教で主流の感情的回心体験がある

869 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 18:28:09.18 0
大乗は仏教というより菩薩教でしょう。
釈尊が厳しく批判した対象との合一。
信仰とは対象との合一を指すんだろうと
思ってるんだけど、バラモン教の場合は
ブラフマン?大日だったかな、これとの
合一を目指す信仰の在り様を厳しく
批判して対立してたんだろうと思う。
だから真宗の阿弥陀との合一とか
法華の経典との合一も批判対象に
なるかもしれん、経との合一とかはあるかどうか
分からんけどね。
対象にはいろんなものが含まれるだろ、
親もその対象の一つ、男なら女も対象の
一つであらゆる信仰の対象との合一を
批判してたように思う。
ただ自己だけは批判の対象にはしてなかったので
ないかな。

870 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 19:08:58.68 0
>>869
梵我一如の合一の対象としての梵を否定したのが仏教の無我だからな。

871 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 19:19:01.17 0
>>869
ただ真空妙有という言葉があり無を体験する事が同時に絶対的有の体験となると言う解釈もある

872 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 19:21:12.92 0
法華経が一番最高

873 :ヨネ:2017/02/11(土) 19:43:33.11 0
仏教哲学好きの方は以下のおかしな出来事を調べてください。

鳥取市のテスコという工場に勤めていたらクビ。
あとでテスコの社長から「社員にしてくれなかったことを恨んでりコーに報復したのか?」
と身に覚えの無い質問をされた。
僕はこの3年前鳥取市のりコー工場にアルバイトに行っていたことがある。

どうも「僕が大手企業りコーに”報復”した」という僕本人に心当たりの無い話で
中小企業テスコを解雇になったらしい。

詳しくはこのサイト参照
http://m3s.dousetsu.com/1.html
この出来事は相手側の妄想のはずなのに、僕側の妄想とされ
警察と精神科医が僕本人に心当たりの無いでっち上げ文書を作成し精神病院に強制入院させられた。

---------------------------
鳥取市のりコー工場の非公認公式サイト
http://ricohmicro.tripod.com/ (醜い老婆社員ヌード掲載)
無修正性器露出の美しい女子社員ヌードは「鳥取 リコ-」でググればだいたい50件目以内表示 (時々消える) 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:ae5c431190e3f31632a433e597586e8a)


874 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 19:52:18.42 0
>>873
職安か労基署にいくべきだな

875 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 20:23:19.57 0
レッツゴー3匹のじゅんで〜す

876 :考える名無しさん:2017/02/11(土) 20:42:28.31 0
>>872
日本は法華仏教で中国朝鮮は華厳仏教だと鈴木大拙が言う。両方読んで両方良いと思う。

877 :ヨネ:2017/02/11(土) 23:12:24.50 0
>>874
実は「僕(投稿者)が大手工場リコーに報復した」
と言う理由で中小企業テスコを解雇されたのは、23年前。

現在でもリコーはもみ消しを図り、田舎の人は事情を教えてくれず気分が悪い。
>>873の事情を調べてくれ。

878 :考える名無しさん:2017/02/12(日) 00:44:51.43 0
新スレです。

坐禅と見性第116章汝こそ汝の主人公、他の誰が」主人公でありうるか。 [無断転載禁止]©2ch.net
http://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/psy/1486825130/

879 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 00:02:09.92 0
墓とか宗教儀礼が大嫌いなんだけど、似たような人いないかなと思ってググると、宗教が嫌いだから墓嫌いみたいな人ばかり出てくる。
おれはむしろ宗教儀礼をそつなくこなす人って宗教に感心ない人だと思ってたんだがw
既得権益になった時点で宗教なんか死んでるだろ。
存在論的な思考の過程で宗教は「自分で」創造するものだなんて想像できないんだろうなぁ。
夢みたいなもんで元々他人と共有するものなんかじゃない。共有するところから始まる宗教なんかただの常識の変形でしかない。
存在論的存在的存在忘却の文字りで、宗教論的思惟がつくりだした沈殿物の上にあぐらをかいた上に
宗教忘却した狂信形態(宗教的)である無宗教的常識という奴に、さらにおまけでできあがるのが宗教儀礼。

世界・時間・人、そんなものはない、ないがその嘘(物語)を愛する(ファンになる)ことが宗教論的宗教だった。
そう言ったことを信じる信じないと語ることすら許さなくなった狂信形態が今の日本のいわゆる無宗教(宗教的宗教)=常識。
この上に飾りで乗っかるのが冠婚葬祭などの宗教儀礼やカルト宗教。もはやどこにも宗教の面影はない。

880 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 01:31:36.41 0
>>870
梵我一如こそ仏教の目指す境地だよ。
梵(ブラフマン)と我(アートマン)が一つになる真我とはニルヴァーナのことだよ。

宇宙を貫く法則と個人を貫く法則はともに実体がなく空であることであり、
前者は小乗仏教では諸法無我、大乗仏教では諸法空相、
後者は小乗仏教では無我、大乗仏教では五蘊皆空と表現される。
宇宙の法則も個人の法則も無我であり空である。
仏教では識別作用を止滅させることに価値を置くが、識別作用を止滅させれば諸法は無我であり無分別であり空である。
ブラフマンとアートマンも空であるので合一する。
それこそが真我でありニルヴァーナである。
そこには自も他もない、一切の識別がない。

881 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 06:43:35.37 0
空と云う時点で空でなくなる
哲学的知識や論争の空しさ

882 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 07:19:54.29 0
こんなところに書き込みしている時点で
あなたの空についての観想のたかがしれる
同じ穴の狢ということ

883 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 07:20:42.22 0
>>881
>空と云う時点で空でなくなる

それを分別智という

色即是空=無分別智…勝義諦
空即是色=分別智…世俗諦

884 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 13:06:12.73 0
>>880
チベット仏教僧がオウムを批判した中に「彼らは真我という実体論にとらわれ空性を理解してなかった」とあったよ

885 :学術 ディジタル アーカイヴ@院教授:2017/02/13(月) 13:09:22.57 0
鳥か。最近焼き鳥くわん。断食で。

886 :学術 ディジタル アーカイヴ@院教授:2017/02/13(月) 13:10:35.60 0
チベットのヤギバターがゆとか、アルプスのバターライスと
かが信仰の頂点だろうな。

887 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 16:10:29.82 0
とりあえず仏教とは自分の食うものくらいは自分で稼げな。

888 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 16:37:09.37 0
>>884
それはオウムの側に問題があり真我論に問題があるわけではない

889 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 17:20:57.92 0
オームについては上祐さんにインタビューするしかないな

890 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 18:34:13.30 O
車は実在しない
車は車輪が車なのか車軸が車なのか車体が車なのかいずれでもない
相互関係で車の本質は実体にはない
ミリンダ王の問い
全てを関係の網の目で仮象とする仏教や唯名論にヘーゲルは近いが有力な反論もある
丸ごと車という普遍は実在するという実在論からはそれらの批判は成立しない
車は実在する、個々の部品が車ではないのは当たり前だがそれとは別に本質としての普遍は実在し車もそういう普遍だから車は実在する
しかし、そういう実在論には一つの欠陥がある
二百メートル先の人物の見た目と二メートル先の同じ人物の見た目は違うがそれが同じ普遍だと言うなら何が同一で何が見た目の違いを出すと言うのか
車が普遍だとして、個々の車で違うなかに何が同一で、同時に個々の車で何が同一でなく違うのか説明できない
その点では唯名論が正しい
しかし、唯名論も欠陥がある
唯名論としての仏教は2メートル先の人間と200メートル先の人間は同じか違うか、同じならば、違う物が何故同じで両者に共通する、背後の実在とは何かとかで悩むことはない
実在論のそういう悩みとは無縁だ
背後の実在を想定する実在論はそういうアポリアは避けられない
でも、関係でそれを同じ人間として扱っているだけだ背後なんかない、今の目の前にあるものの中で浮き上がってくる
そういう関係だけだとする唯名論もでは何故それを同じ人間として扱わねばならないのかには結局答えられない
先のばししているだけ

200メートル先の人物も2メートル先の人物も同じ人間だということには答えられない

891 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 18:37:00.08 O
実在論にもいく種類かあって
意識と物があって意識も物にすぎないタイブの唯物論
意識はあるが背後に物自体があってのカントに代表される二元論
個物離れた概念も実在するだから普遍も実在するの古典的実在論など
二元論などは知覚因果の問題が発生する
物自体は意識に与えられないならどうやったら、
意識は物から因果的認識を得るのか

テレビ局で番組を製作しててテレビの受像機を通じて
私たちは外界を認識するとして受像機の中の位置関係が
正しいと言えるのは何故か
それ以外の実在論も錯覚論法とかの困難に遭遇する
2メートル先の人間と同じ人間が200メートル先にいるとき
実在論は同じだと言うが何でそんなことが言えるのか
現に違うではないか

実在論はこの手の困難を避けられない
でも仏教にしろ実在を認めない唯名論も結局は先延ばしにすぎない
何故経験からは説明できないべきやねばならないなどについて
唯名論は語れない語る資格がないから
経験からは法則は出てこないからダルマの法も説明できない
個物離れた普遍を認識し法則を理解しているのに
空はそれ自体を説明できない
無いわけでもなく有るわけでもないといくら言っても
普遍が法則が、それが何故取りあえず成立するか人間がそれで生きてるか
空自体からは説明できない

892 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 18:41:14.95 O
何らかの実在があってそれを反映していてこう見えるとの実在論は
何故そう見えるのかの部分で素朴過ぎるから無限後退は避けられない
実在に訴える論法はその実在があるのに、違って見えるのを
どう答えるかで何も結局語っていないんだよね

錯覚論法にしろ実在はそうだとして実在とは違って見えるその点を
説明できない
野矢茂樹 心という難問参照
実在論も唯名論もであるからべきは導けない
ヒュームの法則を逸脱しているから
唯名論に基づく実在論批判の仏教哲学はその点で幼稚な哲学

893 :考える名無しさん:2017/02/13(月) 21:28:06.07 0
日本人じゃないのはわかったので母国語の人と哲学やった方が幸せだよ

894 :考える名無しさん:2017/02/14(火) 00:14:02.79 0
>>887
生産すると所有という観念が生まれる
それは無所有による離欲により執著を捨てる釈迦の苦滅法には相反するので生産は禁じられた
釈迦教団では托鉢にて与えられた最低限の食事でも満足するようにし離欲を進めた

また托鉢を施す者には目覚めた者への施しは功徳を積む福田になるとし托鉢することを促した
托鉢という善行により功徳を積み前世からのカルマを清算し来世はより良いところに生まれるからである

インドでは釈迦以前からバラモンへの施しの習慣があったが
施される側が生産を一切しないのは恐らく釈迦教団が初めてではないかと思われる

895 :考える名無しさん:2017/02/14(火) 01:40:08.13 0
https://www.youtube.com/watch?v=Dnbu6E9Sx74

苫米地の悟りの定義

896 :考える名無しさん:2017/02/14(火) 13:11:29.78 0
仏教は貨幣経済以降のもの
さらに土地が収奪された後のもの


道元禅師と『典座教訓』 典座ネット
http://tenzo.net/kokoro1/
道元禅師が宋の港に到着し、上陸許可がおりるまで船に留まっていたときの話です。
お年を召した中国の僧侶が港にやってきました。老僧は修行道場の食事係(典座和尚)で、
うどんに使う食材を買いに来たのです。道元禅師はその僧侶と仏法 の話がしたくて、今日はこ
こに泊まっていきませんかと誘いましたが、老僧は、食事の準備があるからとそれを堅く断りました。

道元禅師は言いました。「そんな食事の用意などは新入りの若い者にでもさせればいいでは
ないですか。あなたのような徳のありそうな老いた僧侶が、坐禅や仏法の議論よりも、そんな食
事の準備などを優先させて、何かいいことがあるのですか。」


すると老僧は大笑いして、
「日本の若い人よ、あなたは修行とは何であるかが、全くわかっていない」と言い残して帰って
しまったのです。
それもそのはず、当時の日本仏教界には、日常の実践を重視する禅の考えは充分につたわっ
ておらず、したがってこの時点ではまだ道元禅師自身、食事の用意などは、修行の妨げになる
面倒な雑事だと思っていたのです。

この後、道元禅師は中国各地の道場を訪ね、修行を重ねます。またある寺でこんな事があり
ました。
暑い日の昼間、腰の曲がった老典座が、杖をつきながら汗だくになって本堂の脇で海藻を干し
ていました。みかねた道元禅師が、
「こんな暑い日ですから、誰か若い人にでもさせるか、せめてもう少し涼しい日にしたら良いので
は」と声を掛けると、
「他(た)は是吾(これわれ)にあらず 更(さら)に何(いず)れの時をか待たん」
(他の者にさせたのでは自分の修行にならん、今せずにいつするというのだ)
と返され、再び大きなショックを受けたというのです。

こうした宋での体験は、道元禅師の仏法に対する認識を根底からくつがえすほど衝撃的であっ
たと思われます。以降の道元禅師の思想形成に少なからぬ影響を与えたといって良いでしょう。

897 :考える名無しさん:2017/02/14(火) 14:06:39.96 0
いつやるんですか??


今でしょう!!

誰がやるんですか?

あなたがやるんですよ!!

898 :考える名無しさん:2017/02/14(火) 14:19:44.18 0
>>897
うぜーよ

899 :考える名無しさん:2017/02/14(火) 15:45:24.97 0
>>866
釈迦が説いたのか弟子が説いたのか
少なくとも記述したのは弟子

900 :考える名無しさん:2017/02/14(火) 15:49:00.04 0
誰が説いたかは重要ではない。
その言葉をどう受け止めるのかが重要。

901 :考える名無しさん:2017/02/14(火) 18:37:14.62 0
否この場合
時代設定云々と言われたからね

902 :考える名無しさん:2017/02/14(火) 19:37:56.56 0
だからそのレスに食い付く事こそが無駄だと説いたのだが。
未熟者が。

903 :学術 ディジタル アーカイヴ@院教授:2017/02/14(火) 22:11:50.44 0
シン。禅(ジン)イスラム。

904 :考える名無しさん:2017/02/15(水) 11:15:38.27 0
空のインスピレーションデザイン   

夢空作
sssp://o.8ch.net/p5ak.png

905 :学術 ディジタル アーカイヴ@院教授:2017/02/15(水) 11:18:55.37 0
図形や直線が宇宙の構造じゃない。

906 :黙ってほしけりゃ口止め料3千万円出しな!:2017/02/15(水) 20:40:29.02 0
>>873の話  しゃべってもいいですか?

(((((失業保険の手続きの際の鳥取市の職安の□止めの会話))))))

鳥取市のテスコという工場に勤めていたら、社長から「ほかの会社に行ってくれ」と言われクビ。

テスコの社長に「僕が鳥取市の誘致企業りコー工場に”報復”した」
と僕がりコーに加害行為をしたという僕本人に心当たりのない話(りコーの誰かの被害妄想)が伝わっていた。

どうも精神病患者のりコー社員が「あいつ(僕のこと)がうちの会社に報復した」と訳の分らないことを言い
正常な人が本気にし、有力工場りコーの精神病患者の被害妄想のせいで僕は中小企業テスコをクビになったらしい。

その後、テスコの社長から泣きそうな声で失業保険の書類を取りに来るよう電話があった。
おかしな話はりコー側の被害妄想だとわかって後悔したのだろう。

失業保険の手続きのため職安に行った。 「なぜ仕事を辞めたのですか?」と不自然にくどくど聞かれ
職安にりコーの件が伝わっているのでは?と感じた。

2度目に職安に行った時、窓口の職員に「相談したいことがある」と言ったら手が震えて来て次長を紹介してくれた。
奥村次長と相談した。 次長は僕と顔を合わせるなり、「"職安が情報を漏らしている"と言っているそうだが」
と僕が言いもしないことを言った。
不審に思った僕は「りコーに謝ってもらえませんか?」と言ってさぐりを入れた。
次長 「りコー内部で解決すべき問題であって君には関係ないじゃないか」
僕 「笑い話としてしゃべってもいいですか?」
次長 「聞きたくない!そんな話は誰も聞きたくない」
僕 「高校の時の先生に相談しましょうか?」
次長 「いけない。両親に相談しなさい」
僕 「両親は事情を知らないから相談しても意味がない」
次長 「事情は私が話してあげるから」
別れ際、次長は「しゃべるって誰にしゃべるんだ。こうなったのも種をまいたのは君なんだからな」と僕を睨みつけた。

(社会的地位のある人達が妄想に振り回されていたことが、世間に発覚したら大変な事になるから□止めされたのだろう)

907 :考える名無しさん:2017/02/16(木) 23:14:34.36 0
http://plaza.rakuten.co.jp/thisman/

908 :考える名無しさん:2017/02/21(火) 15:55:02.91 0
>>869
>釈尊が厳しく批判した対象との合一。

厳しく批判なんてしてないべ

909 :学術 ディジタル アーカイヴ@院:2017/02/21(火) 16:30:51.90 0
被害妄想のみ。

910 :学術 ディジタル アーカイヴ@院:2017/02/21(火) 16:31:55.21 0
心理学 のカウウンセルスレッドへ。もしあれば。

911 :考える名無しさん:2017/02/28(火) 00:04:05.68 0
新スレが 建ちましたぁ〜♪

坐禅と見性第117章禅のアヒルは、泥水に注がれたミルクだけを飲む [無断転載禁止]©2ch.net
http://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/psy/1488207163/

912 :考える名無しさん:2017/03/12(日) 21:35:59.66 0
80 アートマンとは
https://youtu.be/W-cfN6pEVyA

913 :考える名無しさん:2017/03/13(月) 15:43:40.34 0
鈴木大拙や西谷啓治の禅の本を買った。
いい感じの本たちだ。

914 :美魔女5:2017/03/13(月) 15:56:07.40 0
悟りとは?😊

915 :考える名無しさん:2017/03/13(月) 16:03:52.99 0
自己陶酔

916 :美魔女:2017/03/13(月) 16:16:10.60 0
噛むで☀

917 :考える名無しさん:2017/03/20(月) 18:23:59.31 0
old school gospel ー 64 本の動画
https://www.youtube.com/watch?v=xwmPFooejOs&list=PL6567055F9D7F08D4

103 year-old woman still singing Gospel hymns - 1:54
https://www.youtube.com/watch?v=DOPvmhsCtQo

CUTE BABY SINGING GOSPEL SONG JUST LIKE SINGER  ほかー 50本の動画
https://www.youtube.com/watch?v=i1ITiDhV0p4&list=RDi1ITiDhV0p4#t=0

918 :美魔女:2017/03/20(月) 18:47:44.25 0
>>914
なりすまし!💦
偽者ってわかるように書いてよねぇ

919 :学術:2017/03/20(月) 19:14:27.24 0
自分で酔う。アリスの鏡。

920 :考える名無しさん:2017/03/26(日) 22:31:53.91 0
竹村牧男 『入門 哲学としての仏教』 (2009)

・仏教は言語哲学である
・言語を解体する龍樹
・語れないことを語りつくす
・絶対者の自己否定ということ
・自己は他者の全体という哲学

ほか

921 :考える名無しさん:2017/03/28(火) 22:53:58.68 0
仏教の無神論的態度は厳密には正しくないと思う

922 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/29(水) 12:27:51.48 0
>>921
たとえば?

923 :考える名無しさん:2017/03/29(水) 13:44:38.62 0
仏教はアートマンについてどう考えているんですか?
何人かの禅を教えてらっしゃるお坊さんに尋ねた所、実在しないとの回答でした
他の宗派はどう考えているのでしょう?

924 :考える名無しさん:2017/03/29(水) 21:01:55.60 0
>>923
この辺が参考になるかも

仏陀がアートマンを「諸法無我」で否定したのはわかりますが、ブラフマンも否定したのですか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1269000497

釈迦はアートマンを否定したか?
http://www.j-world.com/usr/sakura/replies/buddhism/buddhism52.html

925 :考える名無しさん:2017/03/29(水) 22:25:26.74 0
無神論はデカダンス(退廃)的要素が強い
神を信じないから仲良くできるという一面があるものの
道徳性が弱くなり結局、不十分な結果に終わる

926 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/29(水) 22:43:14.78 0
「つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を空なりと観察せよ。
そうすれば死をのり超えることができるであろう。
このように世界を観ずる人を<死の王>は見ることできない。」スッタニパータ

927 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/29(水) 22:44:52.21 0
釈迦は神を否定し、形而上学を否定し、
テクニカルに解脱を模索した。
修養により誰でも解脱できるよう。

928 :考える名無しさん:2017/03/29(水) 23:32:36.51 0
未知なるものは決してどのような恐れもつくりださない。どうして未知なるものを恐れることができだろう?

あなたは、それを知らないのだから。それを恐れることはできない。

恐れは未知ゆえにではなく、知っているものを失うことから生れてくる。私たちはそれを未知への恐れだと間違って考える−−それはつねに既知のものを失うことへの恐れだ。

私たちは快適さと安心と安全とを既知のものに依存しており、それと抜きさしならぬ関係にあり、それに投資をしている。

私たちはそれを失うことを恐れており、それから離れることを恐れている。

929 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 00:40:53.23 0
>>926
自我に固執する見解とは自我の邪見のこと。
無常で苦なる自我(エゴ)を我がものである、我である、我がアートマンであると誤って見てしまうこと。

930 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 01:15:15.20 0
僧侶のたくらみ 毒矢のたとえ
http://souryonotakurami.blog46.fc2.com/blog-entry-691.html

では、マールンキャープッタよ、わたしは何を説かなかったか。
『世界は永遠である』、『世界は永遠でない』、『世界は無限である」、
『生命と身体とは同一である』、『生命と身体とは別異である』、
『如来は死後存在する』、『如来は死後存在しない』、
『如来は死後存在しながら、しかも存在しない』、
『如来は死後存在するのでもなく、存在しないのでもない』、とわたしは説かなかった。

マールンキャープッタよ、なにゆえにわたしはこのことを説かなかったのか。
マールンキャープッタよ、なぜならこのことは目的にかなわず、
清らかな行ないの基礎とならず、世俗的なものを厭離すること、
情欲から離れること、煩悩を消滅すること、こころの平静、すぐれた智慧、
正しいさとり、涅槃のために役に立たない。
それゆえわたしはそれを説かなかったのである。

パーリ原始仏典中部第63経「箭喩経」
(参考:増谷文雄訳『阿含経典』p52)

931 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 09:42:15.00 0
>>924
仏教が目指しているのは梵我一如ではないという解釈で良いんでしょうか
仏教のいう悟りってなんでしょう?
涅槃?

932 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 09:47:03.76 0
仏教のいう悟りは識別作用を止滅させて自他の識別をなくし宇宙にとけこむことじゃないの?

933 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 09:49:15.83 0
>>932
それって梵我一如と似てるように思えるんですがお坊さんにきいても違うと言われるんですよね
難しいなあ

934 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 10:13:47.10 0
比丘たちよ、わたしは「一切」について話そうと思う。よく聞きなさい。「一切」とは、比丘たちよ、いったい何であろうか。それは、眼と眼に見えるもの、耳と耳に聞こえるもの、鼻と鼻ににおうもの、舌と舌に味わわれるもの、身体と身体に接触されるもの、心と心の作用、のことです。これが「一切」と呼ばれるものです。
誰かがこの「一切」を否定し、これとは別の「一切」を説こう、と主張するとき、それは結局、言葉だけに終わらざるを得ないだろう。さらに彼を問い詰めると、その主張を説明できず、病に倒れてしまうかも知れません。何故か。何故なら、彼の主張が彼の知識領域を越えているからです。

(サンユッタ・ニカーヤ 33.1.3)

見えるもの、聞こえるもの、におうもの、味わわれるもの、接触されるもの、心の作用、これらは全て客体であるのでアートマンではない。
アートマンとは主体であるので見るものであり、聞くものであり、嗅ぐものであり、味わうものであり、接触するものであり、心を動かすものである。
自分の目で自分の目を見れないのと同様に、客体ではなく常に主体であるアートマンはとらえることはできない。
唯一(それはアートマンに)非ず、非ずという方法でしかアートマンはとらえることはできない。
故にアートマンは釈迦のいう一切には含まれないのである。

935 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 10:16:33.67 0
>>934
仏教は不二一元論と似てるようで違うのかあ

936 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/30(木) 11:34:26.22 0
wiki
梵我一如(ぼんがいちにょ)とは、梵(ブラフマン:宇宙を支配する原理)と我(アートマン:個人を支配する原理)が同一であること、
または、これらが同一であることを知ることにより、永遠の至福に到達しようとする思想。
古代インドにおけるヴェーダの究極の悟りとされる。不二一元論(advaita, アドヴァイタ)ともいう。

937 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/30(木) 11:37:17.90 0
仏教の悟りとは、縁起。
自他不二により、この世界がすべて関連し合っていることを知ること。

938 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/30(木) 11:41:36.95 0
「慈の所縁は一切の衆生なり。父母妻子親族を縁ずるがごとし、この義を以ての故に名付けて衆生を縁とする[慈]という。
法を縁とする[慈]とは、父母妻子親族を見ず、一切法は皆縁より生ずると見る、これを法を縁とする[慈]と名づく。
無縁の[慈]とは法相および衆生相に住せず、これを無縁と名づく。」

大般涅槃経

939 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 11:52:47.95 0
仏教には神がたくさん出て来るぞ

940 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/30(木) 12:15:00.79 0
梵我一如では、仏教の基本である慈悲がでてこないのでは?

941 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 12:35:59.24 0
>>932
相即相入 融通無礙 一即一切、一切即一 相即互具 一即多、多即一 十界互具

宇宙に溶け込むのではなく個を識別しながら宇宙と1つになること、
人間が理解する意味とは主体的主観的に働くゆえに他者や他世界、他次元からみると
調和がなく美しくない、

人間の意志、意識、思いを完全に無にしてではなく活かすということで有にすることを同時に
成立させる対称性がより自然であります。
仏になるために死ねばたどり着くそれは即死することを教えているわけではない。
無我だから我が完全に無いわけではなく、我と共に世界がある、世界は我であるということ。

942 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 13:57:15.61 0
識別作用を止滅させ名称と形態へのとらわれをなくしていくのが仏の悟りなんじゃないの?

943 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 14:20:14.35 0
>>942
止滅させるぐらいじゃないと、近づけないってこと、
完全なる止滅などありえないってこと。

とらわれると、とらわれないは同意だと理解すること。
貴方の考える具体的に知覚することがもっとも遠ざかること、
抽象的な世界を拒む人はどんなものでも言葉と意味の具体的比喩で捉えてしまう

貴方に「そういうモノ」だと説明してもモノを拒む人にはコトと言わないと
具体的さを得られない働きがあるってこと、「そういうコト」

高尚になればなるほど抽象的観念であるという事実をまず受け止めること。

944 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 17:37:21.22 0
>>940
どうしてそう思いますか?
ニサルガダッタ・マハラジというアドヴァイタのグルは悟りを開いた者は利他主義者になると言っているのに

945 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 17:49:11.24 0
>>941
それ梵我一如と何が違うんですか?

946 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/30(木) 18:08:50.70 0
世界と一体になる的な理解は、
老荘の影響が大きいんではないかな。
老荘仏教たる禅宗は近い。

大乗仏教に受け継がれたわけだけど、
釈迦でもやはり慈悲、すなわち新たに他者と出会う点がないと、仏教の解脱とは言えない。

947 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/30(木) 18:11:26.00 0
無我では老荘止まり、空でなければ仏教の解脱と言えないなり。

948 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 18:35:39.67 0
シャンカラは仮面の仏教徒と呼ばれていたって何かで読んだ覚えがある
真我を肯定しているか否かが仏教との違いなのかな

949 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 19:11:07.31 0
ヴァッチャ族出身 の 普行沙門 ( 出家者 ) が、世尊 が 滞在している処 へと 赴 ( おもむ ) いて、次のように 尋ねました。

 「 ゴータマ尊 よ、我 (アートマン ) は 有る ( 存在する ) のでしょうか? 」

── この 質問 に、釈尊は、黙したまま 何も 答えません。

 「 それならば、ゴータマ尊 よ、我 (アートマン ) は 無い ( 存在しない ) のでしょうか? 」

── この 質問 に対しても、釈尊は、黙したまま 何も 答えません。
計三度 尋ねても、釈尊 は 三度とも 黙して答えなかった ので、その 普行沙門 は 立ち去って しまいました。
この ヴァッチャ族出身 の 普行沙門 が 立ち去ってから しばらくして、
尊者アーナンダ は 釈尊 に、次のような 質問を しました。

 「 大徳よ、どうして世尊は、先の ヴァッチャ族出身の普行沙門が質問したこと に、返答をされなかった のですか? 」

 「 アーナンダよ、もし 私が 彼に 『 我は有る ( アートマンは 存在する ) 』 と 答えていたならば、
  彼は 常住論 に陥っていたであろう。
  ── しかしまた、もし 私が 彼に、『 我は 無い ( アートマンは 存在しない ) 』 と 答えていたならば、
  断滅論 に 陥ることに なったであろう。
  そして、アーナンダよ、さらに、もしも『 我は有る 』 と 答えたならば、
 〔 一切法は無我である 〕 という智慧の発現の障害となっていたし、
 『 我は無し 』 と 答えたならば、愚かな ヴァッチャ族出身 の 普行沙門 は、
 『 先にも 今も、我は 無し 』 と考えて、ますます 迷妄 に 陥ったであろう。」

── と、このように、釈尊 は 説明 を されたのです。
https://www54.atwiki.jp/waikei2008/sp/pages/17.html

950 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 19:34:36.49 0
>>949
空ですか?

951 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 19:39:55.20 0
>>950
空だと遠回りになる無記と中道というほうが直接的
行き着く先は同じになるだろうけど

952 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 20:40:36.08 0
>>951
そうなんですか
未熟な僕に教えてくれてありがとうございます

953 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 21:23:26.49 0
南方系の文化は良いよ
インドもいいけど
南半球のブラジルとか

954 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 22:33:28.23 0
>>953
ブラジルのサンバのリズム(シンコペーションというのを多用するのが特徴)はいつまでも踊り続けることが出来、
ブラジル人は悲しいことがあっても夜通しサンバを踊ることで悲しみを振り切るというようなことを
リオ五輪の閉会式の時にNHKのアナウンサーが言ってたけど、
一遍上人の踊り念仏と目的としているところは似ているね。

955 :考える名無しさん:2017/03/30(木) 23:19:02.34 0
レゲエのdubは立体マンダラ

956 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 07:26:59.24 0
 あたかも、母親が自分の一人子を命を懸けても守るように、そのように一切の生き
とし生きるものどもに対しても、無量の慈しみの心を起こしなさい。
 また、全世界に対して無量の慈しみの心を起こしなさい。
 上に、下に、また横に、分け隔てなく恨みなく敵意なき慈しみを行いなさい。
 立っている時も、歩いている時も、座っている時も、寝ている時も、眠らないでいる
限りは、この慈しみの心をしっかりと保ちなさい。

 「スッタニパータ」

957 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 09:10:51.14 0
慈しみの心があったら泣き縋る父と養母と妻、生まれたばかりの子供を捨て置いて出家しないんだけどね、普通は。

958 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 09:24:05.05 0
149
あたかも、母が已が独り子を命を賭(か)けて護るように、そのように一切の生きとし生れるものどもに対しても、無量の(慈しみの)意(こころ)を起すべし。

150
また全世界に対して無量の慈しみの意を起こすべし。
上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき(慈しみを行うべし)。

151
立ちつつも、歩みつつも、坐しつつも、臥(ふ)しつつも、眠らないでいる限りは、この(慈しみの)心づかいをしっかりとたもて。
この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。

152
諸々(もろもろ)の邪(よこし)まな見解にとらわけず、戒(いましめ)を保ち、見るはたらきを具えて、
諸々の欲望に関する貪(むさぼ)りを除いた人は、決して再び母胎に宿ることがないであろう。



慈悲の教えを守り諸々の欲望に関する貪りを除いた人は輪廻転生の輪から解脱するんだよ。

959 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 09:36:59.99 0
そもそも輪廻転生なんてあるのかね

960 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 09:46:40.32 0
>>957
そこが、基本的な間違い。
父母妻子親族を大切にするのは衆生を縁とする慈悲。
仏の慈悲は、無縁の慈悲。

見ず知らずの人にこそより多くを与えることが無縁の慈悲の本質。
そこに達するとき仏になれる、解脱できる。
これは難しいでしょ。

悟りは世界と一体とかスピリチュアルなものではなく、
どこまでも他者との関係にある也。


「慈の所縁は一切の衆生なり。父母妻子親族を縁ずるがごとし、この義を以ての故に名付けて衆生を縁とする[慈]という。
法を縁とする[慈]とは、父母妻子親族を見ず、一切法は皆縁より生ずると見る、これを法を縁とする[慈]と名づく。
無縁の[慈]とは法相および衆生相に住せず、これを無縁と名づく。」

大般涅槃経

961 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 09:52:25.73 0
>>959
死んだらどうなるか、
この問いに答えるのが、宗教の役割。

キリスト教は死でも、終末に救われる。
儒教では、先祖崇拝。この地にとどまり、お盆にお墓を目印に子孫の元へ帰ってくる。
仏教は輪廻転生。

日本のお墓は本来儒教文化。
だから日本人の死生観はほんとの仏教と違い、儒教の祖先崇拝。

輪廻転生は仏教の発明ではなく、
古代インド宗教から世界各地にある。

962 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 09:56:27.24 0
プラトンの師匠のピタゴラス教も輪廻転生。
イデア論は輪廻転生から生まれた。
生まれる前の理想の世界=イデア世界を、
生まれてから思い出そうというのがプラトンのイデア論。

963 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 10:01:28.66 0
我の周辺としての父母妻子親族という身内よりも、
見ず知らずの人にこそより多くを与えることの美学。
世間でこの無我が一つの理想像とされる、日本人の特殊な価値観は、
仏教の慈悲からきてるんだろう。

964 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 10:03:06.77 0
見ず知らずの人に多くを分け与えるために出家したんじゃないんだけどね

965 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 10:29:15.07 0
>>964
見ず知らずの人にこそより多くを与えるために出家するんですよ。

966 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 10:30:34.99 0
>>965
与える前に死のうとしたけどね

967 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 10:34:04.17 0
我に近い人にこそ多くを与えるのは、
贈与交換と言って、
原始社会からの人間の基本特性です。
これは共同体を作る原理ですが、
問題は共同体間に争いが起こることです。

慈悲、すなわち仏教は、人類普遍の共同体間の争いを解消する一つの方法論としてあります。
だから世界宗教たり得るわけで

968 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 10:35:17.20 0
>>966
輪廻転生なので死は終わりではない。
そして生まれかわれば、元の身内は他人になります。

969 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 10:36:33.82 0
輪廻転生において、他人だって、草花だって、かつては身内だったかも知れない。
その感受性に慈悲があり、解脱があるわけです。

970 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 10:38:03.06 0
>>961
それは知ってるけど頭の中がこんがらがってる
無我を唱えるなら、輪廻転生する『私』を認めると矛盾してるように思えるんだよねえ

971 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 10:38:41.39 0
日本人の死生観は輪廻転生ではなくて、
儒教的な先祖崇拝なので、
死体を川に流して終わりの仏教の死生観を理解するのは難しいかもしれませんが。

972 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 10:39:55.50 0
>>970
無我の境地により、輪廻転生から解脱するわけですね、

973 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 10:40:56.63 0
>>972
ああなるほど
勉強になりました
ありがとうございます

974 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 10:41:42.05 0
終わらない輪廻転生は罰なわけです。
だから無我を悟り、涅槃へ解脱しましょうが、
仏教の教え。

975 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 10:46:51.24 0
日本人の仏教は、先祖崇拝として、死んでもお盆に
子孫の元へ変えることが幸せなわけで、
輪廻転生による解脱というのがピント来ない。
とにかく現世利益を重視する。本覚思想とか。
だから老荘思想の影響で、悟りを現世的のスピリチュアルな幸福感的なとらえ方をするのかな?

976 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 10:52:32.01 0
>>970
>>949

977 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 10:54:38.65 0
>>975
空海が人は仏道を歩み始めた時点で既に仏であると説いた。
道元は修行して仏になるのではなく仏であるから修行が出来ると発想の転換をした。

978 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/03/31(金) 11:10:11.28 0
法然、親鸞にしても、唱えれば救われると言うように、
葬式仏教にしても、死んで葬式上げれば、仏さんになれる。
日本人の仏教は、現世利益を重視する傾向が強い。

979 :学術:2017/03/31(金) 11:49:02.84 0
真言仏教では記憶がまだ甘いから、現世利益を追うべし。まだのひとは。

980 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 12:40:43.36 0
>>976
中立ってことですかね
中道であることにも執着しちゃいかんということかな
奥が深いなあ

981 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 13:08:38.47 0
>>980
読んでみると良いよ
http://blog.goo.ne.jp/waikei2008/e/61380075c16538d82a0cf73e31d9afaa

982 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 16:08:55.46 0
>>981
ありがとう

983 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 21:28:18.96 0
>>945
>梵我一如
は「宇宙の根本原理であるブラフマン(梵)と個人の本体であるアートマン(我)とは同一であるというもの」
だろ?
違うじゃないか。
個と全体は個別であって一体として働くことで梵我一如になるまではいい、
だがそれでは世界全体の1つであって、個ではない。
一体(同一)の反面として個として世界の支配者でなければならない、貴方が理解できないのは後者の部分だ。
同一になっては「全は一、一は全」が成立しえない。
あくまで個は独立したものであって、それ以外の世界は個ではないという区別の中に同一という働きを見出す。

@同一であってA同一ではない、@とAが同時に成立すること、貴方が見えないのは曖昧にした部分だ。

984 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 21:28:45.03 0
ブラフマンやアートマンは、ウパニシャッドの中で繰り返し説明されるし、
仏教の悟りについては、原始仏典の中で繰り返し説明されているから、
二つの教義を比較するといいと思う。

985 :考える名無しさん:2017/03/31(金) 22:32:46.00 0
>>949
>  そして、アーナンダよ、さらに、もしも『 我は有る 』 と 答えたならば、
> 〔 一切法は無我である 〕 という智慧の発現の障害となっていたし、
> 『 我は無し 』 と 答えたならば、愚かな ヴァッチャ族出身 の 普行沙門 は、
> 『 先にも 今も、我は 無し 』 と考えて、ますます 迷妄 に 陥ったであろう。」

「一切法は無我である」と「我はなし」は説いてることが違うということに注意が必要だね。

986 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 00:13:05.23 0
>>983
一行目を読んで思ったんですが
もしかしてネットだけで梵我一如を知ったんじゃないですか?
そうならニサルガダッタ・マハラジの本を読むと良いです
参考になるでしょう
Evaluation: Average.

987 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 07:31:13.43 0
次スレ
仏教哲学総合スレ2 [無断転載禁止]©2ch.net
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1490999424/

988 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 09:20:34.44 0
>>860
>そのもの自身で存在するという自性派はなんと答えるか。

仏教だとニルヴァーナ
バラモン教だとアートマン(仏教用語ではアートマンのことを真我と呼ぶ

989 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 09:29:47.54 0
>>986
一行目じゃなかった
まあいいや

990 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 09:47:03.15 0
「比丘たちよ、『生じたもの』でなく『成ったもの』でなく『作り為されたもの』でなく『形成されたもの(有為)』でないもの(涅槃)は存在する。
比丘たちよ、もし、その、『生じたもの』でなく『成ったもの』でなく『作り為されたもの』でなく『形成されたもの』でないもの(涅槃)が
有ることなくあったなら、ここに、『生じたもの』『成ったもの』『作り為されたもの』『形成されたもの』からの出離は覚知されないであろう。
比丘たちよ、しかしながら、まさに、『生じたもの』でなく『成ったもの』でなく『作り為されたもの』でなく『形成されたもの』でないもの
(涅槃)が存在することから、それゆえに、『生じたもの』『成ったもの』『作り為されたもの』『形成されたもの』からの出離が覚知される」と。
http://aranavihaara.web.fc2.com/arana-khuddaka-3.html

991 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 12:00:35.69 0
>>986
>そうならニサルガダッタ・マハラジの本を読むと良いです
もしかしてその翻訳本だけで梵我一如を知ったんじゃないですか?
翻訳本なんて原典と恐ろしく違う内容になっているから

いちど信じちゃうと疑うことができなくなる、哲学者失格

992 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 13:06:42.09 0
>>991
いいえ
実名は出せませんがあるお坊さんに物を教わりました

993 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 13:46:04.29 0
本の方だったら時間が空いた時にインド哲学を学べると思って勧めただけなのに
勝手な憶測で人格否定されて悲しいなあ

まあこの返しだと誰かからの指導で哲学を教えてもらっているようなので良いですけど

994 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 13:52:32.75 0
インド仏教とそのあとに続いた中国日本の仏教がどれだけ違うかすら
しらないやつが偉そうに発言しています

995 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/04/01(土) 13:55:04.93 0
>>994
たとえば?

996 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 14:08:53.31 0
>>995
ほとんどポエムだぞ。それすらしらないのか?

997 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/04/01(土) 14:10:35.14 0
>>996
声が大きいが、
何が言いたいかわからん(笑)

998 :第三の波平(ただのリーマン) ◆kpxxLE2Sh. :2017/04/01(土) 14:13:40.17 0
とにかく深呼吸して、
誰に対して何が言いたいのか
落ち着いて話してみなさい。
みんな冷静に話してるんだから。

999 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 14:14:48.87 0
>>997
後に作られた仏典が勝手な妄想創作だってことだよ。
あたまわるいの?

1000 :考える名無しさん:2017/04/01(土) 14:15:05.18 0
>>998
空気よめないの?

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